再会④
雪菜の家、つまり遠野邸は俺たちの再会場所から車で20分ほどの場所にあった。
隣近所も全部御立派な門構えの家ばかりで、土地鑑のない俺にも高級住宅地であることはすぐに知れた。
遠野邸は、一際でかい家だった。
他人を拒絶する厳めしい門が自動で開き、俺たちの乗った車はスムーズな動きで邸内に吸い込まれた。
俺たちを降ろして車がどっかにある駐車場へと去り、雪菜が俺たちをでっかい家の玄関へと招いた。
「おまえ、いい加減にしとかないと俺も怒るぞ」
まだむくれているクリスに俺は注意した。招いて貰ったのに無愛想では相手に対して心証が悪い。媚びる必要はないが礼儀というものはある。面倒を起こさないためにもな。
「なんのこと? あたしはいつも通りだよ」
開かれた玄関に向かって歩を進めながら、クリスはすっとぼけやがった。
玄関に中年の男が立っていた。
春物セーターにスラックスのラフな姿だが、それが実に様になっていた。
着ている物も上等なものに見えたが、成金のような嫌味さはなかった。自然と身についた品の良さは、成長過程の環境、育ちが良かった証左だろう。
しかし、なにより俺を驚かせたのはその男の容貌だった。そして、相手も一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこやかな笑みを湛え、
「ようこそいらっしゃいました。遠野信二です。昨夜は娘が大変お世話になったようで、ありがとうございました」
その挨拶を、俺は上の空で聞いていた。
「真壁」
「は?」
俺の呟きに遠野信二はきょとんとした。
「いや、失礼。日下部です。こいつはクリスティーヌ」
日下部姓を名乗ったのはいつ以来だったろうか。普段は条ノ進、ジョーで通していて姓など滅多に口にもしない。クリスもジョーとしか呼ばないから、最後に他人に姓を教えたのがいつだったかは本当に記憶の彼方のことだった。
俺にそれをさせたのは、信二の顔だ。
俺の知ってる奴の顔に良く似ていた。そして、娘もそうだ。
だから、俺はもうそのときには出会いは酷い悪趣味な偶然であり、彼らが俺の記憶を刺激するのは偶然でないのではないかと察していた。
俺が名乗るとまたしても信二は一瞬だけだが訝しい顔を見せた。
「ね、言った通りでしょ」
雪菜が父親に言うと、信二は「そうだな」と応じてから俺たちを中へ案内してくれた。
広い応接室にはもう一人の娘もいた。
「島倉千絵よ。昨夜はありがとう」
千絵はさっぱりした物言いをする娘で、相変わらず気の強そうな眼をしていた。
「日下部だ。ジョーで通ってる」
「ジョー? なんか、一昔前のヤンキーみたい」
遠慮のない感想に俺は苦笑した。
「条ノ進って本名のが100倍古臭いんでね。ジョーの方がまだマシだ」
「ああ、そうね」
千絵が笑い、俺も笑っておいた。
「これ、千絵。人様の名を悪く言うものじゃない」
信二が真っ当な意見をした。どうやら堅物らしい。そんなところまで、真壁に良く似ていた。
「はいはい、おじ様、わたくしめが悪うございました」
「大体君が……」
「そう、わたくしが悪いんですの。大切な雪菜お嬢さまをあんな場所へお誘いしましたから。あ、お茶を持って参りますね」
千絵は他人をおちょくる才能に長けているらしかった。しかし、憎めないタイプの娘だ。
「彼女は娘さんでは?」
「千絵はわたしの妻の姪です。こちらの高校に通うことになったので一緒に暮らしているんですが、少々行動力と好奇心が強過ぎましてね」
信二は肩を竦めて苦笑した。怒っている風ではなかった。
娘同様、千絵のことも可愛がっているのだとそれで分かった。
「まあ、どうぞ」
椅子をすすめられ、俺とクリスは素直に従った。
一体いくらするソファか知らないが、クッションは文句のつけようがないものだった。
家具調度品、どれも趣味がいい。
壁にある暖炉は見せかけではなく、冬場には本当に機能する代物だ。
そんな部屋で暖炉の前に座り、パイプを燻らせる様が信二には似合う気がした。
「改めてお礼を言います。昨夜は娘がお世話になりました」
「そうまで言われると却ってこちらが恐縮してしまいます。俺はああいういかがわしい場所にも出入りする流れ者でしてね。とても人様から礼を言われるような者じゃありません。昨夜はたまたま人助けのような真似事をしましたが、いつもそうというわけでもない、安っぽいチンピラですよ」
「それでも、娘を助けていただいた事実は事実です。もしあなたがいなければ、娘も、そして千絵もどうなっていたことか」
ああいう場所で、男どもに付いて行けばどうなるか。
レイプだけで済めばまだ良い方だろう。
適当に男をあしらう技術があるならともかく、下手に抵抗したりするとあの手合いは加減を知らないからな。
最悪の事態だってあり得る。
そういう事件が起きたとしても、被害者が違法クラブにいたとなれば世間の同情を得ることすらなく、週刊誌にゃ不良少女とでも書かれるだろう。
そうなると被害者としちゃ踏んだり蹴ったりなわけだ。
千絵がトレイを手に戻って来た。
俺たちの前に紅茶の入ったカップを置いた。
「君は、ああいう店に良く行くのか?」
俺が質問すると、千絵は信二をちらりと見やってから、
「たまに、ね。ああいう雰囲気、嫌いじゃないの」
「なら、せめて無許可営業じゃない店に行くんだな。店内でドラッグの売り買いしてるような店へ行ってると、そのうち売り飛ばされるぞ」
「はいはい、以後気を付けます」
本当に気をつける気があったのかどうか。
そう言った千絵は信二に睨まれて舌を出していた。或いは、案外千絵だけならなにがあっても切り抜けるかもしれない。そういう強かさが感じられた。




