召喚者(上)
眠る仔牛亭はかつて潰れた農家の牛舎に使われていた廃屋で付近の村人が集まって飲むようになったがルーツだそうだ。
この辺りはクロンドロイの中でも新しい街区だからな、この居酒屋ができたころは王都の外にある農村の飲み屋だったんだろう。
今では拡大した都の街並みに組み込まれてしまっている。
この辺りでは一番評判のいい店だと聞いてやってきた。
俺達はンダガに乾杯をした。
死んだ仲間を想いしんみりと飲み始めたが、すぐにいつものように馬鹿な与太話で大笑いするようになった。
ンダガはいつも一番馬鹿な話をしながら、あの愛嬌のある笑顔でジョッキを傾けていた。
ンダガを追悼するなら陽気にやらなきゃだ。
オークの女給が食事を詰めたバスケットを持ってきた。
中を覗くとパン、チーズ、燻製された何かの肉と川魚、ワインの皮袋が入っている。
ソニアの食事だ。
「こんなのでいいかしら?」
女給はジーナと言う名前だそうだ。
彼女は陽気で愛想がいい。
どこかダリーを思い出す。
ダリーも陽気で客あしらいがうまい。
彼女のような美人ではないが愛嬌のある顔で体系はどちらかというとンダギやブロウに近い。
もしかしたら同じか近しい部族の出なのだろう。
王都でヒトやドワーフ、ノーム以外の種族を見かけることは珍しい。
かなりの客がいたが、オークやゴブリンはわずかしかいない。
しかし、彼女によると王都でも女給や下男下女と言った仕事にはオークやゴブリンが就いていることもあるらしい。
彼女の夫もまたこの店の料理人を務めているそうだ。
さっき彼女の声に応じて調理場から顔だけ出して挨拶してくれた。
いかにも人のよさそうな顔をしたオークだ。
こちらもンダギやブロウと似た体格の男でボルンと言う名だそうだ。
いい夫婦だ。
何だか二人を見ているとカサベラに戻った気分がして落ち着く。
「ありがとう。十分だ。」
ブロウがゴトゴトと音を立ててテーブルの上に銅貨を積み上げた。
「これは貰いすぎよ。」
「いいさ。俺達のおかわりの分もある。」
ブロウはかなり上機嫌になっている。
ジーナと話すのも楽しいらしい。
それに、ここの酒はうまいからな。
結構飲んでるはずだ。
オーク達は酔っぱらうがなかなか泥酔まではいかない。
ブロウから金を受け取ると彼女は全員分のジョッキを持ってきた。
次は食べ物だ。
ここは食べ物もうまい。
最初に頼んだものは全てたいらげてしまっていた。
俺は燻製した川魚(多分鱒だろう)が気に入った。
チーズもうまい。
評判の店だけに繁盛している。
カサベラの輝く角笛亭にダリー目当ての客が集まるように、眠る仔牛亭ではジーナの人柄がその評判に大きく貢献しているようだ。
客たちが好んで彼女に注文をして、話しかけている。
皆、ジーナにチップを払いたいんだ。
つまり人気者、愛されているんだ。
王都じゃオークもカサベラのようにはいかないだろうに大したものだ。
一通り料理を平らげ、酒も飲み尽くしてくると、流石にテンションが下がってきた。
ンダギとブロウの視線が俺の横にあるバスケットに向いている。
手元で愛用のナイフをもてあそんでいるエミィもぼんやり天井を見ているフレッドもソニアのことを考えているのがわかる。
帰る前に少し話をしておくか。
「彼女の正体は多分だけどわかっているつもりなんだ。」
「そうなのか?」
ンダギとブロウがすぐに食いついてくる。
この二人は特にソニアと仲が良いからな、気になっているだろう。
「聞いても信じないかもしれないけどな。」
「お前の嫌なところだ。勿体ぶるな。早く話せ。」
別にフレッドは不機嫌なわけではない。
けど、確かに以前から度々指摘されている。
いい加減直さないと本当に怒らせるかもしれない。
転生する前からの癖だ。
思えば前の人生でも同じことを思われていて、直せなかったんだな。
俺は相変わらず人とうまくいかない…
「悪かった。ただな…」
みんなに手で招き寄せるような仕草をした。
こいつは人に聞かせられない話なんだ。
ンダギ、ブロウ、フレッドが身を寄せてくる。
あれ?エミィは?
「どうしたの?内緒話?裏の部屋を貸すわよ。」
ジーナの声はよく通る。
しかし、ここは気を遣って低く小さい声で話しかけてきた。
「あぁ、ありがとう…」
頼むよって続けるつもりだった。
が、その時、誰かが俺の肩に手をかけた。
気配を感じなかった。
つまりエミィだ。
「妙な奴らが来るぞ。」
そう言うとまた気配が消えた。
テーブルの下かどこか目立たないところに引っ込んだようだ。
乱暴に扉が開けられた。
何だろう?
デジャブだ。
今回もソニアがいない。
後から思えば幸運だった。
「いやぁ!混んでるね!流石評判の店だ!」
妙に明るい、それでいてどこか傍若無人な声が聞こえてきた。
「嘘だろ?」
入ってきた奴を見て俺は驚愕した。
声の主は日本人だった。




