02_破滅を生きる少女
友梨奈は一呼吸おいて、さらに深呼吸を繰り返した。
「もったいぶらないで頂戴な。善は急げというでしょう。」
「んもぅ、出会って数時間しか経っていないのよ。前世の記憶のありったけを、貴女に伝えますから!」
「急かしているのは、そろそろ、そのイベントとやらがあるのでしょう?対策を練らねばなりませんわ。」
「そうなんですね!では…」
友梨奈は、最期に読んでいたBL小説について語り始めた。といっても、すべてを記憶しているわけではないし、リーリエは『破滅した公爵家の人』という位置づけで、主人公でもない脇役のような扱いだったため、記憶違いもあろう。知っている内容だけでも、彼女に伝えなければ。
王家には、クロエという跡継ぎの王子がいた。他の跡継ぎ候補たちは若くして病に倒れ、男児としての生き残りがクロエのみであった。王家は男系であり、クロエ一人に運命が任せられることになっていた。現国王のミハイルは齢七十を超えようかというところであり、これ以上の世継ぎは望めないと考えられている。
ただ、王子のクロエは極めて優秀であり、利口であった。自身のおかれた状況を理解し、常に自身の三倍ほどの年齢を重ねた国王をしっかりと支え、政治や外交を学び、丈夫な身体をつくり、兵を鍛えた。クロエの施策が功を奏し、民の糧は潤い、他国や狼藉を働く輩の侵害を防ぎ、隣国から侮られる前にかつて誇っていた国力を取り戻しつつあった。
しかし、そんなクロエは幼くして母や兄弟たちに先立たれたことから、常に孤独であった。国の民を養うためにいつも疲労困憊であり、何時倒れてもおかしくないほどに精力が枯れていた。そんな折、二家の公爵が、政の舞台に抜擢される。
一つは、リーリエのいるシャハブレット家である。国の西側に広大な領地を有し、作物のよく育つ肥沃な土地として知られていた。シャハブレット家は代々この土地の領主であり、公爵の位を与えられていた。しかし、他の公爵家との派閥争いに敗れ、王家との血縁関係はこの三代ほどはなくなってしまっていた。
そんな折、他家の失態の知らせを聞きつけた当主のアーペント、リーリエの父である人物が、王子との縁談を持ち掛けてきた。政治的な力を取り戻そうとしていたのだ。見えみえの政略的な縁談ではあったが、リーリエは容姿、学業、武術のすべてで申し分のない存在であり、王はたいそう気に入った。
「…ここまでは、前置きです。リーリエ、どうですか。間違っている点はありませんか。」
「驚きましたわ。えぇ。友梨奈さん、貴女のおっしゃるとおりよ。」
「えへへ。よかったです。それよりも、友梨奈、と呼び捨てにしていただけませんか。」
「それは難しいですわね。今まで、お友達を呼び捨てにしたことなどありませんもの。」
「お友達…!その響き、とっても嬉しいです。けど、私が呼び捨てにしているのですから、釣り合いません!」
「そうでしたね。貴女…いえ、友梨奈…は、病に倒れておひとりになられてから、長かったのですものね。」
「うん、そうですね。…って、良い感じです!」
「心の整理、というものがありますから、しばらくはこのままで。それより、クロエ王子の内面までは存じませんでしたわ…。彼が周囲からとてつもなく信頼を得ていることは把握しておりましたが、そこまで思い詰められていたとは…。友梨奈、ぜひ、続きを聞かせてくださいな。」
もう一つの公爵家、ゼーゼマン家の長男のヨークシャーは、若干二十歳にしてゼーゼマン家の領地を任されていた。ゼーゼマン家の領地は東の国境に位置し、土地の大きさではどの公爵家にも劣っていた。が、国境や関所の警備、在野の蛮族、盗賊の討伐のために私設した武装組織を有しており、軍隊の力は国の中でも抜きん出ていた。ゼーゼマン家も、他家の失態を聞きつけ、王に取り入ろうとして、王城まで来ていたわけである。リーリエとヨークシャーは二つ違いで、リーリエのほうが若い。二人はさほど面識はなかったが、狡賢いヨークシャーはリーリエと王子の縁談を耳にし、シャハブレット家が力をつけることを阻止すべく、リーリエとの会食を持ち掛けたのであった。
「では、ヨークシャーは、やはり私や父を牽制するために王都まで来られたのですね。」
「小説では、“途中までは”そうでした。」
「途中…ここから、何かあるのですね。」
「はい!そりゃあ、もう…。」
ヨークシャーとリーリエの会食の最中に、クロエ王子が電撃訪問する。目的は、リーリエという少女を一目見て、どのような人物なのかを見定めるためであった。この三人は、社交界でも遠目に見たという記憶があるだけで、直接会話をしたことはなかった。突然現れたクロエ王子があまりにも眩しく、ヨークシャーはクロエに一目ぼれするのであった。
「なんですって!?」
「はい…。そのぅ、シチュエーションというのかな。午後から雨が降り始めて、王子は何故かずぶ濡れの状態で訪問してくるんですよね。自動車も使わず、本当にフラッと来るので。その姿を見て、もともと気質のあったヨークシャーが目覚めちゃうんです。水も滴るいい男、って感じですかね。」
「そうなんですね…。クロエ王子は人たらしだとも伺っていますが、殿方でさえも恋に落としてしまうとは…。しかし、それと私の身の破滅と、どう関わりあっていくのでしょうか。」
「えっとですね…。あれ、あれれぇ〜!?」
友梨奈は頭をシェイクする。
「どうなさいましたの!?」
「すみません。今日はここまでのようです。」