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  毒蛇の跳梁④


          ※


 空を飛べば移動時間は相当に短縮される。

 イバラキと別れてからものの五分とかからずに俺は遠野邸まで辿り着いた。遠野邸が近づくに連れて血の臭いが強くなり、俺は嫌な予感を覚えつつ前庭に降り立った。

 急いで玄関のドアに手をかけた。鍵が掛かっていたらぶち破るつもりだったがその必要はなく、抵抗なく開いたドアの先には土足で踏み荒らされた廊下があった。

「誰かいないか?」

 声をかけたが返事はなかった。だが、俺の耳は確かに人の呻きを聞き取り、その音に導かれるままにリビングへと入った。

 眩い照明の下に展開されていた惨状に俺は眉を顰めた。

 猿轡をされた千絵が両手を壁に縫い止められ、腹部から出血していたのだ。それはキリストの磔刑像のようにも見えた。悪趣味なこtだ。

 まだ意識のある千絵は駆け寄る俺を見て首を激しく振った。

 まったくもって迂闊だった。

 イバラキが俺を見逃したことは既に敵に知れていたことで、眼前に千絵の無残な姿があったからと言って油断すべきじゃなかったんだ。

 それまで潜んでいた気配に振り向いた俺に刃は容赦なく振り下ろされ、まず右腕が肘から断たれた。ついで距離を取る間もなく両足を断たれ、倒れたところを踏みつけられた。

 刃を振るったのはダークスーツの女、里桜だった。

 俺が来ることを察して待ち伏せしていたんだ。当然考えて然るべき事態だったのに、己の油断に歯がみしながらも、俺は為す術もなかった。

 普通の傷なら瞬時に再生するのに、どういうわけか腕も足も復活せず、切り落とされたパーツは塵となって消えた。

「魔狩部の技と退魔刀だよ。あんたら夜の化け物でも、そう簡単には治りゃしない」

 勝ち誇った里桜。

 悔しかったが俺はなにもできなかった。せめて左手で里桜の足なりと破壊してやろうと試み、あっさり蹴り飛ばされ、里桜の放った白木の針で左手を床に縫い止められた。

 完全に動きを封じられた。

「どういうつもりだ」

「どういうつもりもなにも、あんたがぶちのめした連中がどうしても恨みを晴らしたいって言うんで、好きにさせたのさ。ちょっと調べりゃ、ここのお嬢さんたちのことなんてすぐ分かることだからね」

 傷口からは血が流れ出しながらも、しゅうしゅうと煙を上げて再生が始まっていたが完全回復には時間が掛かりそうだった。

 イバラキにやられた腹の傷を癒すのにもエネルギーが必要だったから、余計に新しい傷の治りは遅かった。

 新鮮な血でも飲めれば早い復活も望めたのだろうが、身動きの取れない状態ではそれもままならない。

「雪菜はどうした? 信二は?」

「必要ない連中は痛めつけただけだよ。ま、縛ってあるから暫くは動けないだろうけどね。娘の方はガキどもが連れて行ったよ。たっぷりと可愛がって貰えるだろうさ」

 それから里桜は千絵を見やり、

「本当はあのお嬢さんも連れて行く予定だったんだけどね。抵抗したもんだから、馬鹿が思わず刺しちまった」

「警察沙汰は困るんじゃないのか?」

 痛みで気を失いそうになりながらも、俺は女を睨んだ。

「強盗なんて、よくある事件だろ? 今時なら闇バイトの仕業で片付くなじゃないかい」

 里桜は鼻で笑った。

 警察にも顔が利くのか、それとも偽装工作済みなのか。どちらにせよ、吸血鬼の存在が表に出ることはないと確信しているようだった。

 里桜が刀を鞘に納めた。

「とどめを刺さないのか?」

「そっちの方が辛いだろ、あんたみたいなタイプは」

「?」

「そこの娘も、そしてもう一人も救えない。その無力さを痛感するといいさ。その後でわたしのところに来な。そのとき、滅ぼしてやる」

「どうして俺をそこまで憎む?」

「別にあんたなんかどうでもいいさ。けどね、組織を束ねるにはトップは絶対者じゃなけりゃいけない。手下がやられて、報復もせずに話し合いで済ませちゃね、下はついて来ない。絶対的な力を持ってなきゃいけないのさ」

「俺と駿河の和解が気に入らなかったってのか」

 駿河が俺に報復をしなかったから、里桜は駿河に成り代わって俺に報復を加えたことになる。そして、一度襲撃に失敗したことが更に事態を悪くしたんだろう。

「あんたが責任を感じるこたないよ。どうせ、そこのお嬢ちゃんたちはあのクラブでうちの連中に眼をつけられてたんだ。結果は同じだったさ。あんたがそこへ割り込んだだけでね」

「駿河は承知してのことか?」

「あの人はなにも知らない。わたしが勝手にやってることさ。あの人は時に甘いからね」

「だから、おまえが汚い仕事を引き受けるわけか」

「じゃあね」

 里桜は答えず俺に背を向けた。

「待てよ。雪菜はどこだ?」

「・・・・・・今のあんたが助けに来られるとは思えないけど、そうだね、ヒントはやるよ。山だよ。そこの別荘にいる」

 曖昧なヒントだ。

 たとえ俺の傷がすぐに治ったとしても、場所を特定して乗り込むまでの時間的余裕はない。それまでに、雪菜は地獄を味わうことになる。勿論、里桜はそれを承知でわざと曖昧な情報を与えたんだ。

 俺は悪態をついたが、去り行く里桜になにもすることができなかった。



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