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疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達

嫁の崩壊

作者: はやはや

 初めて嫁の実家で新年のとある一日を過ごす。

 俺は去年、嫁と結婚したばかりだ。新年の集まりには、嫁の両親、妹家族、俺たち夫婦の七人が参加している。


 最も居心地が悪い場所選手権があったら、嫁の実家は絶対、上位にランクインするだろう。


 義理兄の高山さんは、こんな居心地の悪い場所に、もう五年も顔を出しているのだと思うと、尊敬の念を抱いた。


 高山さんは俺より三つ上の四十代。大手企業の営業マンで髪の毛も薄くなく、小綺麗で中年特有のだらしなさがない。人当たりもいい。一人娘の菜々ちゃん(五歳)もパパが好きなようだ。高山さんの胡座の中にすっぽり収まっている。

 義理両親とも、よく馴染んでいる。(ように見える)


 俺はというと、嫁の稼ぎに助けてもらう零細企業に勤めている。人見知りの消極的。どちらかというと肉付きのいい体型だし、イケている男性の部類には決して入らない。でも、髪の毛が全く後退していないのは、自信をもっていいはずだ。


 一方、嫁とその妹はというと、こちらもイケてる女子の部類から、ちょっと外れる。でも、化粧をしオシャレに気を配り頑張っているのはわかる。二人とも気遣いのできるタイプなので、会社やママ友にはウケがいいはずだ。



 義理母が用意してくれた、おせち料理や雑煮を食べ、お腹がいっぱいになったところで、菜々ちゃんが外で遊びたいと言い出し、高山さんが外へ連れ出した。

「正月太りでこれ以上太ったら困るから、よし君も外に出てきなよ」と嫁が言う。

 キックバイクで庭を走り回る菜々ちゃんを見やりながら、二人で話した。


「高山さん、ここに五年、顔、出してるんすよね」

「まぁ、ねぇ。嫁の実家だし」と肩を竦める。


「新しい生活どう?」

「なんか緊張しますね」

「微笑ましいな。大丈夫。そのうちどんどん崩壊していくから」


 高山さんは不気味なことを言いながらニヤリと笑う。


 そして奥さんの美桜みおさんの新婚当初から現代に至るまでの崩壊ぶりをこそっと披露してくれた。


 新婚当初は毎日きちんと着替え、家の中でもそれなりの服装をしていたのが、今では休日や部屋にいる時は、よれよれのスウェットを愛用。近くのコンビニやスーパーなら、その格好で出かけるらしい。


 子どもが産まれるまでは、きちんとたたんで、それぞれの棚に片付けていた洗濯ものは、取り込んだらカーテンレールに吊るし、そこから必要なものをとる制度に変わった。


 結婚後、二ヶ月は毎晩手作り料理が並んでいたのが、晩御飯はスーパーやコンビニの惣菜がそのままが当たり前。


 あくびするにも口に手を当てていたし、おならやいびきなんて聞いたことなかったのが、子どもが生まれてから、あくび、おなら、いびきをかきながらソファで寝落ちなんてのも遠慮なくする。


 今日、久々に会った美桜さんは、白いタートルネックに黒いパンツを合わせていて、化粧もし、髪も綺麗に纏めていた。そんな姿があるなんて信じられない。


 俺が言葉をなくしていると


「夫同士で嫁の崩壊っぷりを披露しあいません? どうせ嫁たちも俺らの悪口言ってるんですから」


 高山さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。そして、連絡先を交換したのだった。何か最強の味方ができたような気がした。


 それからというもの、嫁の崩壊が現れたとき、気づかれないように写真に収め、送り合うようになった。

 俺の記念すべき一枚目は〝日曜日、出かける予定がないと、寝癖を直そうとしない嫁〟だった。

 後ろ髪の一部がピンと立っている。どうやって寝たら、そんな寝癖がつくんだ? 嫁の背後からこっそり写真を撮り、高山さんに


〈嫁にアンテナが搭載されました〉


 というメッセージに写真を添付して送る。夕方になって、高山さんから返信があった。涙を流して笑う顔文字とともに、


〈こちらは怪獣とチビ怪獣が寝ています。すげーイビキ……〉


 メッセージに添付されていたのは、美桜さんと菜々ちゃんが大口を開けて寝ている写真だった。二人がよく似ていて笑えた。親子だもんな。



 あれから五年。

 僕のスマホの写真フォルダには三歳の娘の菜乃花とともに、嫁の写真が多数保存されている。もしかすると、菜乃花の写真より多いかもしれない。でも、絶対嫁に見つかってはならない。


 トドのようにリビングの床に寝そべっていたり。

 真夏。暑いからといって二の腕、太ももを躊躇なく晒す、タンクトップに短パンの格好をしていたり。

 半目でカップヌードルを啜っていたり。

 二日酔いで、ぱんぱんに浮腫んだ顔に眼鏡をかけていたり。


 俺しか知らないであろう写真ばかりだ。

 高山さんと俺が共有していると知ったら、大げんかになるな。もしかすると、離婚なんてことになるかもしれない。


 ヴヴ…… スマホが震えた。

 高山さんからだった。


〈徹底的瞬間!〉


 その文章の下には半目でムンクの叫びのように、口を立てに大きく開けた美桜さんが写っていた。今回は写真じゃなくて動画らしい。早速再生する。


『えーくしょいっ!! しょいっ!!』と、美桜さんは、おっさんのようなくしゃみをした。


〈どうして、『しょいっ!! しょいっ!!』って二回言うんだろう? 昔は『くしゅん』だったのに〉


 高山さんから続けてメッセージが届いた。

 きっと結婚したら、人間は互いに崩壊していくのだろう。

読んでいただき、ありがとうございました。

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