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転生者なんて負け組だ  作者: 荒野旅人
第一章 王都への旅編

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薬師ソニア

「帰ったよ。」

フレッドが扉を開けた。

アンナが立ち上がって出迎えてくれたが、表情がすぐれない。

「フレディの熱が下がらないの。」

家に入ると炉の近くに置かれたベッドでフレディ坊やが寝ていた。

苦しそうだ。

「もう熱が出て三日目よ。食欲もなくて、ほとんど食べられないの。」

それは深刻だ。

この世界、医術はまだまだ未発達だ。

さすがにカルテンブールでそのようなことはないだろうが、田舎に行くと悪魔払いの儀式で風邪を治そうとする治癒師もいる。

当然、風邪薬も抗生物質もない。

風邪をこじらせただけで死にかねない世界なんだ。

ここは。

フレッドの顔が強張っている。


「ねぇ、私に見させて。」

アンナはソニアとは初対面だ。

俺が紹介した。


ソニアはフレディ坊やをのぞき込み、額に触れた。

「かなり高熱ね。こんな小さな子の体力じゃ持たないわ。お水は飲ませてる?」

「できるだけ。でも、なかなか意識が戻らなくて。」

「偉いわ。部屋も暖かくしてるし。」

こちらの世界でも発熱時には水分を取って、暖かくするのは基本だが、知らない人も多い。


ソニアは暫く様子を見ていたが、いつも持っている小さな鞄を開けた。

そういえば、あの丘の上で初めて会った時から後生大事にこの鞄を抱えているな。

鞄の中には小さな硝子の小瓶がぎっしり入っていた。

それぞれ布地の仕切りで区切られている。

ガチャガチャ音がしないわけだ。

「何だ?それは?」

「お薬よ。」

この世界、怪しい薬ばかりだが、とても高価だ。

「何でそんなもの持ってるんだ?」

「言ったでしょ?私は薬師よ。」

いや、そうじゃない。

俺が聞きたいのは…


「小さなお皿とお匙を貸して。あとお水。できればお湯の方がいいわ。お薬を飲ませるの。」

アンナが慌ただしく動き出した。


取り出した小瓶の中身を小皿に注ぐとぬるま湯と混ぜた。

(炉に鍋がかかっていて湯が沸騰していたのだ。)

ソニアはやさしくフレディ坊を揺り起こした。

フレディ坊やの目がわずかに開いた。

何かゴニョゴニョとつぶやく。

意識は少し戻ったがまだ半分寝ている。

その口に小匙を持っていくと薬湯を流し込んだ。

初め少し咳き込んでしまったが、あとは上手に飲めた。


「薬が効き始めれば、熱が下がるはずよ。でもすぐには治らないわ。熱が下がり始めたら、お水を飲ませて、できれば少しでも何か食べさせてあげたいわ。体力が落ちてる。」

ソニアがてきぱきと指示を出し始めた。

フレッドは炉に薪を追加した。

部屋をもっと暖かくするのだ。

アンナは麦をすりつぶし始めた。

粥を作るのだ。

すりつぶした麦の粥は消化に良い。

結局、基本は転生前の世界と変わらない。


「一度、熱が下がっても、発熱が続くようなら別のお薬ね。暫く見ておかないといけないわ。」

逗留は少し長引きそうだ。


ソニアの薬で熱はすぐに下がった。

すごい、この世界にこんなに効果のある解熱剤があるとは思わなかった。

しかし、放っておくと再び熱が上がるのだった。

ソニアは解熱剤に加えて別の薬を投与した。

「これは体の中の質の悪い病に打ち勝つ薬なの。熱を下げても、栄養を摂っても治らない時は、この薬を飲ませるのよ。」

それってもしかして抗生物質?

確かに転生前の世界でも天然の抗生物質と言われる食品はあった気はするが、抗生物質の概念が中世にあったのかな?

少なくともこの世界に転生して、そんな薬があったのは知らなかった。

解熱剤と言い、すごい気がする。

ソニアの薬術はかなり特殊なのではないだろうか?


「でも、薬の使い過ぎは危険ね。薬と毒は紙一重なのよ。」

ソニアはそんなことを言っていたが、六日後、フレディ坊やは無事、回復した。

アンナとフレッドの喜びは大変なものだった。


草原でフレディ坊やの元気な声が響いた。

笑い転げながらンダギ、ンダガを追いかけている。

つまずいてしまったが、ブロウの腕につかまって立ち上がるとまた走り出した。

治ってからも三日間はベッドの中で寝ているようにソニアに指示されていたから、外で体を動かしたくてうずうずしていたようだ。


「可愛いわね。あの子。ハンサムな父親と美人の母親のどちらにも似たのね。」

「それに元気だ。ソニア、君のおかげだよ。本当にありがとう。」

「ううん。えっと…治癒師だもの。当り前よ。」

相変わらず、治癒師の話になるとなんだか歯切れ悪いな。

「結構、遅れてしまったな。申し訳ない。」

「仕方ないわ。気にしないで。」

「明後日には出発しよう。フレッドとアンナには俺が伝える。」

「うん。」

フレディ坊やが草原を走っている。

今度はンダギ、ンダガ、ブロウが追いかけている。

フレッドとアンナが待っていた。

フレディ坊やが来るとフレッドは抱き上げた。

フレディ坊やはフレッドの腕の中から手を伸ばしてアンナの顔に触れる。

フレディ坊やの笑いが弾ける。

素敵な父子だ。

「私も小さい頃お父様に抱っこされるの好きだったわ。あなたは?」

その質問、実は俺には難しい問題だ。

前世での幼い頃なんて昔すぎてあまり覚えていない。

そう言われれば前世でも父親に抱っこされるのが好きだったかもしれない。

車での遠出からの帰りに車内で寝てしまった時、抱っこされてそのままベッドに連れて行かれた時、すごく幸せだったことはおぼろげに覚えている。

こちらでの記憶は鮮明だ。

転生者ってのは赤ん坊の頃から頭の中身が大人だから記憶が残るんだな。

ロバートに抱っこされた事もアリシアに抱っこされた事も鮮明に覚えている。

中身が大人だから恥ずかしかったのを覚えている。

しかし転生者ってのは不思議なもので、体そのものに応じた感情も同時に湧きあがるんだ。

つまり、俺も赤ん坊なみに幸せだったってことさ。

「ソニアには言ってなかったな。俺は転生者なんだ。だから…」

「そうなの?だったら両親に可愛がられた記憶が2回もあるの?」

話の流れとは言え転生者と聞いてそんな反応は初めてだ。

「ま、まあな。」

「いいわね!それでどうだった?」

「そりゃどちらも小さかった頃は幸せだったよ。」

「私もお父様やお母様に可愛がられて小さかった頃は幸せだったわ。」

何かあったんだろうか?

俺はここで突っ込んだ話をした方が良いのか?

わからない。

俺は本当にこう言うのがわからないんだ。

フレディ坊やの歓声がまた聞こえてきた。

ンダギ、ンダガ、ブロウが追いついてきた。

フレッドにおろしてもらうとフレディ坊やはンダギ、ンダガ、ブロウの周りを走り回った。

またこけてしまった。

はしゃぎ過ぎだな。

今度は自分で立ち上がって、叫んだ。

ンダギ、ンダガ、ブロウはそれに応えて走り出した。

あいつらもはしゃぎ過ぎだな。

フレッドもアンナも幸せそうに眺めている。

「素敵ね。」

俺もソニアもそれぞれに想いにふけながら眺めていた。

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