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転生者なんて負け組だ  作者: 荒野旅人
第二章 逃避行編

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32/49

船出

ディエールは北廻廊海に面した港町だ。

なかなかの規模の港町だが、この地方は同程度の港町がいくつも存在する。

俺達のような逃亡者が紛れるには悪くない。


俺は波止場で突堤の先端にある係柱に腰を掛けて海を眺めていた。

波止場にいくつかの突堤があり、かなりの船舶が停泊していたが俺はたまたま空いている突堤を見つけるとそこで一休みすることにした。

目立つなと言われている。

魔法使いのローブは目立つからな。

俺はこの旅にローブだけを持ってきたわけではない。

目立たない服も持っていたんだが、処分してしまった。

港に着く前の町で馬と馬車を売り払ってしまった。

荷物を減らさざるを得ない。

俺の馬は売らないであるが、皆の荷物があるからな。

俺もできるだけ荷物を減らしたのさ。

俺のローブはれっきとした魔法使い正会員の支給ローブだ。

売るわけにはいかない。

確実に足が付く。

捨てるわけにもいかない。

一応、勝手に処分するのは禁じられているしな。

仕方なくローブと肌着を残して残りの服を処分したわけさ。

因みにローブは夏用と冬用がある。

俺はこの旅に出た時、夏用のローブを着ていたが、今は冬用のローブだ。

夏用のローブはこの前ヒカルの魔法でズタボロにされてしまった。

あのあと、ソニアが少し縫ってくれたが

「もうキリがないわ。そろそろ涼しくなってきたでしょ?」

の一言で、今は冬用のローブを着ることになった。

夏用のローブは今もたまにソニアが縫ってくれている。

王女殿下自ら縫ってくれているんだ。

ボロローブだが大切に着ないといけないな。

海からの風はソニアの言う通り涼しい。

ここから遥か南のカサベラを出た時は秋口だった。

かなり北に来たし、冬が近づいてきている。

暫く、この冬用のローブを着続けるしかないな。


突堤の付け根の辺りに目をやった。

船乗りや商人たちが行き来している。

その中でノルデル伯が何人かの男達と話をしている。

ソニアも一緒だ。

大胆なことにンダギとブロウも一緒だ。

二人は顔が見えないくらいフードを深く被っている。

なんだか老人のように見える。

実際、ノルデル伯は裕福な地主、ソニアはその娘、二人はソニアの世話役の老隠者という設定だ。

確かにそう見えなくもない。

まだ追手はこの港町までは来ていないようだ。

昨日、ディエールに着くと俺とフレッドは酒場で少し噂話を聞いて回った。

まだ王都の騒ぎは伝わっていないようだ。

ノルデル領の古城址で奴らと鉢合わせになったのは不幸だったが、どうやら振り切ったらしい。


「退屈そうね。」

振り返るとヴィーラとユキーナがいた。

ヴィーラも目立つなと言われたくちだ。

エルフは魔法使いよりも目立つからな。

彼女もンダギやブロウと同じように深くローブを被っているが、何せ絶世の美女だ。

どうしても気づかれてしまう。

フードを外せば耳の形で一目瞭然だ。

「まぁね。」

俺はまた海を眺めた。

女神像のような完璧美人のヴィーラと転生前の世界ならダンス動画でもSNSに上げていそうな美少女のユキーナに見つめられるとなんだか照れてしまう。

海を見てるふりをしてごまかしたわけだ。

ディエールは小さな湾の奥にある。

海を眺めると左右から伸びてくる岬の間に北回廊海が見える。

更にその向こうにはかすかに対岸が見える。

回廊海はその名の通り回廊のように細長い海だ。

この世界の地形をざっくり説明しよう。

アルファベットのCとCを左右反転させた逆Cを想像してほしい。

そのCが左下、逆Cが右上でそれぞれ嚙み合うように組み合わせるとこの世界のおおまかな地図が描ける。

もっとも、Cの南側と逆Cの北東から東側は地図の外まで伸びていて、その先の地形はわからない。

Cの上半分がウェスタリア地方だ。

その上端部辺りにあるのが今いるディエールだ。

これから向かうヴァラキア地方は逆Cの北東部にある内陸の地だ。

因みにこちらの世界での俺の故郷カレドニア地方は逆Cの北西の先端だ。

本当に辺境の地なんだ。

この絡み合ったCと逆Cの間にあるZ型の細長い海峡を総称して回廊海と呼んでいる。

さらに三分割して北回廊海、中回廊海、南回廊海と呼ばれている。

回廊海と言うのはその形状のこともあるが、ヒトがこの世界の大半の支配者になった頃から、回廊海は船が行きかい、通商において重要な役割を果たしていたから、船の回廊と言う意味もある。

ここから見えている対岸はスカニア地方の南部だ。

さてこれから遥か北東のヴァラキア地方までどう行ったものか…

どうやら商談が終わったらしい。

ノルデル伯のまわりに人がいなくなっている。

俺達はノルデル伯の方へ歩き始めた。


「すぐに出航できる船が三隻あった。どの船も君の馬も引き受けてくれると言ってくれた。」

俺の馬だけは売らずに連れて行きたいとわがままを言ったんだ。

「それで行先はどこなのでしょうか?」

「うむ。アルデアのダーマス、スカニアのカランデール、ルーテシアのハーレヴ行きだ。」

それはハーレヴ行き一択だろう!

何れも対岸の北回廊北岸の港町だ。

ダーマスはアルデア南岸の有名な港町だが、ここからは北西方向、つまり反対方向だ。

カランデールはスカニアの港だ。

スカニアはすぐ対岸だし、対岸に渡って陸路で東に行くならスカニアに行く手もあるが、カランデールは確かスカニア湾の一番奥、北の果てにある港町だ。

スカニアの東側は大きな山脈があるから、東のヴァラキアに行きたければ、南部から出ないと行けない。

カランデールまで行ってしまうとスカニア地方をまるまる縦断して戻らなきゃならない。

それに引き換え、東方のルーテシアはヴァラキアに隣接する地方だ。

ハーレヴからなら一番近い。

「カランデール行きの船に決めた。」

「伯、カランデールからではヴァラキアへ行くには正反対とは申しませんが、あまり回り道すぎるのでは…」

「大丈夫よ。いい道があるわ。」

ヴィーラが断言した。

ソニアも頷いている。

ノルデル伯もソニアの横顔を見てから頷いた。

ソニアはヴィーラとは古い友人だ。

ソニアにもわかるのかもしれない。

ノルデル伯にはソニアから事前に話をしているのだろう。

俺にはわからない。

俺が知らない道があると言うのか?

俺はこちらの世界の事を知ろうと子供の頃から歴史も地理もかなり勉強している。

それでもカランデールからヴァラキアに向かう道なんて思いつかないんだが…

「それに、ハーレヴ行きの船は危険だ。」

「どういうことでしょうか?」

「まだ追手はここまで来ていないようだが、今にもやってくるに違いない。ソニアと私がヴァラキアへ向かうことは奴らにもお見通しであろう。そうなれば東に向かう船は臨検される恐れもある。」

思えばこの辺りは王都クロンドロイより北西方向にある。

追手がまっすぐ北に向かえば、ここより東の海は危険だ。


こうして俺達はカランデール行きの船に乗ることになった。

船は昼には出航すると言う。

急いで乗り込まなくてはならなかった。

船はなかなかの大型船だ。

馬房もいくつかあり、俺の馬以外にも数頭いた。

馬を乗せる設備のある船は珍しい。

ノルデル伯にはわがままを言いすぎたかもしれない。

大型船だから甲板の位置が高い、人間なら梯子や階段状のタラップを使用するが、馬となると専用のスロープが必要になる。

この船が接舷していた桟橋にはそれがあった。

俺が転生する前にいた世界の中世ヨーロッパではどうか知らないが、この世界では貴族や金持ちの商人が海を渡るのに自分の馬を連れて行きたがったり、大貴族であれば馬車から降りずにそのまま乗船したいとかいうらしい。

だからこんな施設もあるし、それに対応した船もあるわけだ。

思えば俺の馬が船に乗るのは五年前、初めて船に乗せた時以来だ。

あの時は何ともなかったが…

少し不安だったが、五年前と同じく、おとなしくタラップを登ってくれた。

手綱を掴んでいる俺の方が揺れでよろめいてしまった。

馬を馬房に繋いで鼻面を撫でて落ち着かせてやり、甲板に上がった頃には船は出航しようとしていた。

岸壁の方から何やらざわめきが聞こえてきた。

船員達は聞こえないふりをして、てきぱきと出航作業を進めている。

すでに係柱に繋がれていたロープもほどかれ、屈強な船員達が棒で突堤を突くようにして船を離している。

ざわめきが気になり、港の方を振り返り、焦った。

港に駐在する衛兵達が走り回っている。

俺達の事かオーク、ゴブリン追放令の知らせが届いたのかもしれない。

衛兵の何人かがこちらに気付いてさっきまで接舷していた突堤へ走ってきた。

何か喚いている。

なるほど、急いで出航したわけだ。

何であれ、出航を差し止められると次にいつ出航許可が出るかわからない。

「ハーレヴ行きの船はダメだったな。」

「俺達は運が良い。」

「伯爵様の判断が正しかったな。」

ンダギ、ブロウが横で話し合っていた。

全くその通りだ。

衛兵達は真っ先に東へ向かう船を押さえに行ったんだろう。

右舷側の何隻か向こうに停泊していたハーレヴ行きの船はまだ出航できていない。

遠目の術を使ってみた。

衛兵達に乗り込まれている。

ほぼ同時に出港準備をしていたはずなんだが…

あっちに乗っていれば厄介なことになっていただろう。

因みに二人は出航するとこれ見よがしにフードを脱いでいた。

エミィもだ。

船乗りたちは驚いただろうが、気付かない振りで仕事をしていた。

俺達は船賃を払うと約束しているし、見るからに物騒な一団だ。

余計な手出しをするより、素直に運んで金を受け取る方が良いに決まってる。

同じくフードを脱いだヴィーラは対照的に注目を浴びている。

すごい美人だからな。

船乗り達だって眼福って奴だろう。

益々、余計な手出しをされずに済むな。

左舷側にはもう一隻の船がこちらと並走して出航していた。

ダーマス行きの船だな。

やはり西行きの船は後回しにされたんだな。

「二人とももう窮屈な思いをしなくていいな。」

ブロウがニヤリと笑って、愛剣を手にした。

今まで布でグルグル巻きにして他の荷物と一緒に俺の馬に括り付けてあったんだ。

目につかないようにな。

「こいつが手元にないと素っ裸でいるような気分だったぜ。」

ンダギも満足そうに自分の剣を眺めている。

船乗りたちは益々気付かない振りをしている。

彼らの剣を外した時、馬が嬉しそうにいなないた。

重かったんだろう。

「お前ら、船で海は初めてか?もしかして。」

「俺はヴァラキアから来たし、何度か帰っているからな。慣れたもんさ。」

いつものように、いつのまにかエミィが横にいた。

ブロウが肩をすくめた。

「俺は初めてだ。俺は親の代にヴァラキアから来て、俺はカサベラ生まれのカサベラ育ち、海を渡る機会はなかったな。」

ンダギも頷いた。

「俺もだ。」

確かンダギ、ンダガ兄弟は親に捨てられたか、何かで覚えてもいないらしい。

カサベラの下町でオークやゴブリンの荒くれ者達に育てられたんだ。

赤ん坊を育てる荒くれ者…

もはや荒くれ者じゃないな。

衛兵達は毛嫌いするし、ヒト族のお上品な連中は軽蔑するがカサベラのオークやゴブリンはいい奴ばかりさ。

勿論、カサベラの下町は危険なところであることには変わりないけどな。

カサベラに住むオークやゴブリンは第五次暗黒大戦中に町が魔王軍に占領された時に移住してきた連中と戦後に移住してきた連中がいる。

エミィはヴァラキア地方出身だ。

若い頃に移住してきたらしい。

だから船で渡海もしている訳だ。

舳先の辺りにヴィーラとソニアがいる。

ヴィーラの周りには鴎が集まっている。

エルフは動物達と会話ができるという俗説があるが、あれは本当なのかもしれないな。

少なくとも俺にはヴィーラが鴎達と会話を楽しんでいるように見えた。

鴎は船乗り達にとっては貴重なたんぱく源の筈だ。

だが、誰も捕まえようとしない。

ヒト族にとってエルフはおとぎ話の登場人物だ。

美しく、賢く、正しい。

そして恐ろしい。

手を出す勇気はないだろう。


俺は左舷側で海を眺めているフレッドの横に行った。

かなり小さくなったがまだダーマス行きの船と並走している。

思えばフレッドはアルデアの出身だ。

「あっちに乗ったら故郷に帰れたんじゃないか?」

勿論、フレッドがそんなことを考えていないことはわかっていたがな。

「俺がアルデアを出たのは昔だ。一度も帰っていない。帰りたいとも思わんな。」

思えばフレッドはカサベラでできた一番の親友だが、こいつのことはあまり知らない。

知っているのはアルデア出身で元衛兵。

どこかの町で衛兵をやっていた時は町一番の弓の使い手として名が売れていた…

あ、これは本人から聞いたのではなく、噂で聞いたんだな。

とにかく弓の名手であることは、骨身に染みてわかっている。

何度も助けられたからな。

そして、弓の腕前を見込まれ、著名な弓師に娘を娶せられた。

それがアンナだ。

今はカルテンブール郊外にある義父の弟、二コラに妻子を預けてカサベラで暮らしている。

でもその事情は聞いたことがないな。

ダーマス行きの船の向こうに陸地が見える。

白い断崖とその上に張り付く随分と傾いた太陽の光を受けて輝く緑の草地。

あれはアルデアの陸地だ。

フレッドは黙ってそれを眺めていた。

彼が何を想っているのかはわからない。

アルデアと陸続きの北にあるのはカレドニアだ。

俺もやはり西に見える陸地を眺めていた。

やがて船が面舵をとった。

俺達の視線の先ではダーマス行きの船が取舵をとっている。

俺達の船が北東方向に向かい、ダーマス行きの船は西に向かった。

沈まんとする西日に溶け込むように消えていった。

「冷えたな。船室に入ろうぜ。」

フレッドはもう背を向けていた。

「ああ。」

俺も彼に続いた。

「あなた達、あっちの方の出なの?」

後ろから話しかけられた。

ユキーナか。

話を聞いていたのかね。

気を遣って声をかけなかったんだな?

「アルデアのことか?フレッドがね。」

「そう。アルデアって国の名前?」

「え?」

「ううん。なんでもないわ。」

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