ハイエルフの姫君
この後、紹介されるのだが、先に言ってしまうと彼女は味方だった。
彼女の名はヴィーラ。
エルフの姫君だ。
エルフ族は皆強い魔力の持ち主だが、高貴な血筋の者ほどより強力な魔力を持っている。
その中でもヴィーラは王族の一員、ハイエルフの王の娘だ。
彼女は現世に生きる者の中でも最高の魔力の持ち主の一人だ。
そして彼女はソニアの友人だった。
既に俺の稲妻とフレッドの矢で瀕死状態だったヒカルの動きが止まった。
どうせ死んではいないだろうけどな。
しかしショウはまだ動けた。
激痛に絶叫していたが、それでも剣を振り上げた。
ンダギとブロウは負傷と疲労で動けない。
かろうじてヨロヨロと剣を構えるが、あれではショウの一撃は受けられまい。
苦痛と怒りで鬼のような形相のショウが剣を振り下ろした…
キンッと音がした。
ショウは剣を受け流され、バランスを崩し前のめりに倒れこんだ。
黒装束の女軽戦士ユキーナだ。
細く華奢な剣だが、見事な腕前でショウの大剣の勢いをいなし、その勢いを横に逃がすことで受け流したんだ。
ヴィーラの妖精の矢が放たれると同時に物陰から飛び出したようだ。
「さぁ!あなた達、へたり込んでる暇はないわ。走って!」
ユキーナの声でンダギとブロウが立ち上がり走り出した。
俺とフレッドも続いた。
走りながら振り返るとエルフの矢が再び、召喚者達を貫いていた。
ユキーナは塔の中に入っていった。
「こっちよ!」
塔の中から城壁内の通路に入った。
そこに崩れかけた階段があった。
ロープが垂らされている。
これなら登れる。
身軽なユキーナが先頭で素早くロープを手繰りながら階段を昇っていく。
ンダギ、ブロウが続く、さっきまで肩で息をしていた二人だが、最後の力を振り絞って登っていく。
この二人は体型からは想像できない俊敏さと運動神経の持ち主だ。
俺が一番もたついた。
言い訳をさせてもらうなら、魔法使いのローブってのはこういう時かさばって邪魔なんだよ。
俺の後ろからついてくるフレッドはやはり軽業師のような身のこなしだ。
劣等感を感じてしまうな。
ま、転生前の俺に比べれば、今の俺はまだマシだ。
カレドニア人と言うのは筋肉質な奴が多いんだが、俺も筋骨隆々と言えば大袈裟だがなかなかのマッチョだ。
その分、身軽さには欠けるんだ。
転生前の俺は『子豚』と陰口を叩かれていた通り、チビで脂肪の塊のような体型だったから、はるかにマシさ!
それでも、こんな運動はキツかった。
城壁の上に上るとヴィーラがいた。
と言ってもこの時は初対面だからな。
「ど、どうも…」
俺が口籠ると、ヴィーラはクスっと笑った。
彫像のように整った彼女の顔がそんな表情をすることに驚いた。
勿論、その時はな。
今では彼女の事はよく知っている。
俺達と変わらない。
表情豊かな奴だ。
特に大笑いするととてもエルフの姫君とは思えないくらい爆笑する奴だ。
でも、この時はまだエルフへの偏見が強かったからな。
「あまり私の顔を見ないで。」
笑いをこらえているような声だ。
この時はそれも意外だった。
俺はエルフの声がもっと冷たく機械的な声だと想像していたんだ。
「あぁ、いや。」
俺は慌てて目を逸らした。
あまりに完璧に美しい顔だ。
見とれてしまうんだ。
「挨拶はあとよ。こっちへ来て。ソニア達が待っているわ。」
「早く!奴らが混乱しているのも今の内よ!」
ユキーナはもう城壁の上を走りだしている。
「さ、彼女の後に続いて!」
俺達は土砂降りの中、ドタドタと城壁の上を走り出した。
ユキーナはバービカンに向かって走っている。
下では衛兵達が倒れて動かない召喚者のもとに集まって騒いでいる。
城壁はバービカンにも接続している。
「しっ。音を立てるな。」
いつの間にかエミィが横にいた。
ノルデル伯とソニアもいる。
ノルデル伯は弓を構えて下を狙っている。
フレッドは瞬時に状況を理解すると自分も弓を構えた。
バービカンの地階には馬が繋がれ、三人の衛兵が見張りについていた。
三人とも騒ぎが気になるらしい。
衛兵達がショウとヒカルの名前を大声で呼んでいる。
心配になるよな。
一撃だった。
ノルデル伯とフレッドの矢、エミィの短剣が次々に見張りを倒した。
エミィ、ユキーナが華麗に飛び降りた。
着地の音すらしない。
もっとも雨音がひどいんだが。
続いてヴィーラ、ソニアが飛び降りた。
こちらも軽やかだ。
フレッドも悪くない。
痩身で運動神経の良い奴だからな。
俺はダメだ。
三階くらいの高さだ。
飛び降りたら捻挫くらいしそうだ。
そこはエミィが飛び降りる前にロープを渡してくれていた。
俺はロープを固定して下に垂らした。
ノルデル伯が慎重にロープを伝って降りる。
ンダギ、ブロウが続く。
三人ともスマートなもんだ。
案の定、俺だけがドタドタと不細工な降り方になってしまった。
誰も笑わなかったが、ソニアの顔は明らかに笑いをこらえている。
くそぅ…
でも、俺は気付かないふりをした。
「こっちだ。早く乗れ!」
エミィが馬の手綱を引いてきた。
皆が素早く馬に乗る。
「ンダギ、俺の後ろに乗れ!」
俺の伸ばした手にンダギがつかまった。
俺は思いっきり力を入れて引き上げたがその必要はなかったかもしれない。
ンダギは実は身軽で運動神経抜群なんだ。
サクッと俺の後ろに乗ってきた。
フレッドの後ろにはブロウが乗っている。
エミィはソニアの後ろに乗った。
オークやゴブリンは乗馬の習慣がないから、この三人は自分では乗れない。
それでもエミィは流石だ。
さりげなく俺に引いてきた馬は馬格が比較的大きい。
フレッドの馬もだ。
これなら二人乗りも問題ない。
俺達はすぐに馬を走らせた。
奴らが体制を整えて追いかけてくると厄介だ。
時間がない。
ノルデル伯やヴィーラ、フレッドは空馬を引いている。
俺もだ。
奴らに馬を残してやる必要はないからな。
馬は残らずいただいた。
俺達が古城をあとにした時、背後ではまだショウの苦痛と怒りの絶叫が響いていた。
俺達が逃げたのは奴らが来た城門前に続く古い石畳の道だ。
石畳はあちこち崩れてはいたが、この土砂降りの夜道を無事通り抜けられたのだから整備された道ってのは便利だ。
森を抜け、街道に出ると俺達の馬車や馬を隠したところまで戻った。
流石に全員馬車に乗り込むのは厳しかった。
馬車にはノルデル伯、ソニア、ンダギ、ブロウ、エミィ、ユキーナが乗った。
俺は自分の馬に乗り換えた。
奪ってきた馬には荷物が載ったままだった。
食料もある。
ありがたい。
あとからわかったんだが、食料も良いものと粗悪品があった。
良いものが誰の食料かは明白だ。
そんなことしてると人望を失うぞ。
自称勇者ども。
「この馬を売ればかなりの金になるな。」
ノルデル伯は満足げだ。
この人は今、金欠だからな。
正直、旅費はかなり切実な問題だった。
勿論、俺達は盗賊討伐の賞金などで懐が温かかったから、俺達が出せば問題ないんだが、ノルデル伯はそうはしたくないようだ。
律儀な人だ。




