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カセットテープの中の輝き

 異世界転移、ある日、僕の前に女神が突然やって来て……。


「魔王を倒してください」とは言わなかったが、「こんにちは! 女神系アイドル☆皆藤メアです!」とは、言った。


 そして僕はライブハウスとともに、異世界へ転移した事に気づいた。


 ☆彡


「店長ー、これ見て」


 僕らが異世界になれて来たころの秋、メアはピンク色のフリフリのアイドルの衣装で僕の前に立った。

 そして手には、何か黒い物を持っているようだ。


 まるで、この中世ヨーロッパぽい世界に、似合わないデザインの彼女の衣装。

 それは僕らが世話になっている、可愛いお姫様付のデザイナーに無理やりと、泣き落としの合わせ技で制作させている。


「可愛らしいですよ。僕らの時代を、忠実に再現しているからいーんじゃないですか?」


「いーじゃないですか? じゃなくていいんです! それにそんな風に言ったら、メアが丸パクリしたみたいじゃないですか?」


 彼女は怒ったと思ったら、後ろを向いて、いじいじと人差し指どうしを突き合わせている。

 これは慰めて欲しい時、よくやっている。


「そうですね、奇抜なアイドルではなく、スタンダードアイドルをまず、広めるべきですよね。さすがメア」


 全力で相手をすると、突っ込み疲れをすると気付いた僕と、そんな僕の口から出たかるーい慰めの言葉を聞いた女神。

 彼女は突然振り返り、レースの手袋をしてる右手で、僕を指さし、こう言った。


「マネージャーわかっているわね」


 ――ちょろいな、この女神に守られる世界は大丈夫か? そう思わなくもない。


「僕はいつから、ライブハウス店長からマネージャーに転職したんですか?」


 僕は彼女の指先を、ファイルで払う。

 この女神に全力で、突っ込みを入れる手間を惜しんでいるが、やはり……、時に突っ込みを押さえられない時がある。


 今が、その時のようだ。

 たぶん明日も、そんな時は来るだろう。


「で、……左手に持っているのは、うちの備品のカセットテープじゃないですか?」


「いいじゃない。これにバックミュージックを録音して流せば、いつでも、アカペラで歌わなくていいのよー! 聞かせてあげるね」


 そう言ってやはり、うちのカセットに勝手に入れる彼女の手元が、詳細に見えた。


 眉間に皺がよるのを感じながらも、再度カセットの中を覗きみても、よく見知ったカセットテープだった……。


「って、それはうちから出た、ミュージシャンの奴じゃないですか……」


「ええっ? どういう事」


「うちのライブハウスをメインに、活動していたバンドが、上京記念にって言って、置いて行ったやつなんですよ」

「えっ、えっ、えっ、どうしょう……、ごめんね」


 彼女は珍しく、慌ててるらしく、泣きそうな顔を近づけて謝った。


「……大丈夫です。僕はその人たちに、会ったことがあるわけではないので……」

「でも……」

「大丈夫、大丈夫、では、僕は買い物へ行ってきます」


 そう言ってライブハウスを出た。


 ライブハウスを出て、王室の牛たちが戯れる風景を眺めながら、街へ向かう。


 ◇◇◇


 そしてこの城下町のどこからでも見える、時計台の前にやって来て、時を眺めた。


 ――僕の記憶にないバンドと、カセットテープから流れる曲。


 彼らの事は知らないが、父から聞く彼らの話しは好きだったな……。

 カセットテープから流れるその音も、父もやがて消えてしまうと思っていたが、それが続けて、今となっては人生ってわからない。


「透さん、 何をやっているんですか?」


 ただ、時計台を眺めていた僕に、彼女が声をかけて来た。


 相方が欲しいと言い出した、うるさい女神の為に、無理やり引き入れたオードリーだった。

 だが、彼女は地道に頑張り、ヴォルフ殿下の結婚式では、王宮合唱団の一員として活躍していた。


 正直、お姫様とのお遊戯以外は、ほぼライブハウスに籠っているか、噴水で無断ゲリラライブを1曲歌い、逃げているぼくらとは凄い違いだった。


「録音しておいた曲が、消えてしまったんだ」

「あ……魔法石はショックに弱いですからね」


「えっ、あっ、あぁ……」

 あの女神、魔法石なんて便利なものがあるのに、うちの備品かってに使ったのか……。


「どんな曲ですか? 教えてください」



 僕は彼女と、懐かしい曲を歌う。

 結構、思い出せなくて、上手く歌えなくても、オードリーが続いて歌ってくれて、


 次から次、歌のメロディーを思い出す。


 そして……彼女が、完璧に歌ってくれた時には……、父の思い出も一緒にふたたびよみがえっていた。


「ありがとう!」

 僕が思わず彼女の手を取り、言うと――。


「どういたしまして――」

 彼女の少し赤い顔を見て、僕は思わずうつむいた。


 ――『職場恋愛は禁止よ!』 そうみんなの前で愛や、恋を歌う。

 みんなの恋人で、もしかしたら、この世界を作った母なる存在でもありそうな、うちの女神は言うだろう。


 僕はそんな女神の顔を思い出し、この世界に来る少し前からの理不尽を思い出しイラッとした。


 そして女神とのイラッ、ピキピキ、としてくる、その思い出は、父との思い出へと行き着いた。



 ――僕はいつか、オードリーの呼び起こしてくれた曲と、この日の事を、なんて語ろう……。


 時計台の下で、彼女と風に吹かれながら、ふと、そう思った。


 ◇◇◇


 

 そして幾日が過ぎ、うちの女神系アイドルのメアが、僕の思い出の曲を、新曲として発表した時、


 この女神、どうしてくれようか!?


 懐かしさと、淡い思い、最高、最悪の怒りを秘めて、新曲は誰かのもとへと届くだろう。



 そして君とふたたび僕らのもとへ、新しい輝きをもって響くはず……。



 終わり


見ていただきありがとうございます。


またどこかで。

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