ソニアの挫折
流石に半日ずっと座ってはいなかった。
そんなことしてたら逆に怪しまれるだろ?
途中、少し散策をした。
できるだけ物珍しそうにきょろきょろしながらな。
俺は地方から出てきたおのぼりさんって役だからな。
まぁ、実際そうなんだが。
それでもオレイル像からはあまり離れず、そちらに人が近づかないかもチェックしていた。
幸い、オレイル像があるのは公園の奥の方、あまり人が通らない場所だ。
誰も来なかった。
ようやく、ソニアが出てきた。
昼が過ぎ、午後も遅く、夕方に近い頃だ。
出てきたソニアの顔色が悪い。
一瞬、最悪の事を考えたが、怪我はしていないようだ。
「どうだったんだ?」
ソニアは唇をかみ、俯いた。
少し震えている。
そして涙がこぼれた。
「できなかった…」
「え?」
「できなかったの!」
そういうとソニアは泣き出した。
さめざめと泣く。
というのはこういうのを言うんだろう。
俺はまわりに人がいないかを確認しながら、彼女の背をさすってやった。
ソニアが俺にもたれかかってきた。
ドキドキしたが、それどころではない。
本人が逃げ出そうとしないところを見ると失敗したとしても追手がかかっているわけではなさそうだ。
「少し歩こう。何があったか教えてくれ。」
内心、思いっきり緊張しながら、できるだけさりげなくよそおって、ソニアの肩に手をまわし、歩き始めた。
ソニアはおとなしく従った。
公園はタージュ川の川岸まで続いている。
俺達は川岸のプロムナードを少し歩いて、人気のない川に臨むベンチに座った。
こんなものがあるのもクロンドロイならではだ。
これらもジャン王によって整備されたと聞く。
ジャン王って本当にすごいな。
「王宮の中はあまり変わってなかったと思うわ。記憶していたのとは少し違ったの。でも十五年前の記憶だもの。よくあるでしょ?子供の頃、とてつもなく大きく思ってたものが大人になってから見るとびっくりするほど小さかったとか。」
わかるな。
前世で、俺は物心ついた頃に住んでいた団地の階段をとてつもなく広い階段のように思っていた。
大人になってから近くを通ったついでに見に行ったらその階段はどこの団地にもあるような狭い階段だったんだ。
十五年ぶりなんだ。
同じものを見ても随分違って見えたことだろう。
「でも迷わなかったわ。ヴァラキアに住んでからも何度も王宮の絵や地図を描いていたわ。伯父様が来られた際には見てもらって、間違っていれば指摘してもらっていたの。私、どうしても忘れたくなかったのよ。」
幼い頃のソニアはどんな気持ちでそんなことをしていたのだろうか?
楽しかった家族との記憶を失いたくなかったのか?
もしかしたらその頃から復讐を、フィリップの暗殺を考えていたのか?
どちらにしても悲しいことだよな。
「抜け道は食堂の脇にある給仕の控室に続いているのよ。小さな部屋。食堂から食事中の王族に呼ばれたらその部屋から食堂に入って用を聞くわけね。食堂の様子は…決して忘れないわ。」
そうだろうな。
五歳の女の子が惨殺された家族の姿を見た部屋だ。
忘れられないだろう。
その部屋に戻ったんだ。
辛かったろうな。
顔が青ざめているのも半分はそれだろう。
「食堂には誰もいなかった。朝食が終わって片付けも終わっていたのね。」
そう、だから朝遅めの時間を狙って忍び込んだんだ。
まずは目論見通りだったわけだ。
「食堂から出て回廊を歩いて、階段を上がったわ。どちらも私の記憶にあるより少し小さかった。でも壁の色も天井の絵も記憶にある通りだったわ。フィリップの部屋は昔から変わっていない。伯父様から聞いた通りだったわ。」
ノルデル伯は気が進まないながらもできるだけの情報を教えてくれていた。
王宮内に協力者がいるから、最新の情報が入ってきている。
ある程度王宮内を覚えているソニアには十分な情報だったろう。
「フィリップの部屋は王族の部屋の中では一番食堂から離れていたの。お父様とお母様の部屋、私の部屋、弟の部屋を通り過ぎたわ。中の様子は見ていないわ。見てみたかった…」
そうだろうな。
ノルデル伯の情報によると今ではフィリップの家族や親族が使用しているはずだが…
王宮内の下女の格好をしているとは言え、見つかれば怪しまれるかもしれない。
余計なことはできない。
「フィリップの部屋は私の記憶と大きな違いはなかったわ。あいつはお父様から時々注意されるくらい贅沢好きで王弟の頃から贅を尽くした部屋で暮らしていたわ。王になってもあれ以上に贅沢なんてできなかったのよ。変えようがなかったのね。」
少し話が脱線しているが、ここは口を挟むまい。
俺は黙って話を聞くことにした。
「フィリップの部屋、窓際の小さなテーブルに水差しとグラスがあったわ。グラスには見覚えがあったわ。綺麗で新しいものだったから私が見た昔のものではないかもしれないけれど、同じものを職人に作らせたのね…」
ソニアは興奮したりすると少し話が脱線する癖がある。
今は興奮しているというよりひどく動転しているようだが、同じ癖が出ているな。
「水差しに毒を垂らす。グラスの縁に毒を塗り付ける。それで終わりよ。どちらかに口を付ければ死ぬわ。苦しまず、穏やかに、眠るようにね。」
ンダガにも使ったやつだな。
「どうせなら、思いっきり苦しむような毒を仕込んでやりたかったわ!」
ソニアが振り絞るような声で叫んだ。
俺は慌ててソニアの口を押え、辺りを見回した。
大丈夫だ。
誰もいないし、人気もない。
ソニアが穏やかに死ねる毒を選んだことは間違っていない。
ノルデル伯の活動を続ける為には自然死に見せたいんだ。
フィリップが死んでも、それで王国を乗っ取れるわけでもないし、召喚者達が依然としている訳だしな。
「落ち着け。では毒を仕込んだんだな?」
ソニアは俯き、首を横に振った。
「できなかったの。」
「何があった?」
「背後で物音がしたわ。私は毒を仕込む暇もなく振り返ったわ。」
「見つかったのか?」
「ええ。」
「衛兵か?執事か下男か?」
「いいえ。」
ソニアは暫く口を閉ざした。
そんなにショックを受けるようなことがあったのか?
「小さな男の子が部屋を覗いていたのよ。」
「小さな男の子?」
オウム返しって、まさにこれだな。
思わず言ってしまった。
「ええ。まだ三歳くらいかしら?その子ね…」
ソニアの表情がますます苦しげになっていく。
「その子ね。弟そっくりだったわ。」
ソニアが両手で顔を覆った。
「『ダメなんだよ。その水差しはいつもテーブルに置いてないとお父様怒るんだよ。』その子はそう言ったの。きっと何もわかっていない新入りの下女がやってはいけないことをしようとしていると思ったのね。フィリップをお父様と呼んだのよ。その子は王子だったのよ。私の従弟ね。弟と似ているのもそのせいね。」
「それでどうしたんだ?」
「遊んであげたわ。」
「遊んであげた?」
またオウム返しだ。
意外な展開に俺も動揺しているな。
「ええ。王子にせがまれたの。私も覚えがあるわ。言うことを聞いてくれそうな下女を見つけたら、遊んで、話を聞いてってせがんだものよ。」
「それで王子と遊んだと?」
「ええ、そうよ。」
「何をしたんだ?」
俺はなんだか間抜けな質問をしているな。
「人形を使ったごっこ遊び。王子は馬に乗った騎士の人形を使ったわ。私は悪者の魔女よ。王子の部屋で。その部屋はね、弟の部屋だった部屋よ!弟も同じような人形を持っていて、同じように遊んでいたわ。たまに私も遊んでと言われたけれど、あの頃の私はそんなの幼い子のやることで馬鹿らしいと思っていたの。ほとんど付き合ってあげなかったわ。そのことを後からどれだけ後悔したことか…でも私はフィリップの子には人形遊びをしてあげたのよ。王子は笑顔も弟そっくりだったわ。」
俺は全く場違いなんだが、パーシーのことを思い出していた。
でもパーシーのことを思い出すとなんだかソニアの苦しい気持ちがわかった。
「それでその子の父親を殺せなくなったわけか?」
別に俺は責めている訳じゃない。
元々ソニアに暗殺なんかさせたくなかったんだからな。
でも、ソニアには責められているように思われたかもしれないな。
こんな時、どう言えば良いかなんて俺にはわからないんだ。
昔からな。
転生した今もな。
「ええ、そうよ。」
ソニアは川面に視線を向けて動かない。
沈黙。
ダメだ。
なんて言えば、良いんだ?
このまま、そっとしておいた方が良いのか?
俺はこんな沈黙が苦手だ。
だからと言ってどうすれば良いのかもわからない。
「ああ、そうだ。」
ここで別の話題にして良いのか?
わからないが、聞くべき事ではあるから、話題を変えてみた。
「『送還の鍵』は見つかったのか?」
ソニアは、はっと顔を上げてこっちを向いた。
「そうね。ごめんなさい。その話をしてなかったわ。」
『ごめん』というのは、自分の感情にまかせて話してしまったから…と言うことか?
俺は気にしてないんだが。
が、黙って話を促した。
「『送還の鍵』も見つからなかったわ。フィリップが『送還の鍵』と思しきものを隠していたのはマントルピースの隠し扉の中よ。フィリップの部屋にある暖炉は滑稽なくらい大きくて、大袈裟なくらい贅沢で凝った意匠のマントルピースなの。読みもしない本を数冊と高価な置物を飾った小さな棚が付いててあとは彫刻だらけ。小さい頃はこんなに大きいのに中はどうなってるんだろう?って不思議に思ったものよ。」
だからノルデル伯曰く当時叱られてばかりいた、いたずらっ子のソニアは興味を持って覗き見してた訳か…
「そのマントルピースにいくつか隠し扉があるのよ。」
「ほう」
別の話題に変えたことで少し気持ちが落ち着いたように思えた。
「鍵が掛かっていたけど、問題ないわ。暗殺者の訓練の中に解錠の術もあったから。でもどの隠し扉にも『送還の鍵』はなかったわ。あったのはこの巻物だけ。」
ソニアと出会ってからまだ長くはないが、暗殺者になりたがるような人間とは思えない。
彼女が暗殺者を志願したのは復讐の為か?王位について父親の遺志を継ぐ為か?
なんだって良いがそんな事から彼女を解放してやりたい。
それと『送還の鍵』のかわりに持って帰った謎の巻物のせいで、後にソニアは再び、恐ろしく苦悩することになるんだが、それはまた別の話だ。
「その後よ。王子と出会って…」
話の途中だったが、それで終わりとばかりに口を噤むとソニアはまた川面を見つめていた。
ふと彼女がわずかに煙の臭いがすることに気づいた。
「煙玉使ったのか?」
「使ったわ。戻る途中、食堂で別の下女に声をかけられたの。いきなり『あなた何者?』って聞かれたわ。きっと下女頭か何かね。自分が顔を知らない下女なんているわけないって感じだったわ。」
「それで?」
なかなかヤバい状況じゃないか!
「逃げたわ。」
ソニアにとってはショックなことがありすぎて麻痺してるんだろう。
見つかったことも軽く言ってくれる。
「ありがとう。あの煙玉すごかったわ!」
顔が近い。
ドキドキする。
女の子に感謝されるなんて前世を含めてもほとんどないしな。
照れるわ。
「食堂が煙で何も見えなくなったわ。私は椅子を投げて窓を派手に割ってやったわ。」
「庭から逃げてきたのか?」
「いいえ。そう見せかけただけ。煙に紛れて抜け道に入ったわ。今頃、庭で残ってもいない不審者の痕跡探し中よ。きっと。」
ソニアは立ち上がると手を差し出した。
少し笑顔だ。
「行きましょ。」
きっとソニアは立ち直ってなんかいない。
空元気でも…まぁまだマシか。
俺も彼女の手を取り立ち上がった。
こんな可愛い女の子の手を握るなんて俺にはマジ緊張もんなんだが、その時は自然とそうできた。
こうしてソニアの決意は破れたんだ。




