ソニアの正体
ソニアは俺達の部屋に拘束されていたことにそこまで怒ってはいなかった。
機嫌は悪かったけどな。
ソニアも腹は空かせていたようだ。
拘束を解かれると文句も言わず、黙々と食事をとった。
俺達はバスケットを見るとジーナを思い出し、暗い気持ちになるが、彼女にはまだ話していないからな。
俺が眠る仔牛亭での出来事を話してやった。
「召喚者が?嘘でしょ?」
ソニアの反応は思っていたものより激しかった。
「早すぎるわ!」
彼女は召喚者のことを何か知っているようだな。
「早すぎるってなんだ?」
いや、そもそも疑問はそこじゃない。
「君は召喚者が現れることを知っていたのか?どうして召喚者が現れるんだ?魔王はもういないんだぞ?」
ソニアが黙って見返してきた。
俺に引き出して見せろってか?
俺はため息をついた。
「まずはあなた様のお話しからいたしましようか?ソニア王女殿下?」
「知っていたの?」
「店に行く前に言っといても良かったな。ずっとそう思っていたよ。王女殿下。」
「やめてよ。皮肉?王女殿下なんて呼ばないで。」
「そう言ってもらえるとありがたい。舌を噛みそうだったんだ。」
ソニアの表情が少し和らいだ。
良かった。
俺、こういうの苦手だからな。
「ソニア、君はフィリップ王の命を狙って旅してきた。そうだろ?それはヴァラキアの連中の差し金かい?テルデサード王国王家の君がどうしてヴァラキアにいた?ノルデル伯って誰なんだ?」
正直、俺は眠る仔牛亭での出来事で少し疲れているし、思いっきり興奮している。
一つ一つ誘導尋問してやる気持ちにはなれなかった。
「仕方ないわね。せっかちな男はモテないわよ。」
「モテないのは事実だからいいよ。」
「私がフィリップを狙う理由はわかってるんでしょ?」
「復讐。」
「そうよ。あの男は私の家族を皆殺しにしたのよ!ずっと殺してやりたいと思っていたわ。」
「やっぱりジャン王は病死じゃなかったんだな?」
「お父様もお母様も毒殺されたわ。弟はフィリップについた衛兵の剣で刺殺されたわ。あの日、私はお父様と喧嘩して一人で庭に出ていたの。だから助かったわ。伯父様がノルデル伯が私を逃がしてくれたの。」
「それがジャン王崩御の真相か…」
想像はしていたが、とんでもないことを知らされたもんだ。
こんなこと知っているとなると現王から命を確実に狙われる。
「半年ほど伯父様の屋敷で匿われていたわ。伯父様はもともとフィリップに疎まれていたし、私との血縁もあるから疑われていたのね。気づかれてしまったわ。」
「ジャン王は大戦の後、魔王軍の残党達と講和を結んで平和な今の時代をつくったが、確かフィリップ王は講和に反対していたな。」
「そうよ。保守的な大貴族の大半とフィリップはお父様のやることに不満を持っていたの。当時の私は子供だったからわからなかった。ねちねちとことあるごとにお父様に不服を言うフィリップのことはあの時から大嫌いだったけどね。」
「つまりジャン王の戦後政策反対派によるクーデターだったわけだ。」
「ええ、そうよ。お父様の政策を支持して推進していた伯父様もフィリップ達の目の上のたんこぶだったわけね。」
「それは教わったから知っている。当時ノルデル伯はジャン王の懐刀と言われ、戦後、オークやゴブリンの各部族の長達を実際に歴訪して交渉をしたのはノルデル伯だったな。」
「思い出したぞ!アルヴァン様…俺の母親がヒトにも立派な貴族がいたと子供の頃に話していたな。ノルデル伯のことなんだな。」
ブロウが口をはさんだ。
ブロウの子供の頃…あまり想像つかないんだがな。
ブロウも母親に甘える子供だった頃があったわけだ。
そりゃそうか。
確かブロウの両親は戦後にヴァラキアから移住してきたって言ってたな。
「そう。伯父様はオーク達にそう思われているのね?伯父様に教えてあげたかったわ。そうよ。アルヴァン=シンクレア、それが伯父様の名前よ。」
「ノルデル伯は本当に生きているのか?」
「いいえ。アルヴァン伯父様は亡くなられたわ。火事があったのは事実。でも屋敷が燃やされる前にフィリップの刺客に襲われて殺されていたわ。」
「では君が会おうとしていたのは?」
「私が会おうとしていたのはケネス伯父様。アルヴァン=シンクレアの弟、ケネス=シンクレアよ。テルデサード王国は認めないかもしれないけれど、ヴァラキアではケネス伯父様がノルデル伯を継いだと認めているわ。」
「そういうことだったのか。」
「言ったでしょ?私、嘘はついていないわ。私は伯父様のノルデル伯に会いに来たの。」
あーあ。
こんなことも知っちまった。
もう俺達は王国一のお尋ね者だな。
バレたら。
「じゃあ、召喚者達のことは…」
「待って。疲れているんでしょ?もう全部教えてあげるわ。それでも話は長くなるわよ?あなたにいちいち質問させるのも私は面白いんだけど、それじゃ夜が明けてしまうわ。」
助かるよ。
本当に。
「まずは歴史のおさらいね。前の大戦、第五次暗黒大戦の終結からよ。」
おいおいまた話がずいぶん飛ぶな。
まぁ、口は挟むまい。
折角、ソニアが話そうとしているんだ。
「お父様、ジャン王は魔王を倒した。そう言われているけど、そうではないの。魔王様は生きておられるわ。」
!!!
あの気配をあらわさず、いつでも冷静なエミィですら思わず物音を立てて立ち上がっちまった。
俺も他の連中も同様だ。
「お父様も魔王様も長く続く戦争であまりに多くの人間が死ぬことを深く憂いておられたわ。二人とも平和を望んでおられたの。だから和平を望んでいたわ。光の種族や闇の種族などと分けてしまわず、全ての種族が互いに仲良く平和に暮らせる世界を望んでおられたのよ。」
確かにジャン王の戦後政策はまさにそれを実現する為のものだ。
「それには大きな障害があったわ。それが召喚者達よ。召喚者達は残虐でオークやゴブリン、トロールを殺戮することに喜びを覚えていたわ。彼らの率いる軍隊はヴァラキアで街や村を占領するとその地の住人を皆殺しにしたわ。生まれたばかりの赤ちゃんもよ!」
「しかし、逆もあっただろ?オークやゴブリンに住人ごと消滅させられたヒト族やドワーフの町もかなりあったはずだ。」
フレッドが反論した。
フレッドは決してオークやゴブリンを嫌ってはいない。
要は反論の形をした質問だな。
確かにはっきりさせておいた方が良いところだ。
「ええ、そうよ。ある時まではね。」
「ある時?」
「ええ。具体的に言えば第三次暗黒大戦の後半までよ。ある時、魔王様は自分の軍隊が陥落させた町で赤ちゃんまでが無残に殺されている惨状に心を痛められたの。魔王様ご自身のお言葉で言えば『目が覚めたように、突然、悔恨や憐みを感じるようになった』そうよ。それ以来、魔王軍では非戦闘民の理由なき殺戮は厳禁されているわ。逆に慰みにヒト族の住民を殺したオーク兵が処刑されてもいるのよ。」
実は俺は知っていた。
この事実はエルフやヒト、ドワーフの特に為政者にとっては都合の悪い事実らしく歴史でもあまり触れられていない。
ただ、第三次暗黒大戦は召喚者達の初の出現により魔王軍は敗退したが、終戦直前に魔王軍は息を吹き返したように強くなったんだ。
結局、相手を皆殺しにするような軍隊よりも、占領した土地の住民を保護し懐柔する軍隊の方が強いってわけだ。
「話が反れたわね。」
ソニアは軽くフレッドを睨むと続けた。
「お父様もオークやゴブリンを無意味に殺戮することを望んではいなかったわ。でも召喚者達は決して従おうとはしなかった。彼らはひたすらにオークやゴブリンを殺戮することを目的としていたわ。喜びまで感じていたのよ。そして人々は皆、召喚者達に心酔し、彼らに従ったわ。彼らが英雄だったからね。」
確かにショウやヒカルもあのままだとそんな奴らになりそうだな。
「お父様は召喚者達を送還しようとしたけれど、それは臣下達の猛反対を受けてできなかったわ。その筆頭がフィリップよ。フィリップは召喚者達を元の世界に送還する『送還の鍵』を盗み出し、隠してしまったわ。」
送還の鍵?
そんなものがこの世にはあるのか…
「そこでお父様は魔王様に密使を送ったの。それが先代ノルデル伯、アルヴァン伯父様よ。」
「何を申し入れたんだ?」
「魔王様を封印させてくれって。」
「封印だって?」
「そうよ。魔王様が死ねば召喚者達は強制的に送還されるわ。召喚者は魔王がいないとこちらの世界にはいられないのよ。」
知ってる。
魔王が現れれば召喚者を召喚できるし、魔王を倒せば召喚者は元の世界に帰る。
誰もが知っていることだ。
「でも、まさか相手に死んでくれとは言えないでしょ?だから魔王様を封印することをお父様は考えたのよ。」
「どうやって封印するんだ?」
「魔王様には強力な副官がいるわ。」
「半神レネか。」
「そうよ。彼は半神だけに凄まじい力を持っているし、封印の術も知っているわ。」
半神レネ。
この世界が神々によって創成された際に神々の助手として降臨した半神のひとりだ。
その頃から初代魔王メルコルの副官だったそうだ。
そして神々と半神達が人界と隔絶された神界に帰った際に、唯一こちらの世界に残った半神だ。
その際に神性の大半を失ったそうだが、それでも半神だ。
強大な力を持っているという…
「お父様はこう提案したのよ。魔王様を封印することで召喚者達を送還する。そしてヒトもエルフもドワーフもノームもオークもゴブリンもトロールも皆が等しく幸せに共に暮らしていける世界を築くと約束したの。封印は最大で千年はできるそうよ。千年経って封印が解けた時には魔王様も平和に暮らせる世界にすると約束したのよ。そして封印が解けた時に世界が魔王様のお気持ちにかなうものでなければ、後は魔王様の好きにしてよいとも言ったそうよ。」
確かにジャン王の戦後政策が続いていれば、そんな世界になっていたかもな。
少なくともカサベラではそうだった。
ジャン王が生きていれば、この王都あたりでもカサベラのようになっていたかもしれない。
十五年前にフィリップが王位を簒奪してからはオークやゴブリンとヒトの憎悪を煽るような政策を始めたから、今ではおかしくなり始めているが…
「そして封印の儀式が行われたわ。レネ様の指導の下、お父様が厳選したヒト族の魔法使い達、そしてダークエルフ族、ゴブリン族、オーク族の中から選ばれた魔法使い達によってね。それは…」
「待てよ。俺達は召喚者達に出会ったんだぞ。多分あれは本物の召喚者だ。どうして奴らがあらわれたんだ?」
エミィも珍しく興奮気味だ。
普段は人の話を遮るような奴じゃない。
「封印が解けてしまったの。」
「どうして?」
「わからないわ。でも何故か魔王様は復活してしまわれたの。ヴァラキアでは大騒動よ。と言っても知らされているのはごく一部の人達だけどね。」
「それで君が?」
「ええ。そうよ。魔王様の封印が解けてしまったことがバレればフィリップは必ず召喚者を呼び出して、再び戦争を起こそうとするわ!それだけは絶対に止めなければならないわ。お父様の願いが全てダメになってしまうわ。だから私はフィリップを暗殺するためにヴァラキアから来たのよ。他の誰でもない。私がお父様のかわりにこれはやらなくてはならないのよ!」
なるほど。
すべてわかったよ。
なんてことだ…
いつの間にか世界は再び大戦の危機に瀕していたのか。




