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転生悪役令嬢は婚約破棄された瞬間、隠していた聖女スキルで逆転無双する

作者: 紅月リリカ

主人公のリリアーナは、ずっと本当の自分を隠して生きてきた女の子です。でも時には、隠していた力を解放する瞬間が必要なのかもしれませんね。

舞踏会の華やかな音楽が、リリアーナ・フォン・エルフェンベルクの耳には遠く響いていた。


シャンデリアの光が煌めく大広間の中央で、第一王子アレクサンドルが彼女の前に立っている。その整った顔には、これまで見たことのないほど冷たい表情が浮かんでいた。


「リリアーナ・フォン・エルフェンベルク」


王子の声が広間に響き渡ると、ざわめきが静まり返った。貴族たちの視線が一斉にリリアーナに注がれる。まるで処刑台に立たされた罪人を見るような、好奇心と軽蔑の入り混じった視線だった。


「私は貴女との婚約を、ここに破棄いたします」


ああ、ついに来たのね。


リリアーナの心に浮かんだのは、意外にも安堵だった。十八年間演じ続けてきた「悪役令嬢」の役回りが、ようやく終わりを迎えようとしている。


「貴女のような冷酷で我儘な女性とは、もはや一緒にいられません。国民のためにも、このような方を未来の王妃にするわけにはいかないのです」


王子の言葉に、周囲からささやき声が漏れ始める。


「やはりそうだったのね」

「あの高慢ちきな態度、見ていて不愉快だったわ」

「王子殿下も、ようやく目が覚めたのね」


リリアーナは静かに微笑んだ。前世で何度も見た乙女ゲーム『恋する乙女の宮廷物語』の、まさにそのシーンだった。悪役令嬢リリアーナが王子に婚約破棄を言い渡され、貴族社会から追放される——物語の序盤で必ず通る道だった。


王子の手が彼女の指に向けられる。婚約指輪を外そうとしているのだ。


「殿下」


リリアーナは穏やかな声で呼びかけると、自ら指輪を外して王子の手のひらに置いた。


「長い間、ありがとうございました。殿下の幸せを、心より願っております」


その言葉に、王子の眉がわずかに寄った。まるで予想していた反応と違ったとでも言うように。


「お気遣いは無用です。貴女は明日にでもこの王都を出て行ってください」


「承知いたしました」


リリアーナは深々と頭を下げると、踵を返して広間から歩み去った。背後でざわめきが大きくなるのを聞きながら、彼女の胸中は不思議なほど穏やかだった。


* * *


自室に戻ったリリアーナは、窓辺の椅子に腰を下ろし、月光に照らされた庭園を眺めていた。


十八年前、この世界に生まれ変わった時の衝撃を、今でも鮮明に覚えている。前世で夢中になっていた乙女ゲームの世界——それも、プレイヤーが恋い焦がれる王子たちから徹底的に嫌われる悪役令嬢として。


最初は運命を変えようと努力した。王子に優しく接し、周囲の人々にも思いやりを示そうとした。しかし、どれだけ頑張っても、周囲の反応は変わらなかった。まるで「悪役令嬢リリアーナ」という役割から逃れることができないかのように。


そして五歳の誕生日の夜、彼女に特別な力が宿った。


手から温かな光を放ち、あらゆる傷や病気を癒す——聖女の力だった。前世の知識にはない、この世界に転生した時に授けられた特別な能力。


しかし、リリアーナはその力を隠すことを選んだ。


聖女の力を持つ悪役令嬢など、ゲームのシナリオを大きく崩してしまう。それに、注目を浴びれば浴びるほど、周囲から期待や重圧をかけられることになる。彼女が望んでいたのは、静かで平穏な生活だった。


だから、この十三年間、誰にもその力を明かすことはなかった。たとえ愛する人が傷ついても、大切な人が病に倒れても、ただ見守ることしかできなかった。


「お嬢様」


扉がノックされ、専属メイドのエマが現れた。エマは五年前からリリアーナに仕えている、数少ない理解者の一人だった。


「荷造りの準備はいかがいたしましょうか」


「そうね。最低限の物だけで構わないわ」


リリアーナは振り返ると、エマの心配そうな表情に気づいた。


「大丈夫よ、エマ。私はむしろ安心しているの」


「お嬢様……」


「ずっと演じ続けるのは、疲れることだったのよ」


本心だった。悪役令嬢として振る舞い続けることは、彼女にとって大きな負担だった。本当は優しく接したい相手にも冷たくしなければならず、本当は助けたい人も見捨てなければならなかった。


明日からは、ようやく自分らしく生きることができる。


そう思っていた矢先だった。


* * *


翌朝、王宮に異変が起きた。


王妃陛下が原因不明の病で倒れたのだ。それも、ただの病気ではない。魔法的な呪いによるものらしく、宮廷魔術師たちが総力を挙げても、症状は悪化する一方だった。


リリアーナがその知らせを聞いたのは、王都を出る馬車の準備をしている時だった。


「王妃陛下が……」


胸が締め付けられるような思いだった。王妃は、この宮廷で唯一、リリアーナに優しく接してくれた人だった。表向きは冷たく振る舞っていたが、実際は心優しい方で、リリアーナのことを気にかけてくださっていた。


「お嬢様、馬車の準備が整いました」


エマの声が聞こえたが、リリアーナの足は動かなかった。


このまま王都を去れば、二度と王妃に会うことはないだろう。そして、王妃の命も——


「エマ」


「はい」


「王宮に向かって。急いで」


エマは驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いた。


「承知いたしました」


王宮に到着したリリアーナは、王妃の部屋の前で待機していた侍医長に声をかけた。


「王妃陛下の容態はいかがですか」


侍医長は振り返ると、リリアーナを見て困惑の表情を浮かべた。昨夜婚約破棄された元王子妃候補が、なぜここにいるのかと言いたげだった。


「リリアーナ様……なぜこちらに」


「王妃陛下にお見舞いを申し上げたく参りました」


「しかし、陛下は意識を失われており……」


「それでも構いません。お会いできませんでしょうか」


侍医長は迷ったような表情を見せたが、やがて頷いた。


「短時間でしたら……」


王妃の部屋は、薄暗く沈黙に包まれていた。ベッドに横たわる王妃の顔は青白く、苦しそうに眉を寄せている。枕元には王が座り、憔悴した表情で妻の手を握っていた。


「陛下」


王が振り返ると、リリアーナの姿を認めて驚きの表情を見せた。


「リリアーナか……なぜここに」


「王妃陛下の容態を心配して参りました」


王は複雑な表情を浮かべた。息子が婚約を破棄した相手が、わざわざ見舞いに来るとは思っていなかったのだろう。


「気持ちは有り難いが……妃の容態は芳しくない。宮廷魔術師たちも匙を投げた状態だ」


リリアーナは王妃のベッドに近づいた。間近で見ると、王妃の体を黒い靄のようなものが取り巻いているのが見える。強力な呪いの魔法——これは確実に命に関わる。


「陛下」


リリアーナは静かに振り返った。


「私にできることがあるかもしれません」


「君に?」


「はい。お試しいただけますでしょうか」


王は困惑したような表情を見せたが、やがて頷いた。愛する妻を救えるなら、どんな可能性にも賭けたかったのだろう。


リリアーナは王妃のベッドサイドに跪くと、両手を王妃の体の上にかざした。


十三年間封印してきた力を、ついに解放する時が来た。


心の奥底で眠っていた聖女の力が、ゆっくりと目覚めていく。手のひらから温かな光が溢れ出し、王妃の体を包み込んだ。


光は次第に強くなり、部屋全体を神々しい輝きで満たしていく。王妃を取り巻いていた黒い靄が、光に触れて次々と消失していく。


「これは……」


王の驚愕の声が聞こえた。


光が収まった時、王妃の顔色は見違えるほど良くなっていた。苦しそうな表情も和らぎ、穏やかな寝顔に戻っている。


「あなた……」


王妃が静かに目を開けた。意識を取り戻したのだ。


「妃よ!」


王が妻の手を握りしめる。王妃は夫の顔を見つめると、微笑みを浮かべた。


「ご心配をおかけしました」


そして王妃の視線がリリアーナに向けられる。


「リリアーナ……あなたが救ってくださったのですね」


「いえ、私は……」


「ありがとう」


王妃の感謝の言葉に、リリアーナの胸が熱くなった。隠し続けてきた力を、ようやく人のために使うことができた。


「リリアーナ」


王が振り返った。その表情には、深い感謝と同時に、大きな驚きが込められていた。


「君は……聖女だったのか」


リリアーナは静かに頷いた。


「はい。ですが、これまで誰にも申しませんでした」


「なぜだ? そのような力があるなら……」


「注目を浴びることを望まなかったからです。それに……」


リリアーナは少し躊躇してから続けた。


「悪役令嬢が聖女の力を持つなど、誰も信じないでしょうから」


王は黙り込んだ。そして、深いため息をついた。


「我々は、とんでもない間違いを犯していたようだ」


* * *


王妃の回復の知らせは、瞬く間に王宮中に広まった。そして、それを成し遂げたのがリリアーナだったことも。


宮廷は大混乱に陥った。昨夜まで「冷酷で我儘な悪役令嬢」として糾弾されていた女性が、実は国でも数十年ぶりに現れた真の聖女だったのだ。


貴族たちは青ざめた。リリアーナを「冷酷」と罵り、「高慢ちき」と陰口を叩いていた自分たちの行いが、聖女に対する冒涜だったことになる。


特に昨夜の舞踏会でリリアーナを非難した貴族たちは、一夜にして立場が逆転した。聖女に無礼を働いた罪で、次々と爵位剥奪や領地没収の処分が下される。


「そんな……私たちは知らなかったのです!」


「リリアーナ様が聖女だなんて、教えてくださらなかったではありませんか!」


必死に弁解を試みる貴族たちだったが、王の判断は変わらなかった。


「聖女であろうとなかろうと、一人の女性を根拠もなく中傷したのは事実だ。それが聖女への冒涜となれば、罰はより重くなるのは当然」


王宮の謁見の間で、リリアーナは王と王妃の前に立っていた。昨日とは打って変わって、周囲からは尊敬と畏敬の視線が注がれている。


「リリアーナ」


王が口を開いた。


「改めて問う。なぜこれまで聖女の力を隠していたのだ」


リリアーナは静かに答えた。


「私は平穏な生活を望んでいたからです。聖女として注目を浴びれば、多くの期待と重圧を背負うことになります。それに……」


彼女は少し躊躇してから続けた。


「皆様が私に抱いていたイメージを、突然覆すのは混乱を招くと思ったのです」


王妃が口を挟んだ。


「あなたは、我々のために自分を犠牲にしていたのですね」


「そのようなつもりは……」


「いえ、そうです」


王妃の声は確信に満ちていた。


「あなたは本当は優しい方なのに、悪役を演じ続けてくださった。我々が混乱しないように」


リリアーナの胸が熱くなった。王妃は、全てを理解してくださっていた。


そこに、慌ただしい足音が響いた。第一王子アレクサンドルが駆け込んできたのだ。


「母上! ご無事と聞いて……」


王子は王妃の元に駆け寄ろうとして、リリアーナの姿に気づいて立ち止まった。


「リリアーナ……なぜここに」


王妃が穏やかな声で答えた。


「リリアーナが私を救ってくださったのです」


「救った? どういう……」


「彼女は聖女だったのです、アレクサンドル」


王子の顔が青ざめた。昨夜、自分が婚約破棄した相手が聖女だった——その事実の重大さを理解したのだろう。


「そんな……それでは私は……」


王子はリリアーナに向き直ると、その場に膝をついた。


「リリアーナ、許してくれ。私は何という間違いを……」


「殿下」


リリアーナは静かに王子を見下ろした。


「お気になさらないでください。殿下のご判断は正しかったのです」


「そんなことはない! 君は聖女だったのに、私は……」


「聖女だから大切にされるべきで、そうでなければ軽んじられても良い——そのようにお考えですか?」


王子は言葉に詰まった。


「私は、私として扱っていただきたかったのです。聖女という肩書きではなく」


リリアーナの言葉に、王子は顔を上げた。


「リリアーナ……」


「でも、もうそれも叶わないことですね」


彼女は穏やかに微笑んだ。


「殿下の幸せを、心よりお祈りしております」


王子は必死に頭を下げた。


「お願いだ、もう一度チャンスを……私たちの婚約を元に戻してくれ」


「それはできません」


リリアーナの答えは明確だった。


「私はもう、違う道を歩むことに決めましたから」


* * *


一週間後、リリアーナは王宮の中庭で荷車に荷物を積んでいた。


隣国エルドリア王国からの使者が到着し、正式に聖女としての招聘を受けたのだ。エルドリアでは疫病が流行しており、聖女の力を必要としていた。リリアーナは即座にその申し出を受け入れた。


「お嬢様」


エマが涙を浮かべながら荷物を運んでいる。彼女もリリアーナと共にエルドリアに向かうことになっていた。


「エマ、泣かないで。新しい場所での生活を楽しみましょう」


「はい……でも、お嬢様がずっと辛い思いをされていたのに、私は何もできませんでした」


「そんなことないわ」


リリアーナはエマの手を握った。


「あなたがいてくれたから、私は最後まで自分を見失わずにいられたのよ」


エマの目から涙がこぼれ落ちた。


「お嬢様はずっと、本当はお優しい方でした」


その時、王妃が中庭に現れた。すっかり元気を取り戻した王妃は、リリアーナの元に歩み寄ってきた。


「リリアーナ」


「王妃陛下」


「エルドリアでの新生活、心配はありませんか」


「はい。むしろ楽しみにしております」


王妃は微笑んだ。


「あなたらしい答えですね」


そして、王妃は小さな包みをリリアーナに差し出した。


「これを受け取ってください」


「これは……」


「私の母から受け継いだペンダントです。聖女の加護があると言われています」


リリアーナは恐縮した。


「そのような貴重なものを……」


「あなたにこそふさわしい品です」


王妃は優しくリリアーナの首にペンダントをかけてくれた。


「エルドリアでも、あなたらしく輝いてください」


「ありがとうございます」


リリアーナは深々とお辞儀をした。


出発の時間が近づいてきた。馬車の準備も整い、エルドリアの使者たちが待機している。


リリアーナは王宮を振り返った。十八年間過ごした場所——多くの辛い思い出もあったが、大切な人たちとの出会いもあった場所だった。


「お嬢様、お時間です」


エマに促されて、リリアーナは馬車に乗り込んだ。


馬車が動き出す。王宮の門をくぐり、王都の街並みが後方に流れていく。


リリアーナは窓から故郷の景色を眺めながら、静かに微笑んだ。


「今度こそ、私は私の物語を生きてみせる」


十八年間封印してきた本当の自分を、ようやく解放できる。聖女として人々を癒し、自分らしく生きていく——そんな新しい人生が、彼女を待っていた。


馬車は夕日に向かって走り続けた。リリアーナの新たな物語の始まりだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。自分らしく生きることの大切さを、彼女を通じて表現できたでしょうか。皆様の感想やご意見をお聞かせいただけると、とても励みになります。

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