反逆の女王
俺達は港を背にして町を出た。
北に向かっている。
その先には険しい山がせまっている。
これを登るんだ。
この頃には俺はどうやってヴァラキアに行こうとしているのかわかっていた。
いや、前からそれしかないと頭の中ではわかっていたんだが、そう思いたくなかったんだ。
最悪の道だ。
「ヴィーラ、山越えをするんだな?」
「ええ、そうよ。」
「この辺りから山越えをしたら北の荒れ地に出るよな?」
「ええ、そうよ。」
「その後は東に向かうんだよな?」
「ええ、そうよ。」
「それって…」
「ええ、そうよ。」
おい、まだ俺は言い終わってないぞ?
と言うか、ソニアの『ええ。そうよ。』も頭にくるが、ヴィーラもだな。
「どうしたの?怖い?」
「怖いも何も!危険しかないじゃないか!」
この山の向こうにある北の荒れ地と呼ばれる土地を東に行けば、確かにヴァラキアに行ける。
ただ、その道はアルフハイムの森、つまりエルフ達の王国を横断する道だ。
俺達はエルフ王国の真っただ中に行こうとしているんだ。
「大丈夫よ。」
「どう大丈夫なんだ?」
「ンダギ、ブロウ、エミィはどうする?エルフと言えばオークやゴブリンを見つけ次第、殺そうとするだろう?」
ジャン王が魔王を倒した後、オークやゴブリンの諸族と講和した後もハイエルフ王はそれに反対し、エルフとヒト族つまりテルデサード王国は戦争になりかけたんだ。
結局、ハイエルフ王はジャン王の政策を黙認することにしたが、自身はオークやゴブリンとは講和せず、今もエルフ達はオークやゴブリンを見つければ、その場で襲いかかる。
あれ?
そう言えば、ヴィーラはンダギ達と普通にやっているな。
どちらかというと仲が良いような…
ソニアが間を取り持ったんだろうが、それにしてもハイエルフのお姫様がオークやゴブリンと仲良くしているなんて、どう考えてもおかしいな。
俺はカサベラ暮らしが長くて、オークやゴブリンと仲良くするのが当たり前で疑問を感じずにいた。
「確かに見つかれば、危険ね。でも大丈夫よ。アルフハイムのエルフが皆、オークやゴブリンを殺戮しようとするわけではないわ。」
「本当に大丈夫か?」
にわかには信じられないぞ。
そんな話。
「こう見えて、私はハイエルフの女王よ。それに北の荒れ地からアルフハイムの北西部は私の領国なの。暫くは安全よ。」
そうだ。
ソニアに続きヴィーラもタメ口で良いって言うからそうしているが、ヴィーラはハイエルフ王の娘、エルフのお姫様だ。
彼女がついていれば何とかなるか?
いや、待て。
今、『女王』って言ったな?
『私の領国』だって?
「君はお姫様じゃなくて女王様なのか?」
何だか間抜けな質問だな。
ヴィーラによるとエルフの国と言うのは連邦制みたいなものらしい。
他種族がハイエルフ王と呼んでいるのは正式には上級王と言うらしい。
上級王の下に幾人かの王や女王がいて、それぞれが自分の領国を持っているらしい。
それらを合わせて俺達が言うところのエルフ達の王国になるらしい。
そう言えばエルフの歴史を勉強するとやたらと王国や王様が出てくるから不思議だったんだが、そう言うことか。
「私の国ではあなた達に危害を加えさせたりしないわ。」
「君の国を抜けたらどうするんだ?」
「私の国以外にも同志はいるのよ。」
「同志?」
「ええ。そうよ。」
「つまり、他のエルフ達と違い、オークやゴブリンと共生しようと考えている奴らってことか?」
「ええ。そうよ。多くのエルフが父のようにオークやゴブリンを敵としているわ。でもジャン王の理想に賛同しているエルフもいるのよ。そして私はその者達のリーダーでもあるのよ。これ秘密よ。」
ヴィーラから詳しく聞いたところ話はこうだ。
俺達の思っている通り、ハイエルフ達の大半は今でもオークやゴブリンを駆逐したいと思っている。
そうだ。
一つ注釈を入れといた方が良いな。
ハイエルフと言うのは現在では主にアルフハイムの森に住むエルフ達のことを指す。
アルフハイムの南東にハイエルフ達が闇の森と呼ぶメルクハイムの森があり、そこに住むエルフ達と区別する為の名称だ。
メルクハイムの森に住むエルフ達はダークエルフと呼ばれている。
そう言えばソニアを捕らえて攫った二人組の片割れがダークエルフだったな。
彼らは第三次暗黒大戦の半ばに光の軍勢から闇の軍勢に寝返った一族だ。
エルフ達の中にも部族があるらしく、今アルフハイムに住み、代々、ヒトやドワーフ、ノームと同盟を結んで戦ってきたハイエルフがライオス族、ライオスエルフだ。
一方で、上古の時代から同じエルフのライオス族から支配を受けてきたのがスヴァート族、スヴァートエルフだ。
エルフってのは高慢なイメージがあるが、主にライオス族のふるまいがそんなイメージを定着させたんだ。
そのライオス族に同じエルフながら下位の部族とみなされ、支配されてきたんだ。
スヴァート族もさぞかしうんざりしていたことだろう。
そんなスヴァート族もライオス族の命で神々に与し、魔王の軍勢と戦ってきたが、第三次暗黒大戦の後半、遂にヴァラキア軍に寝返ってしまった。
ハイエルフ達は激怒したそうだが、俺は歴史の勉強でこのことを知った時、『さもありなん』って思ったね。
以来、彼らの住むメルクハイムの森は闇の森と呼ばれ、彼らもダークエルフと呼ばれるようになってしまった。
ここからはハイエルフとダークエルフが出てくるからな、単にエルフと言ったらエルフ全般を指すと思ってもらおう。
話を戻す。
ハイエルフ達はジャン王がオークやゴブリンと講和を結び、共生を目指したことにも腹を立てているが、最大の同盟国、ヒト族の国家で唯一ハイエルフ達と交流のあるテルデサード王国との関係が悪化することは得策でないとして、ジャン王の政策を黙認している。
単独でヴァラキアを攻めようにもジャン王はヴァラキアを既に王国領内の自治領であると宣言してしまった為、攻めることができないらしい。
ジャン王はダークエルフ達とも講和して、メルクハイムも王国の自治領としてしまっている。
ヴァラキアとアルフハイムの間に広がるメルクハイムにもハイエルフ達は攻め入ることができないわけだ。
とは言え、少数の部隊を送り込み、メルクハイムのダークエルフ達を密かに襲わせているから小競り合いは絶えないらしい。
そんな状態だ。
ハイエルフは機会があれば、いつでもオークやゴブリンを駆逐したいと考えているから、フィリップがオークやゴブリン令を公布すれば、すぐに王国に呼びかけ、攻め込みかねない。
いや確実にそうするだろう、というのがヴィーラの予測だ。
だが、一部のハイエルフの間では厭戦気分が漂っているらしい。
最後の大戦から三十年、第四次暗黒大戦は更にその一世紀半前、第三次暗黒大戦は更に一世紀弱前、三百年程の間に暗黒大戦が三回あったわけだが、人の感覚では随分と長い期間だが、エルフにとってはそうでもないらしい。
どちらかというと最近、戦争が多すぎると思えるそうだ。
ハイエルフはオークやゴブリンの宿敵だ。
戦争になれば甚大な被害を受ける。
当分は戦いたくないというのが本音らしい。
ヴィーラはそんな反戦派達を密かに連携させ、さらにその中からジャン王の理想に共鳴できる者達を糾合して一種の結社を作ってしまったようだ。
そいつらの協力でうまく森を通り抜けようというわけだ。
ハイエルフ王に気付かれることなく連絡できる手段も整備されているという。
これって、下手したら反逆行為だよな?
ハイエルフ王はバリバリのタカ派なんだろ?
こんなこと簡単に明かすなよ。
俺は王国の秘密を知り、次はハイエルフ王国の秘密まで知ってしまった。
もはや両国のお尋ね者だ。
捕まったらフィリップとハイエルフ王は二人で俺を引き裂きかねない。
ため息が出るよ。
「それで、お仲間達はどれくらいいるんだ?」
「残念ながら、十人に一人ってところね。」
思ったより多いじゃないか?
「でも、それは単に戦争をしたくないって程度も者も含めた場合。本当にオークやゴブリン達と対等で平和な関係になろうと思っているのは更にその中の十人に一人ってところね。」
なるほどね。
「そのごく少数の者達をまとめて『緑の党』。そう呼んでいるわ。」
「『緑の党』?」
「ええ、そう。緑は森の色。私達ライオス族が最も大切にしている色よ。でも、オークやゴブリン達も緑色の衣服は着るでしょ?確か、ゴブリン族でも特に古い家系のゴドラン族の紋章も緑色だったわ。緑色は決して私達だけの色ではないのよ。少し皮肉もこめてるわね。」
ヴィーラが苦笑した。
苦笑する表情すらうっとりするほど美しい。
そしてしばらく沈黙が続いた。
俺は勾配のキツい坂道を歩きながら傍らのヴィーラの横顔を覗き見た。
ヴィーラはいつでも凛とした表情でいる。
勿論、俺達が馬鹿話で盛り上がった時や冗談を聞かせれば、イメージが変わってしまうくらい表情を崩して爆笑してくれる。
でも、なんだろう?
さすが高貴なお姫様と言うか、この世界で最も力ある種族でも最高位に近い存在だけのことはあると言うか…
常にクールで高貴、こんな表現でいいのかわからないが自信満々なんだよな。
だから今の彼女の表情は不思議なんだ。
ヴィーラは今にも泣きだしそうな少女のような表情だった。
「もう戦争はうんざりよ。」
ヴィーラが呟く。
ヴィーラは俺と同じくらい、或いは少しお姉さんに見えるが、エルフの寿命は長い、俺が生まれる遥か前にあった大戦を経験している。
それどころかハイエルフ王の娘なのだから下手したら上古の時代には生まれていたのかもしれない。
女性の年齢のことを聞くなと怒られかねないから聞けないがな。
大戦を幾度も経験しているんだ。
俺達が想像できないような悲惨な経験をしているに違いない。
多くのエルフはそれらの経験を通して、益々オークやゴブリンへの憎しみを募らせているが、彼女はそうではないらしい。
『何かあったのか?』そんな言葉が喉元まで上がってきたが、飲み込んだ。
ふと振り返った。
ソニアがすぐ後ろにいた。
俺が誰かと話しているとすぐに入りたがるソニアだったが、ずっと敢えてゆっくり歩いて、距離をおいていたようだ。
彼女の後ろにはユキーナがいた。
少しイラついているように見える。
ソニアに詰まって前に行けないらしい。
くだらない喧嘩するなよ。
俺はヴィーラと並んで歩いていたが、身軽でエルフ特有の能力か、道を少し外れた足元の悪いところを何事もないように歩けるヴィーラだったからできたんだな。
ソニアはヴィーラの親友だ。
何か知っているのかもしれない。
俺にヴィーラの話を聞いてほしかったのかもしれないな。
峠まではまだ険しい坂道が続いている。




