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街に響く時計台の音色

 ある日、私の家は没落した。


 男爵の後を継いだ伯父が贅沢三昧をし、借金を作って逃げたため。


 城壁都市で、一般家庭より少しましな生活をしていた私たち一家に、男爵家の責任が降りかかってしまったのだった。


 そして亡き父に代わり、兄が家族を引きつれて、遠い辺境の男爵領の家督を継ぐ決心をしてしまう。


 しかし……伯父の負の遺産は大きかったため、父の遺産の全てを使っても、借金が無くなった程度だったらしい。



 そして兄は決断した。


「オードリー、お前まで食わせることは出来ないんだ。自活してくれ……」


 結婚が迫った私に独立を迫り、結婚すれば、私は苦労はしないだろうと踏んで、ある意味絶縁宣言をした。


 兄は家族と、お嬢様だった母を引き取り、わずかに残った兄の財産の1部を正式な文書と共に、私に手渡す。


 これで、家族に助けを求めるのは難しいなる。

 しかし兄の家族は、今後、ギリギリのどっちに転ぶかわからない生活を送ることになるのだ。


 そこに私を巻き込まないための、兄なりの優しさとも言える。


 ◇◇◇


 そして今現在、窓から見える隣の家の壁。


 その壁を見ながら、壊す事の出来ない人生の壁について、思い返してしまっていた。


 あれから……、ほぼ決まっていた嫁ぎ先からは、話をうちわけた途端に、相手の両親が出て来て……。

 『商人なので、縁起が悪い嫁はちょっと』と手切れ金を貰って結構、裕福であるんですけどね……。


 伯父の失踪から、困難続きだったので、それからも淡々と生きている。



 ほぼ一般庶民だった私は、真の一般庶民となって、その生活にも慣れて来た。

 と言うか、礼儀作法や家々の付き合いの面倒さを、気にする必要のない今のが、楽な気さえする。


 ――しかし、もうすぐレストランでの給仕(きゅうじ)の仕事も終わるので、転職先を探さないと……。

 大家さん、また仕事を紹介してくれないかな……。


 そう壁を見つめ物思いにふける私の耳に、いつもの時を知らせる音色が聞こえて来る。


 やっぱり変、心の中がもやもやする。

 先の見えない未来よりも、五感の内の、聴覚(ちょうかく)に直接伝わる分、抜けない棘のように、心に深くひっかかる。


 だから……この音色が、今一番の私の悩みだった。


 城壁都市全体に、響き渡る大型時計台。

 ある日を境に、その音色は変わった。


 私は裕福だった母の教育で、絶対音感を持っている。

 庶民になれば、あまり需要がない。むしろ、そんな些細なことも気になり面倒な方が多い。


 だから、今回も人知れず頭がもやがかかるような、あの音色に人知れず悩んでしまう……。


 けれど、時計台を修繕するよう、嘆願書を出すわけにもいかない。


 ――だから、音色が違うな……、っと心に引っかかりながら過ごしてきた。


 ◇◇◇


 しかしある日、念願の叶う日が近づいたようだ。


 街の知らせを貼る掲示板に、大時計の点検調査のお知らせがはられていた。


 『わが国民の皆様へのお知らせです。時計台の点検調査が行われます。付きましては〇月20日の17時に、時計台の鐘の音がならない場合がございます』


「点検調査……」


 ――修理ではないなら、鐘の音の音のくるいは、修正されないかもしれない……。


 なら、16時の内から時計台のまわりに居れば、修理の人と会い、音のくるいを伝えなければ! 


 次の修理のチェンスは、いつになるかわからない。

 ……かもしれない。点検はしっかり行われ、あ〜無駄に心配して損した。


 だが、私は伯父の借金のために、家族から放り出され、結婚話は無くなった。

 その〆に時計台の不協和音が、今後、1年くらい放置されたら嫌だな……。


 いや、1年じゃ、すまないかもしれない。

 そんな焦燥感が私を駆り立て、修理の日まで過ごした。


 ◇◇◇



 そして当日、レストランオーナーの奥様も、無事復帰されたので、私はとても暇を持て余していた。


 ――いや、勤めていても絶対に来ていた! 何年後かは、嫌だもの!



 鉄の意思を持ち、私は、予告された時間の2時間前の、15時の内から時計台の付近のコーヒーショップにいた。


 そこへ、2人の作業服姿の男女がやって来て、10分足らずで、時計台から出てくる。

 そして時計台前のベンチへ、座ってくっちゃべっている。


 これでは絶対、私の時計台の音色に関する心労は続くはず。

 そう、考える前に、コーヒーショップの会計を済ませ、彼らに向かって歩いていた。


 あの人たちでは駄目だ、確信的な予感は、彼らの様子をひとめ見た時から感じていたからだ。


「あのーこんにちは、時計台の事なんですが」


「なんですか?」

 と、ぐぐぃーと、女性の整備係と思われる方が、顔を近づけてくる。

 なんだか、女神のような愛らしさと、鈴を転がすような声。


 何故か、思わず顔が赤くなるのを感じた。


「メア、ドウドウ」

「店長、メアは馬じゃないです!」


「あの……時計台の音色なのですが、聞いて貰えばわかりますが、時計台の鐘の音が、以前と少し違っているんです」

「へぇー、どうな感じか教えて貰えますか?」


 そう店長と、言われた男が言った。彼は店長と言われるにしては随分若い。

 その2人の若さと、場違いさが、私の心に警戒心を煽る。


「鐘のは8回の音の変化があるのですけど、1つ目の鐘の音と、5つ目の鐘の音が同じ音なのです」

「「うん、うん」」


「その音色がずれているんです。しかも微妙に、この2つもズレていて、凄く耳障りなんです」


「じゃー君が、その音を聞き分けられているの? ほかの誰かから聞いたのではなく?」

「はい、私、音の違いが気になる性質らしくって……」


「じゃ、声楽や楽器をやっている?」

「えっ、あっ、近い」


 私へ噛みつく勢いのメアさんを、店長さんが引っぺがす。


「教会のオルガンをシスターに教えて貰い、しばらく引いていた事があります」

「そうなの? やったわ! 結構難しい曲も弾けるわね!」

「えぇ、まぁ……讃美歌などぐらいなら……」


 そう言うと、ふたりは顔を見合わせて――。

 ――えっ? 笑った? やっぱり何かおかしい、けど……。


「この時計台はこの国の顔だから、微細なことでも確認する必要がある」

「はい」


 ――そう彼に、言われて少し安心する。聞き分けられる数少ない人間と、聞き流されると思っていたから。


「だが、僕たちは時計台の機械の技術者であって、音色の違いともなると、音楽の方の専門家の手助けがいるんです。彼らに依頼した後、もう一度、彼らの前で同じ話をしてほしいのですが……」


「わかりました」

「じゃーここに住所を」


 彼の手に持った書類には、わかりやすい様に作られた、王家の刻印が押されていた。


 私はそこに住所を書いた。


 怪しい彼らに、不安がなかったわけではなかった。


 しかし、この一連の流れが、王室が出している掲示板に貼られたお知らせから始まっているので、信用しないわけにはいかなかった。 


「ありがとうございます。近日中に連絡します」

「またねー」


 彼はお辞儀をして、彼女は可愛らしく手を振る。

 彼らはまだ、仕事が残されているらしく、その場に残った。


 私はスキップして帰りたい気持ちを押さえ、手を振って二人の前を立ち去る。

 いろいろあったけど、神様は私を見放していないようだ。


 早く、鐘の音は直らないかしら♪。

 そしてなんだか幸せだった私は、お店に入って少し贅沢な夕食をとったのだった。


 ◇◇◇


 それから1週間過ぎて、手紙が来た。

 やはり、手紙は王宮が住所になっている。


 牧場内、ライブハウス行き? そこは謎だったけど……。


 予定日時はいくつあり、選べるようだったが、その1回目の日に、場所と指定されていた時計台に行ってみると――。


 修理工の2人だけが、そこに居た……。


 今日は、女性も男性も音楽関係者らしい変装? をしていたが、彼らだった。


 ――もう帰りたい。だが、住所はこの怪しい2人に確保されていて、引っ越す費用も抑えたい。


 そして逃げたい気持ちに打ち勝ち、その場に残った。


「「オードリー、おめでとうございます!」」 


「庶民派、吟遊詩人のオーデションに、貴方は合格しました!」


「えっ? ……聞いてなぁ」


 そう言葉を続ける前に彼らは、言葉を遮るように話しだす。

 どちらかと言うとふたりは、道化師の方が適役なのでは?


「こんな、暇人のホイホイみたいないな罠に、引っかかる人が居るとは……」


 自分たちの罠にかかった私を見て、何故か彼はあきれていた。


「聞いてください! 絶対音感があって、ルックスがいい人を選びたかったんですー!」


「えぇ……」

 私の声を聞き、彼女は店長? の脇を肘で打った。

 手加減は無かった。


「うっ!?」とお腹を押さえた彼は、「メア……、お前……」と、恨みがましい声を出す。


 だが、


 彼女は、「3・2・1・はい!」と、そう言った。


「「今日も来てくれる暇人だから、一緒に吟遊詩人のスターを目指してくれますよね!」」


 ――店長さん、脇腹、大丈夫ですか……?

 そうも思ったけれど、まずは答えないと。


「でも、私は……」

「能力主義になりますが、引退後の職のバックアップの完璧ですよ」

「一応、王族が私たちのスポンサーなの~」


 2通目の手紙の差し出し人は確かに、王室からだった。

 ここで断ると、のちのち、面倒なことになるかもしれない……。

 まだ、不確かだが、相手は国家権力に近い場所にいる人物たちなのだから。


 せめて引越し費用が貯まるまでは……、下手なことはできない。


 そして何より、私は現在、職場募集中。


「よろしくお願いいたします……」


「「やった~!」」


 こうして、王室お抱えの吟遊詩人にはなれた。

 本当だった事に、余計びっくりしてしまった。


 ……いや、罠にはめられてしまった方が正しいかもしれない。


 でも、第一歩を踏み出すしかない。

 そういうところは、兄と私は嫌になるくらい似ている。


 でも、『アイドル』って、吟遊詩人の種類については聞いていなかったので、抗議の結果、衣装のスカート丈は普通のドレス丈にして貰いました。


 終わり



見てくださりありがとうございました。


またどこかで。

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