無常の風
そう思ったはずだった。
だが、全ては突然で、一度無常の風が吹けば、全てを吹き消すのだ。
俺はこの後に待ち受ける出来事など知らずに、ラベンダーとオーロラのハーブ園にきていた。
ここは草花を愛するオーロラに王子が与えたのだった。
といっても、庭園にある果実園とは違い広さ5,6畳程度の小さな花壇。
その中央に三尺程度のクチナシの木が植えられている。
この国の季節は春のようで、花はもう少しといった様子。だが、葉は青々として強い生命力を感じる。葉になでるように触れた。
2日前、初めてここを訪れた際に王子から贈られた花だと教えてもらった。
まっすぐで若々しく、甘い香りを放つリース王子のようだな。
「オーロラ様、エイプルも見事に花をつけてますね」
ラベンダーが花に顔を近づけて、香りを楽しんでいた。
数種類の花や薬草が植えられている中で、一番左端にエイプルは植えられていた。
鈴蘭のような小さな花で、淡い桃色をしている。香りは甘く濃厚な中にもどこか清楚な香りを放ち、どこか若い娘を連想させる。
ハーブとしても眼精疲労や心身の安定にも効能が高い花だ。
「さ、摘んでしまいましょう。そろそろリース王子が午後の重臣との謁見も終わるころですわ」
今日の午後、リース王子とお茶の約束がある。王子の従者よりラベンダーに王子からのお茶の誘いの連絡があった。
外遊から戻っても政務に忙しくお疲れの王子に、エイプルをハーブティーにしてお出ししようと摘みにきていた。
あの日のお茶の約束を王子は忘れてはいなかった。
そんなささいな出来事なのに、心が弾んでならない。エイプルにも似た甘い香りが胸に広がる。
あれ。
手が止まっていると「オーロラ様、早く摘んでしまわないと王子様がいらしてしまいますよ」
「あ、すまない」
俺は目の前のエイプルに手を伸ばした。
東の回廊を抜けて、広間を歩いているところ王子に呼び止められた。
王子を一目見るだけで、一瞬にして世界が明るくなる。
「祈祷帰りか?ご苦労だった」
広間には暇を持て合した貴族たちが談笑をしていて、王子と俺のやり取りに冷ややかな視線を向けた。
はいはい、そうですね。力のない聖女の祈りなんて無意味ですからね。
「オーロラ、ちょうど今お前の部屋へと向かおうとしていたのだよ」
「はい、祈祷の帰りにハーブ園により一緒に頂こうとエイプルを摘んでまいりました。クチナシはまだ時期が早いですが、初夏には美しい花を咲かせるかと」
「うむ。オーロラの管理がいいからだろう。花を咲かせたら一緒に鑑賞も雅だな」
目と目が合う。
優しげな瞳に心が通じ合うような気がした。
「さて、立ち話もなんだ。部屋で約束のお茶を飲もう」
王子がスッと俺の腰に手を回す。ごくごく自然な仕草だった。
不思議と嫌な感じがしなかった。
今まで寄ってきた男たちには触られると感じていた嫌悪感がない。
むしろどこか嬉しいとさえ感じていた。
その穏やかな空気を甲高い金切り声がつんざいた。
「リース様!!!!」
あれは。
「ん?フェリナとマリアナではないか。そんなに慌ててどうしたのだ?」
将軍の娘がドレスを両手で器用に捲り上げて走ってくる。その後ろに王女が少し遅れて続いた。
「王子!!スパイダーエイプルが宮殿で見つかりました」
また妙な名前だなと呑気に笑っていたのは俺だけで、広間にいた皆の空気がピリッと張り詰める。
王子の顔色がさっと変わり、頬がひきつる。
二人の後から初老の男が走ってきて、リース王子の前にひざまつき挨拶を述べようとした。
「挨拶はいい。立て。スパイダーエアプルだと?まさか、ただのエイプルの間違いではないのか?」
「はい。私も誤りがあってはいけないとこの目で確認して参りました。確かにスパイダーエイプルでございます」
恐る恐るといった様子で手にしていた手ぬぐいをそっと開く。
そこには先ほど摘んだエイプルと同じ花があった。
「リース王子、ご存じでしょうがスパイダーエイプルはエイプルは非常によく似ており、違いはわずかに花の縁がオレンジ色をしている事と香りがないこと。摂取すると吐き気、呼吸困難、意識の喪失、そして民間ではーーー」
「媚薬・・・ですわ」
フェリナが丁寧な口調でわざとらしくゆっくりと言葉を言った。
媚薬だと?
「エイプルは栽培も持ち込みも国内では禁止されているはずだ!それがなぜよりにもよって宮殿で見つかるのだ!!どこにあった!!」
しばらくの沈黙の後、男は「それは・・・・」と口ごもり、静かに俺の方に視線を送る。
なんだ。なぜ俺を見る?
意味がわからずに男と見つめあっていると男は「恐れながら申し上げます!スパイダーエイプルはオーロラ様のハーブ園で見つかりました」
そろそろ宮殿のお話から、仏師の姿をお見せできそうです。
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