王都
さて王都の話をしよう。
王都、クロンドロイ。
ウェスタリア地方のほぼ中心部、タージュ川の中流の都市だ。
カルテンブールから北に向かって流れてきたタージュ川が西に向けて大きく湾曲する。
そこで川幅が広がり一度流れが緩やかになる、そのわずか下流の小高い丘を持つ小さな島に誕生したのがクロンドロイだ。
タージュ川の流れに守られた小島の丘の頂上にリング状の城壁を築いた一族が付近の土地を切り取って勢力を拡大し、テルデサード王国の基となった。
それから王国は栄え、大きくなっていき、比例してクロンドロイも大都市になった。
クロンドロイは発展するにつれてカペ島と呼ばれるその小島だけでは土地が足りず、タージュ川の両岸に広がっていった。
丘の上の城は既に廃墟となり、現在の王城はタージュ川北岸にある。
それに伴い貴族達の館も北岸の地域に集中している。
都の発祥の地である小島を挟んで南岸の地域は下町のようだ。
俺達が宿をとったのは王都の南東部だ。
この辺りは王都の拡大に伴い造られた比較的新しい街区だ。
住民も昔からの王都の民ではなく、よそ者が多い。
主には商人だ。
商いで一旗揚げようと地方から来た商人も古くから王都に地盤を持つ既存の商人たちの領域に簡単には入れない。
だから、この新興地区に居住するわけだ。
カルテンブールからの街道の入り口にあたるからよそから来た商人や旅人の需要も多く、宿も多い。
王都の中では比較的ヒト族以外の人間が多く、ンダギ、ブロウ、エミィには少しでも居心地が良いだろうと思われた。
そしてそこはカルテンブール方面からタージュ川沿いに北上してきた俺達にとって王都に着いて初めて入る地区なのだ。
タージュ川沿いの街路を進んでいると対岸の先に小高い丘と王城が見えた。
俺達は田舎からのおのぼりさんだから、皆、王城に見とれていたが、その中でソニアの様子がひときわ異様だった。
王城を見つめるソニアの顔色は青ざめていて、どこか切なく、思いつめたような表情だった。
俺はソニアに声をかけようとしたが止めた。
何を言ったらよいかわからなかった。
それに理由はわからないがソニアは俺にはどこかよそよそしい。
あまり関わらないようにしているようだ。
最初は嫌われているのかと思ったが、そうでもないようだ。
転生前の俺なら嫌われていると思い込んで、おかしなことになっていたかもしれない。
前の人生では人間関係がうまくいかず、誰からも嫌われているように感じて、俺も誰に対しても心を許すことがなかった。
俺は自信がなかったのだと思う。
今の俺はひとが俺を愛してくれることを知っている。
ロバートとアリシア、パーシーがそれを教えてくれた。
フレッド、ンダギ、ンダガ、ブロウ、エミィが教えてくれた。
ガレスやダリーが教えてくれた。
だから、俺はソニアがそんな態度をとるには彼女なりの何か事情があるのだろうと察していた。
それが何かはわからないが…
俺は憂鬱だった。
今夜のことが憂鬱だった。
王都に着くと俺達は事前に紹介されていた商人の館に馬車を預けに行った。
その商人はカルテンブール出身で今もカルテンブールと王都を往来して商売をしている。
商人に渡せば馬車をカルテンブールまで送ってくれるよう話になっていた。
ニコラは馬車を手配してくれたが、それは買ってくれたのではなく、貸してくれたのだ。
二頭立ての馬車となるとなかなかの出費だからな。
ただ、盗賊達の襲撃を受けたおかげで馬車は見るも無残な姿だ。
俺達は馬車の修理代も併せて商人に預けた。
莫大な賞金をもらっているから、どうってことのない出費だ。
次いで俺の馬をその商人に紹介された厩舎に預けた。
そうこうしているうちに宿に着いたのは夕方だった。
疲れていたから、一度それぞれ部屋で休憩をしてから夕食に出る話になった。
もうそろそろ日が沈むのが早くなる時期だ。
宿に着いてすぐに暗くなった。
フレッドと相部屋になった俺は荷物を解いて身軽になると扉に身を寄せた。
フレッドはベッドに腰を掛けて、こちらの様子をうかがっている。
右隣の部屋の扉が開き、閉まる音がした。
随分静かだ。
わざと音を立てないようにしていることがわかる。
廊下を歩く足音がしない。
しかし、廊下を人が通ると確信していれば、気配でわかる。
俺達の部屋を通り過ぎれば廊下は突き当り、外に出る裏口になっている。
反対側は宿の受付を兼ねた主の部屋に突き当り、そこからも外に出られるがそちらが表玄関だ。
微かな人の気配が俺達の部屋の前を裏口の方へ通り過ぎた時、俺は扉を開いて、廊下に出た。
灯りのない暗い廊下に微かに人影が見える。
フレッドがランタンを手に後ろから出てきた。
ランタンの明かりに照らされたのはソニアの後ろ姿だ。
「どこに行くつもりだい?ソニア。」
ソニアは振り返らなかった。
微かに身震いした。
「いえね。ちょっとね。」
いつもより声が高い。
小声だ。
「もう一度、聞くよソニア。どこに行くつもりだい?」
俺の手には杖があった。
ソニアが裏口に向かって一歩進めた。
俺は杖で床をコンコンと叩いた。
裏口の扉が開いて、ンダギとブロウが入ってきた。
彼らは後ろ手で扉を閉じた。
ソニアは前後を塞がれた。
「ええっと…あのね…どうしたの?」
「ソニア、俺が先に質問したんだ。どこに行くつもりだい?」
俺はできるだけ落ち着いた声で話しかけるように心がけていた。
しかしランタンで照らされただけの暗い廊下では、ちょっと圧があるように感じたかもしれない。
「あのね。その…そのね。」
ソニアが口ごもった。
「そう!伯父様の館へ行こうかなって…」
「だって、急に押しかけたら驚くかもしれないじゃない?だから、私が先に行ってみんな連れて行くわよって…そう言っておいたら、明日、きっと歓迎してくれるわ!」
「だから…」
「だから…ノルデル伯シンクレア卿の屋敷の廃墟まで行こうと?」
これはブラフだ。
俺はシンクレア卿の屋敷が廃墟になっているのか、空き地になっているのか、はたまた別の建物が建てられているのかは知らないんだ。
「廃墟って何言ってるの?伯父様は伯爵よ!立派なお屋敷に住んでいるわ。御礼だってはずんでくれるって言ったじゃない!」
どうやらソニアもシンクレア卿の屋敷が現在どうなっているかは知らないようだ。
「先王ジャン王陛下が崩御された翌年、ノルデル伯シンクレア卿の屋敷は火事にあい一家は焼死した。以来、ノルデル伯シンクレア家は断絶している。」
皆、驚かない。
昨夜、俺がこっそり伝えていたからな。
「それ人違いよ。きっと。別のシンクレアさんよ。」
さすがに苦しいだろ?それ。
「ソニア、何でシンクレア家の名前を使ったんだ?俺達庶民は有名な大貴族くらいしか知らない。もっと別の名の知れていない無名の貴族の家名を言えばわからなかったのに。なんなら適当な名前をでっちあげても俺達は気付かなかったと思うが。」
ソニアが俯いた。
「それにソニア。どうしてシンクレアなんだ?俺の名前を聞けばカレドニア人だとわかっただろう?シンクレア家はカレドニア人から唯一出たテルデサード王国の貴族だ。俺が知らないわけないだろう?」
ソニアが呻くように言った。
「後だったのよ…」
「なんだって?」
ずっと俺に背を向けていたソニアが振り返った。
「だから!後だったのよ!あなたが名乗ったのは私が話した後だったのよ!私だってまずいと思ったわ。マカリスターっていかにもカレドニア人の家名じゃない。後悔したわ。でもあなたは何も言わなかった。だから、あなたが怖かった。できるだけあなたとは話さないようにしていたのよ!」
そうだったのか…
なるほど、心配していたんだな。
ソニアが俺によそよそしかった理由が分かった。
「で、教えてくれないか?」
「何を教えるのよ?」
「何をって全部さ。君の正体、目的…俺達がわかるようにしてくれ。」
「別に嘘なんて言ってないわ。私はソニア。ソニア=サンクレール。伯父のノルデル伯シンクレア卿に会いたいの。」
「でも、それは!」
俺は言い淀み、口を閉じた。
作戦変更だ。
「わかった。じゃあ、俺が言ってやる。何か間違ったことを言っていたら訂正してくれ。」
ソニアは頷かなかった。
ぷいと横を向いてしまった。
少なくとも拒否のしぐさはしていない。
それにしても長くなりそうだ…
前回は悲しい別れがありましたが、とにかく登場人物達が王都にたどり着けて私もホッとしております。 王都では新展開です。
引き続きよろしくお願いいたします。
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私も気持ちが上がり、今後の執筆の励みになります。




