頑張ってメイドをしていたら、ご主人様に溺愛されました
あの寒空の下で食べた温かいパンの味を、私は忘れない。
湯気とともに凍えた手を温め、こんなに柔らかいパンがあったのかという衝撃。一口食べて始めて知った、小麦の香り。
顔をあげれば、青年が視線を合わすように屈んでいた。
深紅のリボンでまとめた、襟足だけ長く伸びた黒髪。右目にかけたモノクルと、その下で優しく見つめる赤い瞳。人間離れした美しい顔。寂しげに微笑んだ口元。
すべてが忘れられない記憶。
パンをくれた青年のことを思い出すだけで、私は胸がキュンとなり、なんでも乗り越えることができた。
――――――――あれから十数年。
着慣れないメイド服を着た私は、屋敷の主の執務室の前で気合いを入れていた。
「よし! 頑張るぞ!」
街の外れにある伯爵家のお屋敷。巷では周囲の森の薄気味悪さと、若い女性のメイドが失踪するとの噂から、お化け屋敷とか吸血鬼屋敷と呼ばれていたり。
でも、私には関係ない。
ずっと会いたかった人。その人がこのドアの向こうにいる。それだけで私の胸はずっとドキドキしっぱなし。
寒空の下で彷徨っていた私に焼き立てパンをくれた青年は、この屋敷の主で伯爵様だった。
森に捨てられていた私を伯爵青年は、自分が寄付している孤児院へ私を連れていってくれて。私はなんとか生きながらえた。あのまま夜を迎えていたら、魔獣か獣の餌食になっていたらしい。
そのことを知った私は恩返しのため、なんとしても屋敷で働きたいと頑張った。その結果、ここにいる。青年はきっとダンディな伯爵紳士になっているだろう。
私は期待を胸にドアノブを握り、大きく息を吸った。
そして。
「たのもー!」
大きな声で執務室のドアを開け、まず怒られた。
※
「ドアを開ける前にノックをしなさい。そして、返事を聞いてからドアを開けること」
「……はい。すみません」
しゅんとうなだれる私の背中を鋭い声が蹴る。
「背筋を伸ばして。すみません、ではなく、申し訳ございません、と言いなさい」
「は、はい! 申し訳ございません!」
私の前には定規のように真っ直ぐ立つ老執事のセシルさん。襟足だけ伸びた白髪を赤いリボンで結んでいる。目は糸のように細く、右目にかけたモノクルが特徴的。
目元や口元に深いシワがあるが、一見すると穏やかな顔立ち。でも、礼儀作法には厳しい。
「今日から仕事ですが、やることは沢山ありますよ。なにせ人手が足りなくて、猫の手もほしいぐらいでしたから」
「頑張ります!」
はりきる私にセシルさんが金色の鍵を出した。
「これは主の寝室の鍵です。私が部屋の掃除を頼んだ時だけ、これを使って入ってください。くれぐれも、必要時以外は入らないように」
「ほ、ほぇ!? い、いいんですか!? そんな大事な鍵を!?」
「主はほとんど不在ですし、貴重品は金庫に入れてありますから。新人が鍵を持っていても、問題ありません」
「ほとんど不在……」
しょぼんとした私にセシルさんがパンパンと手をたたく。
「はい、はい。では、仕事をしましょう。メェル」
「はぁい」
軽やかな足どりでメイドが部屋に入ってきた。フワッとした淡いクリーム色の髪に丸い茶色の瞳。私よりも小柄な体格で、可愛らしい。
「今日から一緒に仕事をするミアです。いろいろ教えてあげてください」
「はぁい。よろしくね、ミア。私のことはメェルって呼んで」
「はい! よろしくお願いします! メェル」
どこかおっとりふんわりしたメェル。直感で仲良くなれる気がした。
※
屋敷の朝は早い。朝食当番の日は朝日が昇る頃に起床。キッチンに火をおこし、シェフのムタさんが、昨夜のうちに作っておいてくれた朝食を温めて食堂に並べる。
しかも、メニューは使用人それぞれで違うので、間違えたら大変。
私と同じメイドのメェルは少食で野菜スープのみ。反対に、牧場係のバウワは大柄な青年で、朝からガッツリ肉を食べる。
あと執事見習いの少年カール君は豆のサラダで、庭師のおっとり青年モーモンさんは大量のトウモロコシサラダ。
で、この料理を作ったシェフで中年男のムタさんは昨日の残った料理。
ちなみに私は、バターとパンとゆで卵。毎朝、柔らかいパンが食べられて幸せです。
感激しながら準備をしていると、みんながやってきた。
「おはよう、ミア。朝の準備は慣れたみたいね」
「えへへ」
「褒めるな、メェル。こいつはすぐ調子にのって失敗する」
バウワが注意しながら椅子に座る。そこにカール君がやってきてチョコンと席についた。
「褒めることは良いことですよ。次のやる気に繋がります」
「メェルもカールもミアに甘いんだよ。なあ、モーモン」
「僕は、別に気にしない。失敗は誰にでもあるから」
のっそりと歩いてきたモーモンさんが椅子に腰かける。
「ありがとう! モーモンさん!」
「どういたしまして」
おっとりと笑うモーモンさんはバウワより年上で、どっしりしてるからか、お父さんって感じ。口うるさいバウワはお兄さん、かな。
いつも優しく仕事を教えてくれるメェルは仲が良いお姉さんだし、カール君は同い年ぐらいだけど、なんか弟みたい。
「おー、食べてるか? オレの飯はいつも旨いだろ」
ムタさんが遅れて食堂に入ってきた。明るくて、気さくで、でも年が離れているからか、ちょっと距離がある。近所のオジさんって感じかな。
いつも通り、わいわいガヤガヤと食べながら、私はふと気になったことを訊ねた。
「そういえば、セシルさんはいつご飯を食べているのですか? 一緒に食べたことがありませんけど」
それまで賑やかだった食堂が、ガラスにヒビが入ったように、一瞬で静かになる。
メェルが白い指を顎にそえて言った。
「えぇっとぉ、あのねぇ。セシルさんはぁ」
「そうだねぇ、セシルはぁ」
モーモンさんまで加わった、おっとりペアの返事を待つ。そこへ、バウワが肉にかじりつきながら言った。
「あいつは、別の場所で食ってるんだよ」
「別の場所?」
「あぁ」
首を傾げる私にスープを飲み終えたカール君が話す。
「セシルさんは仕事が多いですので、その合間にササッと食べているんですよ」
「そう、そう」
「そうなんだよ」
おっとりペアがすかさず同意。私は思わずため息が漏れた。
「セシルさん、大変……」
「そう思うなら失敗を減らせ」
バウワの一言が私の頭を殴る。
「わかってますぅ」
私はごまかすようにパンを頬張った。今朝もパンが美味しくて幸せです。
お腹いっぱいになった私は、さっそく本日のお仕事へ。
いつもなら屋敷内の掃除がメインだけど、それに加えて今日は書庫の本を陰干しする。
本を台車にのせて、風通しが良い日影へ。それから、パラパラとすべてのページを空気に触れさせて、本を開いて立てていく。
とても一日で終わる作業ではないから、天気が良い日に少しずつしているけど、本が大量すぎて終わりも見えない。
私は高い位置にある本を取るため、本棚に備え付けてある梯子を登った。
「すごいなぁ」
梯子の一番上でふり返る。
いつもの視点とは違う、高いところから見る書庫内。様々な本が整然と並ぶ圧巻の光景。古い紙の匂いと独特な雰囲気に、時間を忘れて魅入ってしまう。
「いけない、いけない。仕事、仕事」
意識を現実に戻した私は近くにある本を手に取った。布張りされた分厚い本。それを数冊取って左腕に抱える。
そして、梯子を降りようとして……
ツルッ。
私は見事に足を滑らせてバランスを崩した。
「キャッ」
一瞬の浮遊感。本を抱きしめて目をキツく閉じる。
「危ない!」
セシルさんの緊迫した声が耳に入ると同時に全身に衝撃が走った。床に直撃した割には痛みが少ない。
私は恐る恐る目を開けると、長い白髪が見えた。次に痛みをこらえるように歪んだセシルさんの顔。
「まったく。あれだけ気をつけるように言っていたのに」
「ギャァァァ! す、すみま……いえ! 申し訳ございません!」
私は見事にセシルさんの体の上に座っていた。たぶん落下した私を受け止めて、そのまま下敷きになったのだろう。
「すぐ退きますので、痛っ!」
慌てて立ち上がった私の右足に痛みが走る。セシルさんが屈んで私の足を見た。
「梯子から足を滑らせた時に捻ったのでしょう。下手に歩かないほうがいいですね」
「え? キャア!」
セシルさんが私を横抱きで持ち上げた。しかも軽々と!? その細腕のどこにこんな力が!? いや、それよりも!
「だ、大丈夫です! 私、自分で歩けますから!」
「医務室でテーピングするまでです。少し我慢しなさい」
「恥ずかしいですぅ」
両手で顔を隠す私などお構いなしにセシルさんが廊下を進んでいく。しっかりと私を抱える腕。規則的に鳴るモノクルのチェーンの音。
そして、ほんのり香るバラの匂い。
胸はバクバクのドキドキで爆発しそうなのに、どこか安心できるところもあって……
あー! もう! 感情が一人運動会してる!
私は指の隙間からこっそりとセシルさんの顔を覗いた。
目元や口元にシワがあるが、鼻筋は通っており、唇の形も良い。顔立ちはよく、シャープな顎に細い首。若い頃はイケメンだったのでは? と想像できる。
セシルさんが足を止めることなく私の方を向く。
「どうしました?」
覗き見がバレた!
私は慌てて手をお腹の上に置いて、うつむいた。
「な、なな、な、なんでもないです!」
いや、これ安心なんかできない! ドキドキばくばくの方が強い! 沈まれ! 心臓!
落ち着こうとしていると、私たちを見つけたメェルが駆け寄ってきた。
「どうしたんですか!?」
「ミアが本棚の梯子から落ちて足を捻りました。あ、メェル。ムタから氷をもらって、氷嚢を作ってきてください」
「こ、氷!? そんな勿体ないです! 私は大丈夫ですから!」
季節は秋。寒くなってきたとはいえ、氷が自然にできるほどではない。
なので氷を手に入れるには、冬の間に作られ保存されている氷を買うか、魔法で作られた氷を買うしかない。どちらにせよ、今の時期の氷は超高級品。
戸惑う私を無視してメェルが軽く返事をした。
「はぁい。氷嚢を作って医務室にお持ちすればいいですか?」
「はい、お願いします」
「わっかりましたぁ」
くるんとメェルが反転してキッチンへ駆けていく。
「待って、メェルゥ! 私は大丈夫だからぁ!」
私は手をのばして訴えたけど、メェルはスカートをヒラヒラと揺らしながら去っていった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「本当に申し訳ございませんぅぅぅぅ」
「はい、はい。今はさっさとケガを治しましょう」
再び両手で顔をおおっていた私は、いつのまにか医務室にまで運ばれていた。
「はい。では、ここに座ってください」
普通のベッドより少し高い診察台に降ろされる。ガラス戸の棚に並んだ包帯や金属の器具。鼻を突く消毒液のにおい。
医務室は危ない薬もあるから入らないようにって言われていたから、こんな立派なんて知らなかった。
物珍しさに私はついキョロキョロと室内を見回す。そんな私にセシルさんが説明をしてくれた。
「主は人体に興味がありまして、知識だけなら医師にも引けを取らないほどです。使用人になにかありましても、主がいれば治療をすることもあります」
「すごいんですねぇ」
「できる範囲で、ですが」
話をしている間にセシルさんが私の靴を靴下を脱がせ、足首を動かす。
「痛っ」
「失礼。骨は折れていないようですね。テーピングをして冷やしましょう。書庫の本は私が片付けておきますから」
「だ、ダメです!」
「どうしてですか?」
セシルさんが私の足首にテーピングをしていく。
「だって、セシルさんの仕事が増えちゃう! そうしたら、ますますみんなとご飯が食べられなくなる……」
声がしぼみ、私もうつむく。逆にセシルさんは手を止めて顔をあげた。
「みんなとご飯、ですか?」
怪訝な顔をするセシルさんに私は訴えた。
「だって一人で食べるご飯は寂しいんですよ! みんなでわいわい話ながら食べるから、ご飯は美味しいんです! だから、セシルさんも一緒に食べましょう!」
セシルさんの顔が一瞬呆けたのが分かった。驚きで糸目がかすかに開き、赤い瞳が見える。宝石みたいにキラキラしててキレイだなぁ、と思っているうちに目が閉じた。
「私のことはお気になさらず」
「うぅ……はい」
セシルさんが再びテーピングに戻る。しょぼんとする私にセシルさんが呟いた。
「まぁ、お茶ぐらいでしたら、ご一緒してもかまいませんけど」
「本当ですか!?」
「……はい、これで処置は終わりです。あとは氷嚢で冷やしましょう」
「ありがとうございます! って、それよりお茶ならいいんですか!? どんなお茶がいいですか? お菓子は?」
私の質問から逃げるようにセシルさんが顔を背ける。
「お好きにどうぞ」
「えー! オレンジティーもいいですし、今ならアップルティーも美味しいですよね。あ、ムタさんにシフォンケーキをお願いしちゃいましょうか! ムタさんが焼いたシフォンケーキはフワッフワッで食べると幸せになっちゃうんですよ! あ、でも焼き立てクッキーも香ばしくて美味しいんですよねぇ」
私は胸の前で両手を合わせて想像を膨らます。そんな私を放置してセシルさんが医務室のドアを開けた。
「どうしたのですか、メェル? 盗み聞きなんて、あなたらしくない」
「なんか楽しそうでしたのでぇ。お邪魔したら悪いかなぁと」
氷嚢を持ったメェルが私とセシルさんを交互に見る。セシルさんがわざとらしく咳払いをして、メェルに言った。
「しばらくミアの足を冷やしてから部屋まで送りなさい。必要そうなら杖を使ってかまいませんから」
「私、仕事できます! セシルさんのおかげで歩けます!」
床に足をつけるが、さっきまでに比べたら痛みは少ない。これなら歩けないこともない。
でも、セシルさんが眉間にシワをよせて私を睨んだ。
「今、無理に動いたら治るのに時間がかかります。休める時はしっかり休んで治すことに専念しなさい。では、メェル。あとは任せましたよ」
「はぁい」
「セシルさん、待って……」
バタン。
私の言葉を切るようにドアが閉まる。呆然としている私にメェルが声をかけた。
「ほら、ほら。座って。無理はダメよ。足を冷やさないと」
メェルが私を診察台に座らせ、上げた足に氷嚢をあてる。熱をもってきた足にひんやりとした氷嚢は気持ちいい。けど、気分は沈んでいく。
「セシルさんに呆れられたぁ」
落ち込む私にメェルが可愛らしい目を丸くした。
「どうしたの?」
「失敗ばっかりで、役立たずって追い出されるぅ」
嘆く私にメェルがくすくすと笑う。
「そんなことないわ。セシルはあなたのこと気に入っているもの」
「見え透いた慰めはいらないですぅ」
「事実よ。そうねぇ、そろそろ話してもいいかしら」
メェルが周囲を確認すると、私に近づいて小声で話した。
「ここに来た時に渡された主の部屋の鍵、持ってる?」
「持ってるけど……」
必要時以外では使うな、と言われたけど、今のところ必要になったことがない。そのため、常にポケットに入ったまま。
「人って好奇心が強いみたいね。みんな、十日ぐらいしたら主の部屋を勝手に開けちゃうの。それで、約束守れない使用人はいらないって、セシルにさよならされちゃうから」
「そうなの!?」
「でも、ミアは開ける様子もないし。仕事も一生懸命頑張ってるし」
「けど、失敗ばっかりで!」
メェルが可愛らしく小首をかしげる。
「うーん。たしかに失敗もあるけど、それは減ってるし、ちゃんと成長してるもの」
「成長して、る?」
「うん。セシルが言ってたよ。ミアは失敗したことをちゃんと反省して、次は同じ失敗をしないようにして成長してるって」
「セシルさんが、そんなことを?」
「そうよぉ。それに、ミアが来てから屋敷が明るくなったって。セシルがそんなことを言うなんて、超珍しいんだからぁ。明日は槍でも降るのかと思っちゃった」
そう言いながらメェルがクスクス笑う。
セシルさんが認めてくれていたなんて、なんだかくすぐったい。嬉しいような、胸がぽかぽかするような。
「そっかぁ。私、成長してるのかぁ」
「そう。だから、大丈夫」
「えへへへ」
恥ずかしくて照れ笑いをしてしまう。ほんわかとした空気。そこに落ちる静寂。
顔をあげるとメェルが無言のまま、こちらを見ていた。
「どうしたの?」
「ミアは、今のままでいてね」
「今のまま?」
「うん。なにがあっても、変わらないで」
「私は私だよ?」
首をかしげる私の頭をメェルがなでる。
「そうだね」
そう言ったメェルの顔は笑顔なんだけど、どこか寂しそうで。私はそれ以上なにも聞けなかった。
※
セシルさんのテーピングと、すぐに冷やしたおかげか、私の足は思ったより早く治り、普通に仕事をしている。
ただ、困ったことに……
「ミア、掃除は終わりましたか?」
「は、ははは、はいぃぃ! あと、ここの廊下の窓を拭いたら終わります!」
あれからセシルさんの顔をまともに見れなくなってしまった。声を聞いただけで、胸がはねて。顔なんて見たら、もう心臓が全力疾走を始めるから。
「では、それが終わったら裏庭に来てください」
「はいぃ!」
セシルさんが背中を向けて颯爽と去っていく。その姿を私は雑巾を握りしめて見つめた。セシルさんが廊下の角を曲がり、姿が消える。
そこで私は空を仰いだ。
「ふぇぇん。こんなんじゃあ、お仕事できないぃぃぃ」
セシルさんはずっと年上で。お父さんっていう年齢より上で。それなのに、どこかカッコよくて。凛々しくて。それでいて、落ち着きもあって。
目がついついセシルさんを追ってしまう。
今までこんな気持ちになったことなかった。どうしたらいいか分からなくてメェルに相談したら、
「あら、あら。まぁ、まぁ」
と、微笑まれて終わった。
でも、お仕事は待ってくれない。早く窓拭きを終わらせて裏庭に行かないと。
私は急いで窓を拭いて道具を片付けた。
※
「待って。裏庭で迷子って、それはないよねぇ?」
何度も歩いた裏庭。いつも見る光景。そのはずなのに、さっきから同じ場所を何度も歩いているような。
しかも、霧まで出てきて屋敷が見えなくなってしまった。
「セシルさぁぁーん! どこですかぁぁ?」
私の声だけが虚しく響く。
「こうなったら歩くしかない!」
私は落ちていた木の枝を拾い、気合いを入れて踏み出した。土が柔らかいところに通った証として目印をつける。こうすれば、同じ道を通っているかどうか分かるはず。
こうして永遠と歩き……
「いや、裏庭の広さを超えてるでしょ!」
私は私にツッコミをしていた。そこそこ広い裏庭だけど、さすがにここまで広くない。しかも目印をつけた道を通ることもない。
歩き疲れた私は立ち止まって周囲を見た。すると、ほんのりと輝く灯りがある。
「もしかして、屋敷の明かり?」
道を歩くのがまどろっこしくなっていた私は、草と木をかき分けて、一直線に灯りを目指した。
――――――――その結果。
魔女と出会った。いや、相手は魔女と名乗ったわけではないのだけど、黒い三角帽子に黒いローブと木の杖を持っていて。魔女ではないと言うほうが無理な姿。
魔女が私を見るなり舌打ちをした。
「なんだい。セシルを呼び出そうとしたのに、メイドか。ふーん。あんた、まだ見習いだね」
しわがれた声で私を吟味する。見た目はシワ一つない真っ白な肌に、表情もない鋭い目つきの美人。
でも、声と話し方がどこか年寄りっぽい。
「護符もない半人前だから捻り潰すのも簡単だけど……人質ぐらいにはできるかね」
「人質?」
不穏な空気。というか、話している内容といい不穏しかない。
周囲の霧はますます濃くなってきて、足元さえも隠す。けど、今は逃げないと。
本能が危険だと訴える。
私は少しずつ後ずさりをした。
「おっと、それ以上は動かないほうがいいよ」
シャー!
よく見れば足元をヘビに囲まれている。しかも、今にも噛みついてきそうな臨戦態勢。
「毒蛇だからね。噛まれたら、即死だよ。死にたくなかったら、こっちに来な」
前に進む以外の選択肢はない。
私はヘビに注意しながら歩きだした。霧で足元が見えづらいけど、ヘビゾーンは抜けたらしく、威嚇音が聞こえなくなる。
「よし、よし。じゃあ、そのまま大人しく……」
魔女が杖を持ち上げようとしたところで、私は地面を蹴った。
「えいっ!」
「うわっ」
魔女に全身で体当たり。そのまま振り返らずに駆け出した。とにかく、ここから離れないと。
霧の中から現れる木を避けながら、ひたすら走る。
「待てぇ!」
後方から魔女の叫び声。
私はとにかく走った。でも、霧で足元が見えないから、うまく走れない。何度も転けそうになりながら進む。
徐々に迫ってくる足音。
このままだと追いつかれる!
そう思った時、前に影が見えた。と言っても人ではない。腰丈ほどの、なにかの動物。
「このまま走り抜けろ!」
「バウワ!?」
声はするけど、姿はない。私は言葉を信じて走る。すると、前から大きな犬が。
「ふぇぇぇ」
思わず尻込みしたところで、またバウワの声がした。
「走れ!」
「えーん! どうにでもなれ!」
私は目を閉じて必死に走る。すると、大きな犬が私の横を通り過ぎた。
後ろで魔女が叫ぶ。
「この! うっさい犬っころだね!」
「犬じゃねぇ! 狼だ!」
背後で争う音がする。つい気になった私は走りながら振り返り、足を木の根にひっかけた。
「きゃっ!?」
「危ない!」
倒れかけた私をしっかりとした腕が支える。ほのかに香るバラの匂い。これは……
「セシルさん!」
喜びと安堵で顔をあげた私は固まった。
襟足だけ伸びた長い黒髪。涼やかな赤い瞳。人間離れした美しい顔立ち。そして、右目にかけたモノクル。
「ふぇっ!? えっ!? ごしゅ、ご主人様っ!?」
ずっと会えることを夢にみていた、パンをくれた伯爵青年。その青年が目の前に。でも、あれからだいぶん経っているのに、全然年をとっていない。
まるで、あの頃のまま時が止まったみたい。
混乱している私の前に息を切らした魔女が現れる。
「まったく手を煩わせて。やっと出てきたかい」
青年が私を守るように片腕で強く体を寄せた。目の前を長い黒髪が揺れ、バラの香りが全身を包む。
この感じ……セシルさんと同じような……
美青年に抱きしめられ、甘ったるそうなシチュエーション。でも、実際は空気がビリビリで超不穏な殺気が満ちて。
戸惑う私を置いて、青年が魔女に話しかける。
「毎度、毎度、人の城に不法侵入しないでもらえます?」
「あんたが出てこないのが悪いんだよ!」
「だからって、こんな霧まで発生させて。魔力の無駄使いって言葉知ってます?」
「うるさい男だね!」
耳障りな金切り声が響く。魔女がこちらに木の杖を向けた。
「グダグダ言わずに、おまえの血をよこしな!」
「断ります」
青年がキッパリと魔女の言葉を蹴る。凛とした涼やかな声。状況を忘れて聞き惚れてしまいそう。
「なら、その人間の娘がどうなってもいいんだね!」
鋭く睨みつけられ、その迫力に私の体がすくんだ。青年の右目にあるモノクルのチェーンが心細く音をたてる。
「手は出させませんよ」
「この霧の中で、その強がりもいつまで続くかな!」
魔女が杖を私たちに向けた。青年が私の体を抱えて横へ飛ぶ。すると、先程までいた場所の土が弾けた。
「ふぇぇ……」
思わず声が漏れた私に青年が微笑む。
「心配しないで。これを持っていてください」
そう渡されたのは金色の鍵。私がもっている主の部屋の鍵と同じ。
「あの……」
質問しようとした時には青年の姿は薄くなっていた。
「え!?」
驚きとともに手を伸ばせば、青年の体が霧にとけて消える。
「チッ、どこだい!? 魔力封じの霧の中じゃあ、魔法も使えないから逃げられないだろ!」
周囲を見渡す魔女に青年の声がどこからともなく木霊する。
「霧は私の本質の一つでもあるのでね。魔力が封じられていても問題ありません」
暗い霧の空に穴があき、一本の光の道が降り注いできた。
「なんだい? 眩しいだけ……って、あ!」
一羽のカラスが急降下して魔女の三角帽子を奪い去った。日光を遮る帽子がなくなり、日差しが魔女の白い顔を照らす。
「それを返っ、あぁぁ!」
魔女が顔を押さえて叫んだ。指の隙間から白い陶器の欠片のようなモノがポロポロと落ちる。その先には深いシワとシミに染まった皮膚が。これが本当の魔女の顔なのだろう。
苦悩する魔女の周囲から霧が消えていく。
爽やかな秋風が霧を遠くへ運び、景色が現れた。ここは、屋敷の裏庭と森の境目。遠くに屋敷の屋根が見える。
「さて。これから、どうなさいますか?」
聞き慣れた声。私の前に霧が集まり形を成していく。襟足だけ長く伸びた白髪。それを結ぶ赤いリボン。細い糸のような目に、右目にかけたモノクル。
「セシルさん!」
「ケガはありませんか?」
セシルさんが軽く微笑みながら私の前に立つ。急に恥ずかしくなった私は視線を伏せて頷いた。
「は、はい。大丈夫です」
「それは良かった」
ぽんほんと頭をなでられて沸騰直前のようになる。頭がクラクラして真っ直ぐ立っていられない。
顔が真っ赤になっているであろう私は、それを隠すように両手で頬をおおった。
そこに存在を忘れかけていた魔女の呻き声が響く。
「わ、私の顔をよくも! おまえなんか猫になっちまえ!」
魔女が杖を振り下ろす。
「セシルさっ!」
私はとっさにセシルさんの前に両手を広げて飛び出した。
「キャッ!」
「ミア! ミア!?」
セシルさんの声が遠くなる。全身が痺れ、私は意識を失った。
※
穏やかな声に気持ちがいい温もり。まるで、陽だまりでお昼寝しているみたい。お昼寝……お昼…………
「お仕事!」
私は飛び起きた。
「ミア、良かった。目が覚めたのね」
メェルが覗き込んでくる。けど、なにかがおかしい。メェルの背後は青空。ここは、外?
呆然としていると、椅子に座っているバウワがお茶を飲みながら不機嫌そうに言った。
「せっかく助けにいってやったのに、あんな魔法くらいやがって」
「魔法? そうだ! 私、セシルさんをかばって……って、あれ?」
私の視線の高さがおかしい。私、バウワの膝の位置ぐらいの高さで寝てたの? しかも、外で?
混乱する私の頭を大きな手がなでる。
「まあ、まあ。無事だったので良いでしょう」
セシルさんの声……にしては若い。でも、落ち着く心地よい響き。しかも、絶妙な力加減でなでられて気持ちいい。
ほわぁーと脱力していると、バウワの呆れ声がした。
「それ、無事って言えるのか?」
「可愛らしいので問題ないかと」
「可愛かったらいいのかよ!」
怒るバウワのカップにカール君がお茶を注ぐ。
「そこは本人がどう思うか、ですから」
「たしかにそうだけどさ。で、ミアはどうなんだ?」
「ふぇ?」
「猫になった感想は」
私はゆっくりと視線を落とした。まず目に入ったのは、小さな前足。基本は茶トラの毛色だけど、先は靴下を履いたみたいな白。胸にもふんわりと柔らかそうな白い毛が……
「ふにゃあぁぁぁぁぁ!?」
私は無意識に大声で叫んでいた。
ポンッ!
軽い音とともに視線が高くなる。前足は人の手に戻り、足はメイド服の長いスカート。
「ど、どういうこと!? 夢!? 夢だったの!?」
「残念ながら、夢ではありませんよ」
クスクスと上品な笑い声。私の真横に超絶美人の青年。涼やかな赤い瞳が優しく細くなる。
「ご、ごごごしゅ、ご主人様!」
わたわたと手足を動かし、バランスを崩す。青年が私の体を両手で支えた。
「ほら、暴れると危ないですよ」
「す、すみませ……いえ、申し訳ございません!」
いや、でも待って。この位置って。
私は改めて自分の状況を見た。私の真横にご主人様がいて、私はその膝に横向きで座って……
「も、申し訳ございませんぅぅぅ!!!」
急いで降りようとした私をご主人様が止める。
「いいのですよ。それよりお茶会をしましょう。ほら、ムタがシフォンケーキを焼いてくれましたよ」
テーブルに視線を向ければ、ふんわりしっとり柔かそうなシフォンケーキが。それをご主人様がフォークで一口サイズに切り取り、私の前へ。
「はい、どうぞ」
「え?」
「この場合は、あ~ん、と言うんでしたっけ?」
ご主人様がメェルに確認する。メェルがあらあら、まぁまぁ、と微笑みながら頷いた。
「そうですけどぉ、その前に説明をしたほうがいいと思いますよ、セシル」
「えー、このままでも面白いと思いません?」
ご主人様が残念そうに眉尻を下げる。
「セシル? ご主人様はセシルさんと同じ名前なのですか?」
私の疑問にバウワがお茶を吹き出した。
「おまっ、それマジで言っているのか!?」
「これが普通だと思いますよ。バウワは鼻が良いので、すぐ気づいただけですし」
カール君が素早くバウワが吹き出したお茶を拭く。そこにモーモンさんも同意した。
「僕も、そう思うな。見た目だけだと、信じられないから」
「オレも見た目だけじゃ分からなかったな。臭いを嗅いでやっと納得したし」
ムタさんが追加のケーキをテーブルに置く。この甘酸っぱい匂いはアップルパイ!
私の視線がテーブルに釘付けになる。
「おや、アップルパイの方がお好みですか? 尻尾まで出ていますよ」
そう言われた私は後ろを見て、ゆらゆらと揺れる長い茶トラの尻尾に気がついた。もちろん尻尾の先は白。
「ふぇえぇぇぇぇぇ!? ど、どういうことぉぉぉ!?」
半泣きでパニックになっている私をご主人様がクスクス笑う。
「いいですね。見ていて飽きません」
なぜかご満悦のご主人様。そこにカール君が切り分けたアップルパイをのせた皿を持ってきた。
「あまり意地悪をしていると嫌われますよ。ミア、尻尾がない体をイメージしてください」
「え? えーと……あ、消えた!」
喜ぶ私にご主人様がしょぼんとした顔になる。
「せっかく可愛らしかったのに。残念ですねぇ」
「それより、説明してあげてください」
「はい、はい」
ご主人様はアップルパイを一口サイズに切ってフォークに突き刺し、私の前に持ってきた。
「はい、あ~ん」
「え? えぇ!?」
「どうしてこうなったか知りたければ食べてください」
「にゃっ!? あー、もう!」
覚悟を決めた私はパクッとアップルパイを食べた。甘いアップルソースにリンゴの酸っぱさがよく合う。
「んー、おいひい」
口の中が幸せ。もぐもぐと食べていると、ご主人様が次のアップルパイをフォークで切り分けながら説明を始めた。
「先程のみんなの会話通り、私の名はセシル。あなたがセシルさん、と呼んでいた老執事です」
「ふ、ふぇ!? で、でも姿が全然違っ、んぐ!」
驚きで開いた口にアップルパイを突っ込まれる。美味しいですが、これで黙らせないでください。
もぐもぐしている私にご主人様が続きを話す。
「私は吸血鬼なので年をとりません。それと、魔法も嗜んでおりまして。姿を変えるなんて造作もありません」
「吸血鬼って夜っ、ふぐっ!」
また、アップルパイを突っ込まれた。まあ、美味しいからいいんですけど。ただ、飲み込むまで待ってほしいです。
「私ほどの吸血鬼になれば、太陽も十字架もニンニクも関係ありません。ただ、この強い血を求めて招かれざる客もきます」
「それが、さきほどの魔女ですか?」
「そうです」
あ、今度はアップルパイを突っ込まれなかった。メェルが困ったように顎に手を当てて首をかしげる。
「ここをお化け屋敷とか、メイドが失踪するとか、よくない噂を流して嫌がらせしてきて困ってるのよ」
「どうして、そんなことを?」
「彼女は不老の研究をしているらしく、私の血を欲しがってアレコレしてきています。今回はミアが私をかばって猫になる魔法をかけられましたが」
「それで、私が猫に!?」
「はい。途中で渡したお守りにより、魔法の効果は半減したらしく半猫状態ですけど。寝ている時やリラックスしている時に猫になるようですね。あとは感情が昂ぶった時も」
「あ、あの……この魔法は消せないのですか?」
「残念ながら魔法をかけた魔女本人じゃないと解けません」
つまり、私は半猫状態のまま生活を……
落ち込みかけた私は慌てて頭を振り、意識を切り替える。本当ならご主人様が魔法にかかるところだった。それを私は防ぐことができた。
「ご主人様を守れて良かっ、うぐっ!」
ふんわりしっとり柔らかシフォンケーキが口に飛び込んできた。噛まなくても溶けちゃう。ここは天国? 天国はここにあったの?
シフォンケーキを堪能している私にご主人様が話を続ける。
「使用人たちには私の特製お守りを渡しているので、大丈夫なのですが、あなたは見習い中で渡していなかったことが仇になりました」
「お守りってなんですか?」
ご主人様が次のシフォンケーキをフォークに突き刺す。あぁ、早く食べたい。
「……はむ!」
シフォンケーキが口に入るまで待てなかった私はご主人様が持つフォークに飛びついた。
「おや、シフォンケーキのほうがお好みでしたか」
「幸せです」
「それは良いことです。で、お守りの話でしたね」
ご主人様が私のポケットに手を入れる。
「お守りとは、これです」
「ご主人様の部屋の鍵? 本物の方の?」
「はい。最初に渡した偽物ではなく、先程渡した本物の鍵です。これには私の魔力がこめられているので、ある程度の災いからは守ってくれます」
そこにバウワが不満そうに言った。
「あの霧には効かなかったけどな」
「そもそも、あれは魔力を封じる霧でしたから。ですので、私はあそこでこの姿になっていたのです。本当なら、このお茶会でこの姿を見せて、ミアが驚く様子を楽しみたかったのに」
「驚くって、そんな……あむ!」
もう目の前にシフォンケーキを出されたら食いついてしまう。メェルが羨ましそうに頬を膨らました。
「セシルばっかりミアに餌付けしてズルいですぅ」
「そんなに旨そうに食ってくれるなら、作りがいがあるな」
ムタさんが腕を組んで満足そうに頷く。モーモンさんがのんびりと言った。
「本当、美味しそうに食べるよねぇ。僕は牛だから食べられないけど、ちょっと食べてみようかなって思っちゃう」
「……牛?」
「あら? これも話してなかったのぉ?」
メェルがバウワに冷めた視線を送る。
「なんでもかんでもオレに言うな」
「あ、もしかして霧の中ですれ違った犬はバウワ?」
「犬じゃなくて狼!」
「あ、ごめんな……んぐっ」
謝ろうとしたシフォンケーキを口に突っ込まれた。
「ですので、みんなの分も食べてくださいね」
「ちなみにぃ、私は羊で、カールはカラス。ムタは豚だから」
メェルが笑顔で説明する。私はシフォンケーキを飲み込んで声をあげた。
「え!? みんなも魔女に動物にされたの!?」
全員が顔を見合わせる。そして、笑った。
「違うわぁ。私たちは元々動物で、今は人の姿をしているだぁけ」
「ほぇ?」
「ほら」
かけ声とともにメェルの頭に大きな巻き角が現れる。バウワは犬……いや、狼耳。カール君は腕が翼に。モーモンは小さい牛耳とツノ。ムタさんは……あ、お尻に巻き尻尾ですか。
呆然とする私にメェルが寂しげに微笑む。
「こんな私たちと一緒に働くのは、イヤ?」
私はブンブンと頭を大きく横に振った。
「そんなことない! みんなは、みんなだから! 今までと変わらない!」
メェルの丸い目が大きくなり、それから嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
それまで静かに話を聞いていたご主人様が軽く咳払いをした。
「では、私のことはご主人様ではなく、今まで通りの呼び名で……」
「ご主人様!」
ご主人様が明らかに残念な顔をする。
「どうして、私だけ今まで通りの呼び名ではないのですか?」
「ご主人様はご主人様だからです」
ご主人様がむぅ、と眉間にシワを寄せた。
「では、シフォンケーキはおあずけです」
「えぇええぇぇぇ!?」
「おあずけが嫌なら、セシルさん……いや、セシルと呼んでください」
よい笑顔で私に迫るご主人様。顔が美しすぎて目が潰れそうです。
「ほら、セシルと呼ばないとシフォンケーキはあげませんよ?」
「うぅ…………セ、セシル」
「はい、よくできました」
口に入れられたシフォンケーキはふわふわしっとり柔らかだけど、もう味が分からない! 口の中で溶けたけど、のどを通らない!
でも、ご主人様ことセシルは次のシフォンケーキをかまえて待っていて。
「ほら、ほら。セシルって呼んでください」
「もう、勘弁してくださいぃぃぃぃぃ」
私はセシルの膝で空を仰いだ。