俺も初めはうまくいっていたんだ。
俺も初めはうまくいっていたんだ。
転生者の俺が殺されずに無事に育てられたのは、ロバートとアリシアのマカリスター夫妻(俺のこちらの世界での両親だ)のおかげだ。
マカリスター家はカレドニア地方の地主だ。
地主とはその名の通り、自分で土地を所有しており、土地を小作人に貸して地代を徴収して暮らす身分のことだ。
その土地の権利は全て地主に帰するものであるから、事実上その土地の支配者だ。
俺に言わせると地主というのはこちらの世界では比較的恵まれた身分だ。
こちらの世界の身分では、大きくは王と王族、王の家臣、王の民に分かれる。
そして王の民で一番上に位置するのが地主だ。
王の家臣と言うのは所謂貴族だ。
地主は貴族より下だが、貴族なんて王族を合わせても王国人口の一、二パーセント程度だ。
つまり身分差別の厳しいこの世界で他人に頭を下げることもまずない。
しかも、不労所得でなかなか豊かな暮らしができる身分だ。
そんな恵まれた地主の一族、マカリスター家でロバートとアリシアの長男、ダンカン=マカリスターとして俺は生まれた。
因みにこちらの世界での曽祖父がやはりダンカンという名で、俺が生まれた時にはまだ存命だった祖父が自分の父からとって名付けてくれたそうだ。
ロバートとアリシアは最高の両親だった。
この二人の息子として転生できたことは、本当に幸運だった。
息子の俺がロバート、アリシアとファーストネームで呼ぶように仕向けたことからもわかるように、二人は堅苦しくなく、ものわかりがよく、フレンドリーでオープンな心の持ち主だった。
ロバートとアリシアから愛され、大切に育てられ、裕福な地主マカリスター家の長男として俺は何不自由なく、幸せに暮らしていた。
俺の生まれ育ったマカリスター家の土地、ロッホナラステア湖とその周辺は大麦の畑と羊の放牧地が広がる美しい土地だ。
幼いころはロバートとアリシアに連れられて屋敷周辺の野原にキルトの敷物を敷いて食事をしたり(元の世界でのピクニックだ)、ロバートの後ろに乗せられて馬で散策したりした(こっちはホーストレッキングというやつだな)。
本当に二人には可愛がられた。
少し大きくなると自分で馬を操り、農場や森を好きに行き来できた。湖で舟遊びもした。
転生前の世界でも、休日には郊外の自然の多い山や高原へ行ってのんびり過ごすのが好きだった。
と言っても、仕事で疲れすぎて、郊外に行けるだけの体力の余っている休みがあまりなく、実際はそれほど行けてなかったけどな。
そんな俺には天国のような環境で、最高に贅沢な生活を送っていた。
この世界には学校にあたるものがあまりない。
都市部であれば商人の師弟などを相手に最低限の読み書きや計算を教えてくれる教室のようなものがあるそうだが、農村部(この世界の大半はそうだが)にはそんなものもない。
この世界の識字率は現代日本人の感覚からはかなり低い。
読み書き以上のしっかりとした教育を受けられるのはほんのわずかな子供だけだ。
貴族や豊かな地主であれば、家庭教師を雇って子供に教育を受けさせる。
庶民でしっかりした教育を受けるのは、都市部の裕福な家庭の子が近所の知識人について学ぶくらいだ。
カレドニア地方は王国の中でも北西のはずれにある辺境、つまりド田舎だったが、それでも流石に地主の家に生まれたとなるとしっかりと教育を受けることもできた。
初めは両親から文字や簡単な算数を教わった。
文字を教わったのはありがたかった。
なんと言っても日本と言語が違うからな。
算数を教わっている時は退屈していることをロバートとアリシアにバレないようにするのに苦労したが…
そう、こちらの世界は当たり前だが言語が違う。
どこか英語的なんだが、やっぱり違う。
ドイツ語ともフランス語ともスペイン語とも違う。
まぁ、転生前にどの言葉も使えなかったから一緒だったとしても変わりはないな。
いくら大人の知能を持って生まれても言葉がわからないのは苦労した。
しかし、赤ん坊の記憶力と柔軟な知能に大人の知識力と分析力を併せ持つというのは最強のようだ。
俺は音が聞こえるようになるとすぐに全力で聞こえてくる言葉を覚え、前後の関係から意味を類推し、理解して行った。
こんなに覚えられるものか、こんなに理解できるものかと自分でも驚いた。
そうして一歳になった頃には俺は大人達の会話をある程度理解できるようになっていた。
五歳の誕生日を迎えた頃には遠縁の親戚が家庭教師としてやってきて、みっちりと教育してくれた。
おかげで俺はこの世界のことを深く学ぶことができた。
この家庭教師の名はバーン=マカリスター。
別の地域に住む親戚のマカリスター家出身で南ではかなり有名な魔法使いとのことだった。
後の俺の魔法の師匠でもある。
バーン師には多くのことを学んだ。
俺が魔法使いになれたのも、家庭教師が魔法使いのバーン師だったからだ。
これは大きかった。
後の俺の人生は俺が魔法を使えたことに大きく左右されたわけだからな。
もし、小作人や農奴の家に転生していれば、こんな教育を受けることもなく、一生を終えていたかもしない。
当初、転生者なんて自分だけだと思っていたから、殺されるかもしれないなどとは思いもしなかったが、俺はロバートとアリシアを怖がらせないように転生者であることを打ち明けてはいなかった。
大きくなるにつれてこの世界の知識がつき、転生者であることを隠していた方が良いと知ると、ますます普通の子供のふりをしていた。
しかし、十二歳になった時、ついに打ち明けた。
理由はよく覚えていないが、俺は二人を父親、母親として信頼していたし、感謝していたから本当のことを伝えたかったのだろう。
更には転生前の知識を活かして、マカリスター一族の土地をもっと豊かにしたいという想いもあった。
農業の知識はなかったが、転生前のビジネス経験を活かして色々と改革できるのではないかと思っていた。
その為にも事前に転生者であることを伝え、堂々と前世の知識を活かすべきだと考えていた。
思えばこの頃は自分には魔法使いとして大きな素質があるとバーン師から伝えられてはいたが、そんなことよりもマカリスター家の後継ぎとしてどうするかの方が大切だったんだ。
俺が転生者であることを伝えたときの二人の反応は意外なものだった。
二人とも俺が転生者であることに気づいていたというのだ。
ぽかんとする俺を見て二人は大笑いをしたものだ。
アリシアは涙が流れるほど笑いながら言った。
「あなたが転生者であることを知られないようにあれこれ工夫している姿が可愛くて、可愛くて…『実は知っているわよ』とは言えなかったのよ!」
「お前なりに俺たちを気遣って秘密にしていると思ったからな、こちらから言えなかったんだ。本当のことを言ってくれてありがとう。ダンカン。」
ロバートは俺の頭を抱き寄せ、幼いころのように優しく撫でてくれた。
この世界では転生者は忌み嫌われている。
転生者であることがバレた途端に親に殺されるさえある。
そんな世界だ。
それでも転生者であることを気づいていながら、自分達の子としてたっぷりの愛情を注いで大切に育ててくれたロバートとアリシアは本当に立派な人達だと思う。
感謝しても感謝しきれない。
間違いなく俺は幸せだった。
俺も初めはうまくいっていたんだ。




