召喚者(下)
二人組だ。
一人は、さっきの声の主なんだが、妙な鎧を着た戦士風の男だ。
装飾過多で、実用性があるのか悩むような鎧だ。
背中に大きな剣をかけている。
もう一人もまた装飾過多なローブを着た一見魔法使い風の男だ。
二人の後から何人か入ってきた。
衛兵達だ。
五人、いや六人いる。
この二人が引き連れているようだ。
何人かはややうんざりした表情をしている。
「おーい!主!評判の店と聞いて勇者様御一行が来てやったぞ!」
戦士風の男が続けた。
店は混んでる。
この人数が座れる席は空いていない。
店の奥から店の主人が顔を出した。
「生憎、混みあっておりまして…」
なんだか怯えているようだ。
「いいさ!俺たち二人が座れればいいよ。彼らは立ったままでも我慢してくれる。な?」
戦士風の男は魔法使い風の男の肩に肘をかけ、顎で背後の衛兵達を指した。
衛兵達の代表と思しき先頭の男が頷いた。
えらく横柄な奴だ。
不愉快だ。
ぞわぞわする。
生理的に受け入れられないものを感じる。
それは…
俺は関わり合いになりたくなくて顔を伏せようとした。
が、奴は気付きやがった。
「あれぇ?そこにいる君さ…」
あぁ…
最悪だ…
「君、転生者だろ?」
俺は無視したが奴は続けた。
「俺も君と同じ世界から来たんだ!」
そうだろうな。
顔を見た瞬間にわかったよ。
奴らは召喚者だ。
召喚者というのは俺と同じく別の世界から転生してきた存在だ。
俺のように赤ん坊として生まれ変わってこの世界に来たのではなく、前の世界での姿のままこちらの世界に転生した奴らだ。
歴史上、召喚者というのは何度かこの世に現れている。
最初に現れたのは第三次暗黒大戦時だ。
第四次、第五次の暗黒大戦でも召喚者はテルデサード王国の国王により召喚されている。
召喚者は魔王がこの世に誕生した時、世界を魔王から救うために国王の召喚に応じ、この世にやってくるという。
そして召喚者は転生者達と同じ世界から来たもの達であるという。
だから日本人(いやもちろん日本以外の東アジアのどこかからかもしれなかったのだが)の顔を見た時、俺は召喚者だと思ったんだ。
この世界は本当に中世ヨーロッパ風の世界で住んでいる人も皆、ヨーロッパ人、つまり白人だ。
この世界にも多様な人種が存在する。
カサベラの町では稀に黒人を見かける。
カサベラのある地域は同じ白人と言っても、俺の生まれ育ったカレドニアの人々とは少し異なる外見をしている。
カサベラの南隣のティロス地方に住むティロス人は転生前の世界で言えばアラブ系に見える。
カサベラにはティロス人も多く住んでいるから、俺にはなじみだ。
これだけの人種がいるんだ。
この世界のどこかには、当然、転生前の世界で言うところの東洋人的な人種もいるはずだ。
しかし、少なくとも俺は見たことがない。
だから奴らを見た瞬間に召喚者だと思ったんだ。
「見た瞬間にわかったよ。俺達と同じ世界から来た人だってね。君はこっちの人達みたいに見えるね。転生者ってそうなんだろう?」
転生者って連呼するなよ。
俺は普段、転生者だってことを隠してるんだ。
みんな見てるじゃないか。
召喚者に関する言い伝いの中に、転生者を見分けることができるというのがあったが、本当のようだ。
「こっちに来て一緒に話そうよ。日本のどこから来たんだい?東京?俺は都内から、こいつは横浜からなんだ。そっちのお友達もご一緒に。」
あれ?
いつの間にかンダギとブロウがいない。
エミィの手引きか?
横にはフレッドがいるだけだ。
「遠慮するよ。」
「そう言うなよ。転生者ってずっとこっちにいるんだろ?懐かしい話をしてやるよ。」
大きなお世話だ。
俺にとって転生前の人生は思い出したくない悪夢なんだ。
魔法使い風の男がニヤニヤ顔で話しに入ってきた。
「ねえねえ。転生者って、前世が残念だった奴がなるって本当?」
嫌なこと言う奴だな。
まぁ、俺に関して言えば、前世のことを人に話したくないのは本当だ。
「前世で死ぬまで生きてから、転生するんでしょ?あんた、おじさん?おばさん?…いや、お爺さんか!」
死ぬまで生きるって、言葉おかしいだろ?
そうだよ。
お前らの事なんか若造にしか見えないよ。
今の俺はお前らより若い(と思われる。)けどよ。
てか、そう思うなら敬語使えよ。
「放っといてくれないか?」
「そんなこと言わずにさぁ、俺達と飲もうぜ。俺は鶴木翔。ショウって呼んでくれよ。まぁ聞いてよ。酷い話なんだよ。俺、日本では投資会社で働いていたんだ。こう見えてさ俺って結構向こうでうまく行ってたんだよね。」
あーそうかい?
俺は向こうではうんざりする人生だったんだ。
お前の自慢話なんか聞きたくないんだよ。
「俺の会社ってさ外資の大手でさ、すごい奴ばっか入ってくるから競争キツくてさ。」
あーそうかい?
「そんな中だろ?俺も頑張ってみたらさ、やっと課長になれたんだ。これでも社内で最年少記録なんだぜ!」
あーそうかい?
俺は一生ヒラだったよ。
「それで前から目を付けてた女もやっと口説いてさ、彼女にしてさ、人生これから!って時に、いきなりこっちに呼び出されてさ、なんだか王様に『魔王を倒してくれ』って言われるだろ?酷くない?」
あーそうかい?
その自慢話、よそでやってくれないか?
「こいつも…こいつは青柳輝。ヒカルな?ヒカルも似たような感じ。大学院で博士号とって、これから!って時に呼び出されたんだよ。」
そっちもすごいんだ。
へー。
わかったから、よそでやってくれ。
「あんたは向こうで最後までやりきってから、こっちに来れたんだろ?いいよなぁ。」
ショウとかいう奴の天真爛漫な笑顔もムカつくが、この魔法使い風の男のニヤニヤ笑いも嫌な感じがする。
こいつさっき妙なことを言ってたな?
前世が残念だった奴が転生者になるとかなんとか…
くそっ!そーだよ!俺は確かにそーだよ!
いいよなぁだと。
わかってて言ってるだろ?
「金は王様にもらっていっぱいあるんだ。同じ世界から来たよしみだ。勇者様と飲めるんだ?後から自慢になるよ!」
勇者様って…
そうか前の世界でよくあった召喚ものの主人公は勇者になるのが定番だったな。
そんな職業、こっちにはないんだよ。
召喚者は召喚者さ。
「まぁ王様から好きにしていいっていわれているからお金払わなくていいんだけどね!」
自称勇者様は無茶苦茶言ってやがる。
見れば店の主は困り顔をしているが、衛兵達ににらまれて俯いてしまった。
「あの…お席がご用意できました。こちらへどうぞ、召喚者様」
ショウとヒカルの背後でテーブルを用意していたジーナが声をかけた。
ショウが振り向いた。
さっきまで別の客がいたテーブルだが移動してもらったらしい。
散らばっていたマグや食べ物は片付けられ、きれいに拭かれていた。
「あれ?」
ショウが怪訝な顔をした。
ジーナはその表情を見て、飲み物のことだと思ったらしい。
「お飲み物でしたら、すぐにご用意いたします。」
働き者の彼女はすぐに走り出そうとした。
「なんでオークがいるの?」
ショウがつぶやいた。
そして…
一瞬の事だった。
ジーナの首が宙に舞い、そして床に落ち、転がった。
その後、体はゆっくりと崩れ落ちた。
いつの間にかショウの手には剣が握られていた。
かなりの大剣だ。
血が刃からしたたり落ちている。
「やったぜ!オーク一体討伐!」
ショウが明るい声で叫んだ。
天真爛漫な笑顔だ。
「お前…何を?」
信じられない。
ついさっきまで陽気に客やテーブルの間を走り回りながら笑顔で働いていたジーナが殺された。
「何を?ってオーク退治。」
「どうして?」
「どうしてって?オークって悪者でしょ?勇者ってオークを倒すもんでしょ?」
「馬鹿な。オークもゴブリンもこの世界では悪者でもなんでもないんだ!」
「は?何言ってるの?意味わかんない。ギャグ?全然ウケないんだけど?」
ショウは天真爛漫な笑顔のままだ。
演技なのか?素なのか?
「ちょっと補足してやるよ。」
ヒカルはニヤニヤ顔のまま、こいつも全く動じていない。
「王様は『オーク、ゴブリン追放令』ってのを出す予定なのさ。こいつらみんなここにいたらいけないのさ。見つけ次第捕まえて処刑しろってそんな布告をする予定なんだ。ショウはちょっとフライングしちまったが、間違っちゃいないのさ。」
俺には何が起きているのか理解が追い付いていなかった。
なんだそれは?
ヒカルは続けた。
「俺もちょっとフライングさせてもらうさ。」
ヒカルは手に箸くらいの小さな棒を持った。
店の奥の厨房から怒号が聞こえた。
ジーナの夫、ボルンが包丁を手に走ってきた。
鬼のような形相だ。
当たり前だ、妻を惨殺されたんだ。
でも…
無理だ。
よせ!
こいつは本当にヤバい!
ヒカルが何かを小声でつぶやいた。
手にした棒を軽く前に振った。
次の瞬間、ボルンの体は無数に切り分けられていた。
文字通りバラバラになってしまった。
「俺も一体討伐だ。ショウ同点だな!」
ヒカルはこぶしを突き上げ、満面の笑顔で叫んだ。
ヒッ!
誰かが短い悲鳴をあげた。
ここまでみんな沈黙していた。
あまりの出来事に声がでなかったんだ。
その小さな悲鳴が引き金となった。
店中から悲鳴と怒号が起きた。
「なんてことだ!」
「何があったんだ?」
「血まみれだ!」
「首が、首が!」
逃げ出す者も多数いた。
俺とフレッドもその中に混じっていた。
店から出ると宿の方へ通りを走った。
通りに面した路地から伸びてきた何者かに手に腕を掴まれると凄まじい力で引き込まれた。
路地に倒れこむ。
慌てて起き上がろうとした。
「しっ」
エミィだ。
俺を引っ張ったのはンダギらしい。
ブロウはまだフレッドの腕を掴んでいる。
店からは衛兵が出てきた。
逃げ出した客の何人かが捕まっては顔を改められ、蹴り飛ばされている。
衛兵達や逃げ出した客達の足音、怒号、悲鳴、叫び声が通りに響き渡る。
俺達は音を立てないように路地の奥に隠れた。
エミィの危機察知能力…というより危険を感じ取る勘は半端ない。
飲んでいる時もちょくちょく外の様子を見に行くんだが、今回はまさに天祐と言う奴だ。
召喚者と衛兵達を見て即座にンダギ、ブロウを連れて裏口から外に出ちまうとは…
衛兵達が追いかけてくることも想定内らしい。
彼には。
ブロウがソニアの食事を入れたバスケットを鷲掴みにしている。
ンダギもそうだがブロウも女、子供にやさしく、常に気を遣っている。
こんな時にもそれが出るんだな。
俺はすっかり忘れていたさ。
暫くすると衛兵達が引き上げ店に入って行った。
夜の通りはまた静かになった。
「いろいろ考えることができたな。」
俺達は路地から通りに戻ると宿の方へ歩き始めた。
「ソニアとも話す必要があるな。」




