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悪意

 初めて宮殿をでた。と言っても庭だけど。


 この数日はほとんど部屋に篭りっきり。

 久しぶりに外で浴びる日の暖かやと眩しさが恋しかった。

 白い砂利が丁寧に道に敷き詰められ、手入れされた緑の木々が両側に植えられている。

 風が吹いて、砂埃が舞う。

 うーん、さっきの頭突きのせいか、おでこが若干ヒリヒリする。

 うふふ・・・と声がする方を見ると若いご婦人が3人、日傘を差し連れ立って散歩をしていた。

 この3人だけでなく、庭には同じように連れ立って歩く女性や、木に寄りかかり談笑する男たち。忙しそうに庭の掃除をする使用人などで賑わっている。


 使用人以外のご婦人や殿方は皆、高貴な身分のようで、誰もかれも暇を潰すように着飾った服でのんびりと過ごしている。身の回りを世話してくれる者がいるのだろう。

 奈良の日々とは大違いだ。俺や工房の仲間たちは日々、造仏に忙しかった。それに民もまた度重なる戦、飢饉と疲弊して末法思想が流行っていた。

 苦しい記憶が蘇る。多くの涙と血を見たあの日々。

 それに比べてこの世界は・・・。


「皆幸せそうだ・・・」

 俺の独り言を聞いていたラベンダーが誇らしげに言う。

「ええ、みんな安心して幸せに暮らしております。それもこれも全て聖女様と王様のお陰でです」

「・・・私も?」

「はい、聖女様がいなければこの国を浄化して豊かな実り多い大地は消えてしまいます。わたしたちにとって、聖女様はとても尊い存在なのです」


 そうか、聖女の力でこの大地は浄化されていると言っていたな。

「これからその浄化の祈りに向かうでしょ?」

 ラベンダーはテキパキと俺をあの緑の服に着替えさせると、浄化の祈りをするために礼拝堂へと向かうと言った。


 聖女の礼拝は数日に一度行われる。その際には聖女の衣装着替えるのが決まりとなっている。

 オーロラは階段から落ちてからは療養していたが、医師からの許可がおり日々のお勤めへと戻るのだった。

 すれ違う人々がみなこちらを見る。

 男たちはマルクのような熱を帯びた目で、女たちはおしゃべりをやめうっとりとしたように、忙しそうにしていた庭師でさえ作業の手を休めこちらに見入っていた。

 それもそうである。

 緑茶のような緑色の服を着た自分を姿見で目にすると思わず「美しい」と呟いてしまった。

 上質な光沢のある絹に、透き通るような肌。少女らしい小さな唇。

 まさに天女のような美しさで、人々の目を集めてしまう。


「さ、早く参りましょう」


 ラベンダーに手を引かれ、俺は礼拝堂を目指す。宮殿の敷地内でも端の方にあり、遠いようだ。

 もしお疲れであれば馬車を頼みましょうか、と聞かれたが訛った体を動かしたかった。

 風が抜けて心地がいい。

 風に乗って緑や土の匂い、わずかに柑橘系の果実の香りもする。

 うーん。

 イライラ・・・。

 いたい。歩きにくい。

 細身で踵の高い靴が歩きにくく、足が疲れる。つま先が痛い。

 おまけにこの長いドレスと呼ばれる服がひらひらと足元にまとわりつく。

 貴族の十二単の姫さま方のように、歩幅が狭く、少ししか進めない。

 ええい歩きにくいったら、仕方がない。

 ぐばっ。

 俺は思っ切り足を広げて、ドスドスと大股で歩く。

 靴下と呼ばれる足袋のようなのも履いたが、裸足に草履じゃダメなのか?

 足元なんてそうそう誰も見ないだろ。 


「ごきげんよう」


 ドスドスと威勢よく歩いていると、横から甘い声がした。

 ピタッと足を止めると、若いご婦人が二人こちらを見ていた。


「ごきげん麗しゅう、聖女様」


 そう言って、目を閉じてわずかに膝を曲げた。

 二人とも高貴な身分なのだろう、他の人たち同様に着飾っていた。

 一人はオーロラと同じく金色の髪、だがオーロラの透けるような輝く金ではなく、黄金のようなずっと濃い金色だった。

 そしてもう一人は翡翠のような髪色をした若い女性だった。

 二人は優雅に扇子で仰いでいるが、優雅に見える事を重視しているのか、波打つように手首を動かしている。てか、全然風届いてないけど。

 暑くて仰いでいるわけではないらしい。


 誰だ?この二人は?

 どうしたらいい?どう対応したらいい?

 俺は迷子の子供のようにラベンダーに助けを求めた。

 ラベンダーは優雅にお辞儀をして「ごきげん麗しゅうマリアン王女、フェリナ様」

 マリアン王女?フェリナ?どっちがだ?

 ポカンとしている俺にラベンダーが早口で耳打ちする。


「オーロラ様、お二人にご挨拶を」


 挨拶だって?

 なんて言うんだ。

 今日は、元気?調子はどう?景気は?

 まさかな。違うだろうな。

 とりあえず、ラベンダーの真似を。

「ごきげん麗しゅう、マリアン王女、フェリナ様」

 見よう見まねで、膝を曲げて頭を下げた。

 ラベンダーがほっと胸を撫で下ろす。

 どっちがどっちだがわからんが、王女というからには偉いんだろう。


「聖女様、お身体はもう宜しいので?」

「とても心配しておりましたのよ」

 緑色の髪の女が扇子ふりふりしながら言う。

「えっ、まあお陰様で」

「お急ぎですの?いや、今日はまた随分と大股で力強く歩かれてましたので」

 二人はそう言うと扇で口元を隠してくすくすと笑う。


 げっ。

 見られてた。

 力強くなんていちいち言わなくてもいいだろうが。

 二人とも親しげな口調だが、どこか棘を感じる。

 オーロラとは親しくないのだろうか。

 女性同士の派閥争いでもあるのだろうか。


「オーロラ様、そろそろお祈りのお時間でございます」

 さすがラベンダー!

 困っている俺に助け舟を出してくれた。

「そうね、では祈りの時間ですので失礼いたします」

 静かに頭を下げた。


「まあ、祈りの時間でしたの、これはお邪魔いたしました。あら、聖女の正装でしたわね。気づきませんでした。ごめんあそばせ」

「こうして私たちが平和に暮らしていけるのも聖女様のおかげでございますわ」


 金髪の女の鋭い瞳が俺をとらえた。

 しっとりと微笑んでいるが、その奥にある醜い残酷さが俺を射った。


 さ、急ぎましょう、ラベンダーに手を引かれ俺たちはその場を離れた。

 二人は去り際の俺たちに聞こえよがしに言った。


「全く都合の良い時期にあの事件なんて」

「あの者の祈りなど、何の効果があるんでしょうかね」


 都合のいい時期?

 なんの話だろうか。


「ラベンダー、さっきの二人は?」

「翡翠色の髪がマリアン王女です。リース王子とは従兄弟同士です。と言ってもマリアン王女の母上は正室ではございませんが」

「で?金髪の娘は?」

「フェリナ様です。お父上は第一騎士団、団長マウク卿です。戦の功績により称号をいただいています」

 つまり側室の娘と功臣の娘か。

 宮殿で大きな顔をするには十分な肩書きと後ろ盾だ。

 だが、なぜ聖女の俺を目の敵にしていたのだ?

 わからぬ。

 特に金髪の娘、王女より落ち着いた身なりをしていたが、その抜きん出た美しさは隠せない。

 だが、その美しさの下にしたたかな野心を感じた。

 気をつけた方がいいと、直感でわかった。


「あまり好かれてはなかったようだけど」

「嫉妬なさってるんですよ」

「嫉妬?私の美しさにか?美しさは罪なものだな」

 冗談で言ったつもりだったが、ラベンダーは真面目な顔でそうですねと言った。



ブックマーク、温かいコメントありがとうございます。

大変嬉しいです。

これから細々と頑張って執筆していけたらいいなと思います。

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