プロローグ
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思えば、実に変わった生涯だったと言える。
ある意味において俺は人類の悲願である不老不死を手に入れた。
ま、同時に人間じゃなくなったわけだから、その辺をどう考えるかは色々だろう。
俺が俗に言う吸血鬼になったのは、さていつだったか。はっきりしたことはもう忘れちまった。
誰だって100年以上も前のことは良く覚えてなんていられないだろ。あれと同じだ。
ただ、死の淵になんとかへばり付いていた、そして今にも奈落へ落ちそうになっていた俺にあいつが声を掛けて来たんだ。
「生きたいか?」
俺は、ああ、と答えたんだと思う。
あの当時は、まだ死ぬには若過ぎる年齢だった。惚れた女もいた。なんとしても、もう一度女に会いたいと思っていた。
自分の身体から流れ出る血液。それは俺の生命そのものが漏れ出しているのと同じだった。温かい血が失われ、それに伴う寒さが俺を包んでいた。
「闇の中に住まい、生ける死者となりて眩きものを渇望する苦しみを味わうこととなる覚悟はあるか?」
あの質問は卑怯だ。
今でもそう言わせて貰う。
死に瀕した人間が、そんな小難しい言い回しを理解なんてできるものか。俺はただ死にたくなかった。無になりたくなかった。だから、死を免れるならなんでもいいと言った。
「ならば願うといい。天がおまえを見放したなら、おまえは我が同族となりて長き時を死すら叶わぬ身で彷徨うこととなるだろう」
まったくもって、回りくどいことを言う奴だった。
今はどこでなにをしてやがるのか。もう何十年も会ってないから消息は知れないが、あいつは今もどっかで獲物を襲うときも一々理屈を捏ねてるんだろう。
飯を喰うにも理屈が要るチキン野郎め。
俺よりも遙かに長く生きて(生きてるって表現は妙だが)るくせに、どうしても割り切りができないようだった。
まあ、言うなればあいつの方が人間としての心を残してたんだろうな。俺がさっさと人間を超えちまうと、あいつは哀しそうな眼をして「ここで別れよう」と言った。
俺としてもあいつに未練があったわけじゃない。死から逃がしてくれたことには感謝もしなきゃいけなかったんだろうが、あの頃は自分が変わったことで荒れてたからな。
なんでこんな身体にしたんだ、という意味のことをかなり辛辣な言葉で浴びせたもんだ。あいつは、怒りもせず、ただ困ったような顔をしていた。そしてあいつが言った別れの言葉に俺はなにも感じなかった。別れに伴う哀愁も寂寥もなかった。ただ、あいつが別れようと言い、俺は黙って承諾した。
あいつが今の俺を見たらどう思うか。
まったくもって、人生ってのはなにがどうなるか分かったもんじゃねえ。この俺様がこんな無様な姿を晒すとはな。
ま、後悔はしてないがね。
俺はやりたいようにやったんだ。だらだらだらだら無駄に長く生きるよりゃ、これで終わりの方がさっぱりするってもんだ。
クリスは怒ってるだろうが、まあ、あいつも独り立ちには頃合いだ。あいつなら、独りでも立派にやって行けるさ。
さて、俺はどうなるのか。素直には殺してくれなさそうだ。
文句の言える立場でもないし、どうでもいいことだ。どうせ、最終的にゃ消されるんだからよ。
それも人間としての死じゃないんだ。
きっと、死んだ後は全然別のところへ行くんだろうな。
地獄でもどこでも構いやしないが……。