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  邂逅⑥


          ※


 ホテルに戻ってから、俺はクリスを叱った。

「やばい相手かそうでないか、一瞬で見極めることができないだけでも問題なのに、俺が戦闘態勢に入ったのすら気が付かなかったのか、おまえは」

 駿河たちと対峙したとき、そして里桜が襲って来たとき、クリスは役立たずだった。

 俺が側にいる限りは守ってやるが、必ず一緒であるわけでもない。クリス自身が緊張感を持って生活していなければいつかそれで躓くことになる。

「だって、人間だと思ったんだもん」

 クリスはベッドの上で胡座をかき、拗ねた顔をした。

 俺たちが宿に選んだのは街の中心にあるビジネス・ホテルだ。吸血鬼の力を使えば一流ホテルに泊まるのも可能だが、観光や夜景を楽しむわけでもない。それに目立たないためにも俺は常に有り触れたホテルを選ぶ。

 たまにクリスがあそこがいいだのなんだのと、ネットやら雑誌で情報を仕入れて来てごちゃごちゃ言うこともあったが、その要望を聞いてやるのは年に一回程度だ。

 一泊何十万もするホテルに予約も無しで突然泊まるって行為は、それだけで目立つ。

 騙す相手も一人や二人じゃなくなる。つまり、面倒になる可能性が高いってことだ。

「いい加減、人間かそうでないかぐらい察しろ。それに、だ。人間にだって手強いのはいる。あの女の居合いを見たろ。俺がいなけりゃ、おまえ、今頃斬られてたぞ」

「死なないもん」

「一瞬身動き止められたら、その後にとどめが来るんだよ。あの女だって、あれで俺を殺す気なんてなかったさ。あいつはな、俺たちの処理の仕方を心得てやがる」

「じゃ、魔狩部?」

 どこの国にも俺たち化け物を退治するのを生業にしてる輩はいるが、俺が知る限り日本じゃ魔狩部衆が一番大きい組織だ。

 歴史は平安だかにまで遡るって聞いたことがある。

 天下を騒がす魑魅魍魎どもを調伏するのに仏教やら神道、陰陽道やらの連中が手を組み、更には化け物であって化け物でない、俺たち陰の者にとっては天敵とも言える白鬼一族なんぞも加わって一大組織を作り上げた。

 化け物を殺すためだけの専門組織。

 IRAに対するSASみたいなもんだな。

 21世紀になった現代でも連中は社会の裏で息づいている。俺たちのように小さな闇にひっそり身を隠してる化け物どもを狩っている。

 天敵中の天敵だ。

「さあな。大きな組織としちゃ、魔狩部があるが細々とした在野の連中もいる。あの女がもし魔狩部衆なら、剣術だけってことはないだろうから、より厄介だ」

 魔狩部衆は束ねる一族はいても、創立当初は当時の朝廷が主導していたため雑多な術者の組み合わせだった。陰陽道、密教、神道、修験道、どの系統の術をマスターしているか知れたもんじゃねえ。

 はっきり言って、魔狩部の連中と会ったら逃げ出すのが一番だ。

 俺も何度かやり合ったことあるがタイマンならともかく囲まれたらかなりやばい相手だ。

 特に正元(しようげん)の野郎は若い時分からしつこくて行けない。何度引き分けになったか。

 吸血鬼の俺と引き分けるんだ。人間のくせに正元がどんだけ怪物かはそれで分かるってもんだろう。

 案外、あいつは白鬼の血を濃く引いてるのかもしれねえな。

「魔狩部なら、なんで吸血鬼と一緒にいるの?」

「さあな。政治的話し合いの結果か癒着したかなんかだろう。そんなことはどうでもいい。とにかく、この街はもう終わりだ。明日の日暮れを待って出るぞ」

「逃げるの?」

 クリスは不満そうだった。

「君子危うきに近寄らずだ。あいつらとムキになって喧嘩する必要なんてねえだろ」

 取り敢えずは手打ちになったんだ。どうしてもあいつらとやり合わないとならない理由なんてどこにもありゃしない。

「でも、あたしはあいつら嫌い」

「俺も嫌いだ。だから、とっとと離れるんだよ」

 むう、とむくれたままクリスはベッドから下り、シャワールームへ行った。

 クリスは何十年経っても幼さが抜け切らない。だから、駿河たちに見逃されたってのが気に入らなかったらしい。

 肉体年齢の老化が遅いのはともかく、精神年齢の成長が遅いのは困ったものだ。

 危なっかしくて仕方がない。俺がなんやかやと世話を焼いてるのもいけないのかもしれないが、とてもクリスを一人で世界に放逐する気にはなれなかった。

 実の親にすら疎まれ、病で死に掛けていた少女。

 あのときの姿が忘れられない。

「ねえ、ジョー」

 ベッドに座って新聞を読んでいると10分ぐらいしてからクリスが出て来た。

 頭をバスタオルで拭きながら。

「服ぐらい着ろ」

 クリスは俺に対して無防備過ぎる。最初は俺を男と意識していないのか、精神がガキだからかとも思っていたが、日に日に艶っぽくなる視線に気がつかないほど鈍くはない。

 クリスティーヌが俺になにを求めているのかは分かっていた。

 それに応えてやる気はなかったが。

「今更じゃん」

「淑女の嗜みってもんがあるだろ」

「ジョーは、やっぱり黒髪の女がいいの?」

 それとなく誘って来ても、いつもは深追いして来なかったクリスがその晩は珍しく妙なことを聞いて来た。

「なんの話だ?」

「男はさ、自分と同じ色の女がいいって言うじゃん。さっき会った女たちみたいのがいいの?」

「馬鹿が。俺が出て来るまでに服を着てろ。それが嫌なら出て行け」

 俺は読みかけの新聞をクリスに投げ付け、シャワー・ルームへ向かった。

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