惨劇(下)
「!」
俺が振り返った瞬間、男の手が動く。
次の瞬間には俺はナイフの毒でやられるだろう…
そう覚悟した瞬間、カンッという音がした。
俺と男の間にエミィがいた。
エミィが小剣でナイフを弾いたんだ。
ナイフが飛んでいった。
「おいっ!」
男はさすがに慌てたようだ。
後ずさる。
そして、再びナイフがその手に現れる。
こいつの神器、どうやら投げてもすぐに手元に戻る毒のナイフらしい。
しかし、さっきの慌てようは何だ?
エミィの神出鬼没さに驚いたのか?
確かにエミィはすごい。
本当に助かった。
しかし、こいつは厄介だ。
どうしたものか。
重力の魔法で少しは動きが鈍くなっているようだが、それでも早い。
召喚者には魔法耐性みたいなのがあるのかね?
また一人ノルデル伯の部下が倒れる。
「転生者君さ。名前だけでも教えてよ。ショウとヒカルがつれない奴だって、しょげてたぜ。」
「自分から先に名乗れよ。」
俺の視界の隅にエミィがいる。
テーブルの陰に隠れて隙をうかがっている。
俺は小声で呪文を唱えた。
こいつはほんの小技。
魔法使いにとって初歩の魔法だ。
大気の精霊を使役した伝言の魔法だ。
音ってのは空気を伝わるからな。
大気の精霊を使役することでごく小さな声で言ったことが離れた場所にいる奴の耳に届けられるんだ。
「俺の名前?別にいいよ。俺は遊佐悠。ユウでいいよ。むこうじゃ『YuYu』って呼ばれてたよ。知らない?一応プロゲーマーじゃ国内トップクラスだったんだぜ?」
知らねえよ。
俺もゲームとかやってたけど、五十五歳のオジサンだぜ?
プロゲーマーなんて今時のこと知ってるわけねえだろ?
「聞いたことないな。」
「えー。ま、転生者ってオジサンとかオバサンなんだろ?知らないか?ハハッ!」
せいぜい馬鹿にしてろ、
もっと調子に乗れ。
その方が都合がいい。
おかげで俺はエミィに指示が出せた。
「皆、バラけるな!固まれ!ンダギ、ブロウ、前衛だ!後の者は皆、俺達の後ろにつけ!」
ノルデル伯やその部下達が俺の言うことを聞いてくれるかわからないが、聞いてほしい。
ンダギ、ブロウが剣を構えて、俺の前に立つ。
ソニアとフレッドは俺の後ろに立った。
「おいおい!無視するなよ!ちゃんと名前言ったろ!」
ユウが喚いた。
ノルデル伯が立ち上がると俺の後ろに走り出した。
「ふざけんなよ!」
ユウがナイフを投げた。
おいおい。
ノルデル伯は生け捕りするんじゃなかったのか?
とにかく当たらなくて良かった。
こいつ、激昂しているな。
都合がいい。
ノルデル伯が走り出すとその部下達も俺の言うことを聞いてくれた。
俺の後ろに皆集まってくれた。
ンダギ、ブロウが剣を構え、その後ろに俺、更にその後ろに残りの皆が立った。
「俺の言うこと聞けよ!」
ユウがまた手元に戻ったナイフを投げた。
まっすぐ前に。
奴の前に全員揃ったんだ。
さぞかし容易く思ったことだろう。
しかし、投げたナイフはすぐに弾かれた。
物陰から現れたエミィが小剣で弾いたんだ。
弾かれたナイフをユウが慌ててよけた。
ンダギ、ブロウは左右に分かれた。
そう、いつものことさ。
その瞬間に俺の炎の玉が奴を襲う。
「熱い!くそっ!熱いよ!」
ユウのマントは焦げて、端っこはまだ燃えている。
奴はマントを投げ捨てた。
顔面も火傷のあとがあるから多少はダメージを与えたようだが、死にはしない。
もろに炎の玉の魔法をくらって生きてるってなんなんだ?
いくら何でも召喚者って無敵すぎるだろ。
けど、想定内だ。
「お前、絶対ぶっ殺す!」
ユウがナイフで自分の左手をポンポンと叩きながら、鬼の形相で叫ぶ。
ありがとう。
お前わかりやすいな。
でも悪いな。
今、魔法の呪文を唱えているから返事してやれないよ。
俺は杖で奴を指した。
ユウがナイフを投げた。
大振りだ。
俺狙いだな。
距離があるからな。
その分モーションに時間がかかってくれて助かった。
魔法が間に合ったのさ。
ナイフは見えない障壁に当たって、弾かれた。
奴と俺の間に空気の障壁を作ってやったんだ。
「うわっ!」
ユウが慌てて跳ね返ってきたナイフをよける。
流石に素早いが、焦ってるから不細工な動きだ。
「なんだよ?これ?」
ユウの手元にナイフが戻る。
再びナイフを投げようとするが一瞬、動きを止めた。
奴はわかってないんだ。
だからナイフを投げるのをためらった。
これだけの時間があったんだ。
もういけるだろ?
「ダンカン!」
フレッドの声が聞こえると同時に俺は魔法を解除した。
シュッという音が右耳のごく近くで聞こえた。
次の瞬間には矢がユウの胸に突き刺さった。
「ぐぉっ」
ユウは自分の胸から突き出た矢を握りしめて苦しむ。
おいおい。
即死じゃないのか。
「くそぅ。痛い!痛いよ!」
痛いじゃないよ。
生きてるのが不思議だよ。
でも、流石に動きが止まったようだ。
フレッドは容赦がない。
二本、三本と矢が奴に突き刺さる。
「痛い…」
ユウは倒れこんだまま何かを取り出した。
呼子笛だ。
ピーッ
「お前達、逃げられると思ってるのか?俺も一人で来たわけじゃねぇ。後でまじでクソ痛い思いさせてから嬲り殺してやる…」
召喚者様もここまでやられると辛いらしい。
絞り出すような声だ。
まだ生きてるだけで十分にチートすぎるけどな。
「皆、私に続け!」
ノルデル伯が会議室の方へ走り出した。
彼の部下達、ソニア、フレッドがその後に続く。
「二人ともここまでだ。」
ンダギ、ブロウは身動きできないユウに切りかかろうとしていたが、俺の声を聞いて一緒に走り出してくれた。
ノルデル伯は会議室の左側にある扉を開いた。
俺達がいつも入ってくる扉の反対側だ。
扉の向こうは廊下になっている。
突き当りの扉を開くと馬車があった。
その向こうには馬房がある。
馬が数頭いた。
ノルデル伯の部下達が馬達を引き出す。
背後には衛兵達が迫っている。
ンダギ、ブロウが剣を構えた。
あのやたら凶悪な剣だ。
俺は彼らの背中しか見えないが、賭けてもいい、二人とも不敵な笑顔をしているはずだ。
ここまで出番がなかったからな。
衛兵達も召喚者の部下に選ばれるくらいだから精鋭なのだろうが、この二人が相手だ。
安心して任せられる。
フレッドは二人に当たらないように二人の頭上から矢を放つ。
「ソニア、そっちはどうだ。」
「もうすぐよ。」
衛兵達はかなり人数のようだが廊下で迎え撃っているからな、その優位性を活かせない。
こっちは安全だ。
俺は馬車に馬を繋ぐのを手伝った。
ノルデル伯の部下達よりも手際が良い。
カレドニアでの子供時代、幾度も手伝ったことだからな。
馬車が用意できた。
「よし!こっちは準備できたぞ!」
ノルデル伯やその部下、ソニアにエミィが次々と乗り込む。
俺は馬車の上から魔法を使った。
こんな時は…
そうソニアに呪符物で渡したあれさ。
廊下の方から凄まじい勢いで煙がでてきた。
その煙の中からフレッド、ンダギ、ブロウが走り出てきた。
あいつらは慣れているからな。
衛兵達はさぞかし混乱していることだろう。
馬車が走り出す。
三人は馬車の後ろに飛び乗った。
エミィとノルデル伯の部下二人が手を貸す。
俺は今度は場所の前方に向かって魔法の準備を始めた。
動き出した馬車の上で踏ん張って魔法をかけようってんだから大変だ。
ソニアが腰に手を添えて支えてくれた。
ありがたい。
俺は魔法に集中した。
廃墟に偽装したタウンハウスから飛び出した馬車の前方にも衛兵達がいた。
当然だ。
包囲されているんだ。
この後どうなるかわからないが、出し惜しみしてる場合ではないだろう。
稲妻の魔法を放った。
これで打ち止めとまではいかないが、しばらくの間、使える魔法はあと少しだ。
あの盗賊戦で十数人を倒したのと同じくらいの稲妻の魔法だ。
前方が開ける。
雷に打たれて焼け焦げた衛兵の死体を馬車が乗り越える時、ガタガタと揺れた。
もう既に十分なくらい俺は重罪人なわけだが、これで反乱罪確定だ。
王都の衛兵達を殺害したんだからな。
俺はため息をついて腰かけた。
体を支えるために伸ばした手に何かが当たった。
この馬車には色々物資が積み込まれている。
多分食糧などが入っていると思われる木箱、樽(ビールでも入っているのか?)なんかだ。
でも、それは小さな木箱だ。
蓋もない。
中には小さな子供用の木のおもちゃが入っていた。
ノルデル伯は緊急時の脱出用にこの馬車を用意していたんだ。
そして、その時は妻子も連れて逃げるつもりだったんだ。
俺は馬車の前の方に座っているノルデル伯の背中を見た。
声はかけなかった。
かけられなかった。




