『蛍の光』の歌からふたたび始まる
井戸の水を汲んでいる時――。
「あぁ、水道があったらなぁ~」
私はそう口に出して言ってみた。
「ミルト、魔法で管理されている城下街じゃないんだから」
そう、幼馴染のクエリアは言う。
しかし私には聞こえておらず、蛇口を開けば、水も、お湯も出る、キッチンの映像が私の脳裏を駆け巡る。
◇
「ミルト! しっかりして、ミルト!」
私は大きく揺さぶられた。
私の服を掴む小さな手、異世界転生してから、ずっと友だちの……。
クエリア……。
けれど、私にはもっと友達が居たはず、学校に行って、部活も頑張っていて……。
でも、その光景はどこへ行ったの?
『異世界転生』
ふと、よぎった言葉を理解すれば……。
「遅すぎた」
そう口から零れ、私のこぼした井戸の水の中に沈んでいった。
◇◇◇◇
遅すぎた分岐点の発見から幾日かすぎ、私は割と冷静に日々を過ごしていた。
すべての記憶が、霧の中、それは時として胸が裂けるような思いだったけど……。
町まで遠い、先祖の土地を守る暮らしをしている私たち。
小さな長屋で、服はいつもお古、ヤギと野菜を育て生計をたてている。
「ミルト、明日は街へ行きましょうか?」
「いいけど、明日のヤギの世話はどうするの?」
「お父さんがやってくれるって、もうすぐお祭りだから、教会のバザー見てこいだって」
「べつにいいのに……」
そう言うと母は小さく笑い、父は知らない振りをしていた。
食事のメニューは野菜のスープ、おすそ分けの肉に、パンにヤギのチーズを付けて食べた。
たぶんあの頃より、とても貧しい暮らし。
そして思う。あのすべてに恵まれた暮らしの中で、当時の父母の思い出を覚えていれば、きっとこの世界では夕闇の中を暮らす生活だっただろう……と。
でも、覚えてないことが幸せなら、きっと今、夕闇の中を生きている。
けれど、世界は美しく、自然は逞しい。
私もそうなりたいと思い、この世界を中心に暮らすしかない。
◇◇◇◇
そしてみず……
水が、ふたたび私に記憶を運ぶ。
城下街の噴水前。
母は久しぶりの小さな里帰りで、母の幼馴染の家へ出向いてしまった。
そして噴水のふちへ腰をかけてば、跳ねる水の冷たさが頬をかすめ、水音が心を弾ませる。
その水音の中に知っている曲、ポーンと私の中で顔を出す!?
いや、誰か懐かしい、以前の世界の歌をうたっている。
「蛍の光……?」
「あっ、やっばぁ!?」
そう言ったのは、とても黒髪の美しい少女だった。
――うん!? どこかで……?
だが、それより歌のせいで、前世の記憶がチラリ、チラリと脳裏に見え隠れする。
目の前の彼女の衣装は、どう見てもアイドルのステージ衣装。
私は眉間に皺がよる様に、彼女を見つめた。
彼女は居心地悪そうに、紙で顔を隠す。
それにも見覚えがある。
それもつい最近。
「メア、近衛兵団長とこへ、打ち合わせに行くぞ!」
「やったー透! さぁー行きましょう!」
彼女はやって来て、男の子と行ってしまうかもしれない。
けれど、うーんと思い出の中を、私はまだ探している。
「メア……、来てくれるように、ごり押ししたのか!?」
「やってない、やってない。さぁー、さぁー行きましょう」
彼女の背後から現れた、男は彼女に連れられながら、私のことを見ていた。
そしてそれは私も――。
けれども、用事のある美少女のメアと、謎の少年は、私の前から立ち去った。
残った私は、噴水の前をゆく人々をの足元を、ただ見つめる。
――うーん……、見覚えのある美少女と、あの姿は……私のもと居た国の人間。
彼は日本人だった。
そして私の視線は国から出ている。お知らせの掲示板へと進む。
それは彼女の持っていた紙と、文面が同じだった。
『女神系アイドル☆皆藤メア降臨!
第1回異世界ライブ本日開催!!!』
『教会にて、本日17時から 女神たちのライブを刮目せよ!』
※質問等ございましたら、王宮管轄の牧場内、ライブハウスまでお越しください!(殺菌を済ませご入場ください)』
――彼女の言葉の意味も、掲示板の内容も、転生した事実を思い出す前より、確実に理解出来ると思う。
ライブハウスへ……って、近衛兵団詰所へ行ってしまっているか……。
☆彡
17時より結構前に、向かった先の教会はいつもと変わらず静かだった。
ただ……、奥に鎮座されている女神様が、音楽の神である事を思い出し、何故か背筋が寒くなる。
母へライブのために教会へ行く事を告げてやって来たが、今更少し、後悔がよぎった。
「教会へ讃美歌を聞きに行くの? 素敵ね」
母はそう言ったが、母の幼馴染は言い難そうにこちらを見た。
それに答えるように、静かに、にっこり、私は彼女に笑顔を向けた。
だが、母の幼馴染の彼女に、話を無理やりでも聞きだしていれば……世界は神秘のままに、素晴らしく思え続けたかもしれない。
だが――。
アイドルコンサートが始まってしまった。
驚きの連続、知っている曲の目白押しが続く。
――これは著作権的に、ちょっと怒られろ!? そう確かに思った。
しかし、
女神系アイドル、歌は素晴らしく、故郷を思い出し涙を流す。
新たに脳裏に浮かぶ、懐かしい思い出に、楽園はそこに無かったことも思い出してしまった。
しかし私のそんな気持ちを励ますような人物が、会場に居た。
彼女はたぶんこの世界の人間だろう。
もう一人のアイドル、オードリー。
二人ともふたりとも歌唱力もあって元気だけど、
メアを見ると、何か胸に引っかかるものがある。
何故だろう? 彼女も転生者だからだろうか?
うーん、と首をひねった。
そして最後の曲前に、リーダーであるメアは、みんなに語り掛けた。
「みんな! 今日は、ありがとうございます。実はこれらの曲は、私が作曲したのではなく、神が届けてくださった神々の調べなのです!」
――あ……、そこはちゃんとしてるんだ。使用料払ってないけど……。
「それでは本日のラストに! 新発表の『蛍の光』うーん、凄くラストソングです!」
わぁ――――!!!!
そして始まった『蛍の光』。
正直、異世界のみんなは『えっ?』だったけど……。
それはしゃーない! 草の根運動するしかないかもしれない。
……でも、異世界でも『蛍の光』の中、帰って行くのは嫌かもしれない。
そして噴水であった男の子と会い、帰宅へ、そしてその前のショップへ誘導され、私たちは家路へ帰るのでした。
☆彡
「ミルト、手紙来てたわよ」
井戸の水を汲みに行っていた私に母は手紙を差し出した。
住所は、王宮内の牧場内ライブハウス!!
慌てて封を切ると、
そこにはファンクラブ会員番号001の数字が、書かれていた会員証が入っていた!
「やったーー!!」
☆彡
ここは王宮内の牧場内のライブハウス。
俺の前に現れた女神は、アイドルグループ(2人)を結成し、ライブまで行ってしまった。
その先、カセットテープが新たに狙われたが、そこは死守した。
そして今では、会員30人のファンクラブまで作ってしまった。
目の前の女神は、俺を異世界に転移させてから、何をやるかわかったものではない。
次の可愛い姫と何をして遊ぶか考えながら、そんな女神に目を光らせる日々。
しかし当の女神系アイドルは……。
「転生後、バックアップをすっかり忘れてた転生者ミルトは、会員番号001にしたから許してくれるかしら? 私たちの生油絵でもつけるべき?」
「いや、メア、それじゃー重い思い出があるだけの人生に、釣り合わないだろう?」
「じゃーアイドルグループの3人目ね!!」
「いや、やめてあげてください」
『蛍の光』は流れたが、僕の悩みは尽きないようだ。
終わり
おしまいです。
見ていただきありがとうございました。
またどこで~。




