ンダガの死
俺は少しラッキーだったのかもしれない。
一番悲しい時に意識がしっかりしていなかったからだ。
ソニアの泣き声が聞こえる。
ブロウがなだめている。
目を開けた。
馬車の中だ。
馬車の中で寝かされている。
ガタガタ揺れていない。
止まっている。
休憩中だっけ?
目に入る幌は穴だらけだ。
酷いな。
誰がこんないたずらしたんだ?
また話し声が聞こえる。
ソニアの声だ。
よく通る声をしているんだが、抑えているようだ。
よく聞こえない。
馬車の後ろだ。
そちらを見ようと体をわずかに動かすと…
激痛。
酷い頭痛だ。
フレッドの背中が見えた。
ソニアがその横にいて、ブロウもいる。
一体どうしたんだろう?
ああ、そうだ。
俺達は盗賊達と戦っていたんだ。
どうなったんだっけ?
何が起こっているんだ?
俺は這いずるようになんとか馬車の後ろへ移動しようとした。
体が言うことをきかない。
意識が飛びそうだ。
気が付くとエミィが傍らにいた。
「無理をするな。」
「何があった?」
そう言いたかったが思うように話せない。
エミィは黙って半ば俺を抱え、半ば引きずるように馬車の後ろまで運んでくれた。
フレッド達の向こうにンダギが見えた。
膝をついて俯いている。
ンダギが抱えているのは…
ンダガだ。
ンダガが倒れている。
すさまじい出血だ。
思えば、皆怪我をしている。
ンダギの怪我も酷い。
ブロウも酷い。
フレッドですら腕に包帯を巻いている。
後衛のフレッドが傷つくということはかなり厳しい状況だったということだ。
包帯を巻かれているということはソニアがある程度、治療をしたのだろう。
しかしンダガは…
ンダガが咳き込んだ。
血が飛ぶ。
ンダギにもかかったが、奴は静かにンダガの背中をさすってやった。
ンダガは苦しそうに何かを話している。
ンダギは静かに耳を傾けている。
ンダガの息は荒く、何度も咳き込んだ。
あまりに苦しそうで見ていられない。
俺にもンダガがもう助からないことはわかった。
ソニアがンダギに何か耳打ちをした。
ンダギは苦しそうな表情で頷いた。
例の鞄から小さな瓶を取り出した。
瓶の中の液体を慎重に匙に移すとンダガの口元へ持っていった。
ソニアの手が震えていたのをよく覚えている。
ンダガの口元に匙を差し出すとソニアはンダギと目を合わせた。
ンダギが頷いた。
ソニアも頷いた。
ソニアは匙の中身をンダガの口に流し込んだ。
ンダガはいつも豪快に笑う。
輝く角笛亭でエールを飲み干し、マグをドンとテーブルに置き、大声であたりを見渡しながら、大笑いをする。
でも、例えば小さな子供に笑いかける時は優しく微笑む。
今までンダガのいろいろな笑顔を見てきた。
今、ンダガは穏やかで幸せそうな笑顔を浮かべている。
さっきまでの苦悶の表情が嘘のようだ。
落ち着いて、リラックスして。
ンダガはンダギに何か話しかけた。
後でンダギに聞いた。
ンダガは最後にオークの言葉でこう言ったそうだ。
「ありがとう。兄貴。」
ンダガは本当に眠るように逝った。
よく聞く陳腐な表現だが、本当にそうだった。
ンダガは遊び疲れた子供が眠るようなそんな最後だった。
その後数日の記憶は曖昧だ。
俺はほぼ寝たきりで、目覚めている時も意識がはっきりしていなかった。
魔力を使い切った際の症状だ。
後遺症が残ることもあるから、バーン師からも魔力を使い切るまで魔法を使わないよう言いつけられていたのだが…
今回のことを話したら、きっと怒られるだろう。
俺が完全に復活したのは王都に着く前日だ。
それまでの間、ンダガを近くの村の外れに葬り、領主の城で盗賊討伐の報奨金を受け取り、旅を続けた。
街道沿いの村々を震え上がらせていた盗賊団を倒したのだから、ンダガは英雄だ。
決してオークに好意的な地域ではなかったが、村人達は喜んでンダガの埋葬を許可し、手伝い、その後の墓地の管理を誓ったそうだ。
ンダガは本当にいい奴でいっぱいの人間に愛されていたが、死んでも付近の住人に敬愛されるわけだ。
ンダガらしいよ。
領主の城に出頭し、盗賊討伐を報告し、報奨金を受け取ったのは主にフレッドの仕事だったらしい。
まぁ、俺はほとんど寝たきり、ソニアはどうやら訳あり、ンダギ、ブロウ、エミィは保守的でオークやゴブリンになじみがないこの地域の領主に会わないほうがいいだろうし、妥当なところだ。




