ソニアの謎
「君は初めからおかしかったよ。」
ソニアは不審げにこちらを見た。
よし、話を聞く気になったな。
「一つはその鞄さ。」
「言ったでしょ。私は薬師よ。薬を持ち歩いているに決まっているでしょ!」
「初めて会った時、君は金目的で盗賊団に襲われ、攫われたと言った。だったら身ぐるみはがれていたはずだ。薬なんて高価なものすぐに取り上げられていただろう。だけど、君はその鞄をずっと抱えていたな。」
な?
俺聞いただろ?
なんでそんなの持ってるんだ?って。
「それにその首飾り。それもだ。」
ソニアは地味だが風変わりな首飾りをいつでも着けている。
「これ宝石もついていない価値のない品よ!」
「確かに貴族のお姫様が身に着けるにはずいぶん質素だ。だけど売り物にはなるだろう?盗賊団が見逃すわけがない。」
なかなかユニークなデザインで見た目も素晴らしい。
工芸品としては価値がありそうだ。
「その首飾り、確かに宝石は着いてないが、かなり古いものだ。まぁ、盗賊団がそんなことをわかったかどうかは知らんが価値のあるものだろう。」
俺は改めて彼女の胸元を飾る古風で不思議な金属でできた首飾りを見た。
ソニアが俺の視線に気づいて、胸元を慌てて隠す。
少し赤面している。
待て!誤解するな!見ているのはそこじゃない!
俺は咳払いをして続けた。
「多分、どんなに新しくても『傲慢の時代』の品だ。もっと古いかもしれない『芽吹きの時代』の品と言われても驚かないよ。」
『傲慢の時代』の首飾りだとしてもかなりの骨董品だ。
価値がある。
『芽吹きの時代』作だとするとそれこそ大貴族の家宝クラスの品だ。
ソニアがクスリと笑った。
「ダンカン、あなた男のくせにアクセサリーに詳しいのね。気持ち悪いわよ。」
「ちょっと待て!俺はただ工芸品の歴史をだな…」
「でも残念。ハズレよ。『上古の時代』に造られたと聞いているわ。」
今度はソニアが俺を無視して続けた。
俺は啞然として声が出ない。
『上古の時代』だと?
そんなものこの世に残っているのか?
だとしたら、それこそ価値は計り知れない…
「『上古の時代』のさる高貴なエルフの若君が造らせたものだそうよ。」
本題からは脱線しているが、ソニアが話す気になったんだ。
聞こうじゃないか。
「そのエルフの若君はある乙女を愛していたの。でも彼女は死んでしまった。どうしてかはわからない。伝わってないの。若君は悲しんで、誰とも会わなくなってしまった。彼の家は高貴な血筋だったのに、彼には兄弟がいなかったの。だから周囲が何とか別の女性と娶せようとしたの。彼は初め拒否していたけど、ついに折れたの。でも一つの条件を出したわ。それは彼に嫁ぐ娘はこの首飾りを着けて、決して外してはいけないというもの。」
「どうしてそんな条件なんだ?」
「彼女が愛した乙女は美しい銀髪で淡い灰色の瞳だったのよ。」
そう言ってソニアが首飾りを外した。
目の調子がおかしいのか?
一瞬、彼女の姿がぼやけたように見えた。
そして…
ソニアがどこか違って見えた。
何が違うんだ?
あ、銀髪。
それに瞳も。
ソニアの話に出てくるエルフの乙女と同じくソニアも銀髪だった。
瞳も薄い灰色。
でも今は黒髪に黒い瞳だ。
「髪が…」
「そうよ。この首飾りをつけたものはエルフの若君が愛した乙女のように淡い灰色の瞳で銀髪に見えるの。古代魔法の品ね。」
それって凄まじい価値の品じゃないか!
さらっと言うなよ。
でもこれで更に話は繋がったな。
「君を助けた後、カサベラの衛兵達が黒髪に黒い瞳の女を探していた。やはり君だったんだな?」
「…」
ここは黙秘権を行使するようだ。
「話を戻そう。」
もうソニアは横を向いていない。
「俺はもしかしたら君は盗賊団の一味、少なくとも何らかの関係者かもしれないと思っていたんだ。俺達に捕まりそうになって自分で枷を付けて捕虜のふりをしたってな。でも、俺達が助けた時の君の表情にしらじらしさはなかった。と言うことは君は本当に盗賊団に囚われていたんだ。」
「嘘はついてないって言ったでしょ!」
俺は手でソニアを制止して続けた。
「俺達は事前に奴らを徹底的にリサーチしてたんだ。あのダークエルフの魔法使いとヒト族の戦士、あんな奴ら盗賊団にいるはずじゃなかった。君は盗賊団と言うより、あの二人に捕らえられていたんじゃないか?でもそれは君の持ち物を奪い取るような営利誘拐ではないな?」
「営利誘拐には違いないわ。奴らはお金が目的だったんだもの。」
「そうか。君を捕らえることで金にはなるんだな?誰に君を売ろうとしたんだ?」
「…」
そこは黙秘なんだな。
まぁ、いいや。
「今度は君の正体について考えてみた。」
「あらそう?それで?」
「君は薬師と言ったな?実際に薬の扱いに長けている。フレディ坊やの治療は見事だった。でもあの時、君は言ったな?」
「私何か言ったかしら?」
「君は『薬と毒は紙一重』と、そう言ったんだ。」
「確かに言ったわね。事実だもの。」
「ソニア、俺達は君がフレディ坊やにしてくれたこと、ンダガにしてくれたことに本当に感謝している。これは嘘じゃない。でも君がンダガにしてくれたこと。あれが君の正体を知る手がかりだったんだ。」
俺は続けた。
「俺はバーン師から…話したことあったな?俺の師匠だ。教わったことがある。標的を苦しめることなく、寧ろ、安らかに眠るように死に至らしめる毒があると。その毒を盛られると半死の負傷者も病人も一時的に痛みや苦しみから解放され、そのすぐ後に死ぬと。自然死に見せるために暗殺者の使う毒だとね。君は薬と同時に毒の扱いに長けている。」
「待ってよ。私は決して…」
「俺達は君に感謝していると言ったはずだ。ンダガは毒を飲まなくても、死んだだろう。それも苦しんで。戦場じゃ助からない者の苦しみを終わらせるために、味方がとどめを刺すと言うじゃないか。ンダガは最後に安らかに逝った。俺達はそこはわかっている。」
ソニアの背後でンダギが頷いた。
奴はあの時、既に気付いていたんだ。
「あの盗賊と戦った時、君は腰に剣を吊るしていた。あの剣は軽くて扱いやすい。女性でも十分に使える剣だ。だけど、大半の女性は武器を見ただけで恐れる。渡されても怖がって、まともに取り扱えないのが普通だ。ましてや貴族のお姫様ならね。でも、君はあの剣を渡された時、軽々と扱った。慣れた手つきで鞘から抜き、刀身を改めてから戻して腰に吊った。君は武器の取り扱いに慣れているんだ。あの時も君は自分で戦う覚悟をしていた。君に戦闘の経験があるかどうかはわからないが、少なくとも戦闘の訓練は受けているんだろう?」
「それで?」
「毒の扱いに長け、戦闘の心得もある。」
一呼吸おいた。
「君は暗殺者だ。」
「…」
否定はしないんだな?
さて次はどこから来たかだ。
「フレディ坊やの治療は見事だった。俺は自分で使うことはほとんどできないがバーン師から治療の術については多少学んでいる。君の使った薬も治療もウェスタリアのものではない。『体の中の質の悪い病に打ち勝つ薬』と言ったな?抗生物質だ。そんなものウェスタリアの治療術では知られていない。君はどこか遠く、ウェスタリアとは違う文明・文化の地から来たんだろう?」
「抗生物質って何よ?あの薬は私が来た地方で使われているものよ。どんな風邪にでも効くわけではないわ。」
ウィルスには効かないもんな。
でもそれはどこの薬なんだ?
「一体君はどこから来たんだ?」
「…」
ここも黙秘か。
「答えてくれないなら話を進めよう。君は暗殺者…であるなら誰か標的を暗殺することが目的で旅をしてきたんじゃないか?」
「言ったでしょ?私は伯父様の家に行くのが目的で旅しているのよ!」
「君はそう言うがノルデル伯シンクレア卿はいない。君が訪ねようとしているのは暗殺を援助してくれる人物ではないのか?」
「…」
「誰を暗殺しようとしているんだ?実は俺もそこがわからないんだ。」
と言うより想像したくないんだ。
正直わかっている気がしている。
「でも、ヒントはある。まず、カサベラで衛兵達は君を探していた。王都に急いで行きたいという君が本来の行程ではなくカルテンブール経由の寄り道には賛成した。王都への道のりは君の手配書が回っていて捕まえられるリスクが高いと思っていたからだ。つまり君は王国のお尋ね者だ。」
「…」
「あのダークエルフの魔法使いとヒト族の戦士、金目的で君を捕らえたと言ったな?それを聞いて思ったんだが、君は裏切られたんじゃないのか?本来、彼らは君の護衛だった。しかし君の狙う標的の暗殺は困難なんだろう。だから、裏切った。君のことを王国の誰かにリークした。その上で君を捕らえた。毒と正体を隠す古代の魔法のアクセサリーを身に着けた見るも怪しい君をね。どう見たって暗殺者だ。あとは王国の誰かに君を引き渡せば報奨金か何かを手に入れられるというわけだ。」
これ、ほとんど妄想に近い推測なんだがな。
でもそうじゃないかと思うんだ。
「ダークエルフがいるのはかつての魔王軍の本拠地ヴァラキア地方だけだ。ヴァラキアならばウェスタリアとは違う治療術も薬もあるだろう。ヴァラキアの人間がウェスタリアに暗殺に来た、それをリークすると王国の衛兵達が君を捜索をする…つまり君は王国の誰か重要人物を狙うヴァラキアの暗殺者。そういうことじゃないかのか?」
ソニアは黙っていた。
ソニアはしっかりと俺の顔を見ていた。
凄い目力だ。
こっちが負けて思わず視線を逸らせてしまうよ。
そうだ出会った時もこの目力が印象に残ったんだ。
誰を暗殺しようとしているのかわからないが、相当な覚悟を決めていることだけはわかる。
俺はソニアの正体に思い当たることがある。
多分間違っちゃいないだろう。
だから、標的も…




