第一章 一
十二月二十日土曜日
これは自警団COLORSの正式発足の一ヶ月前のこと。この時COLORSは異能者の多いというだけの、ただの便利屋だった。前日には迷い猫を探すという平和この上ない依頼や、警察に頼まれて立てこもり犯の相手をしていた。
この日は黒い雨が降って三日目。街には止めどなく異様な黒い雨が降り注いでいた。歳末らしい、肌に痛みすら感じるような、とても寒い日だった。
黒い雨は地に着けば無色の、普通の雨と同じになった。空中にある時だけ墨を薄めたような、真っ黒ではなく少し透き通った黒色だった。
政府は言った。
『これはボムズによるテロと判明しました。今降っている雨は黒く染色されているように見えるだけで、毒性は皆無です。皆さまは解決を今しばらくお待ちください』
政府の声明を受け、ボムズは放映電波をジャックした犯行声明で返答した。
『この雨は幕開けのパフォーマンスに過ぎない。世界が我々を排除しようというのなら、今年のクリスマスに、世界中に大量のプレゼントを差し上げよう。さて、何の罪も持たない国民の皆の衆、官僚共が賢明な判断をすることを祈っていたまえ』
幾重にも重ねて加工された音声は、ブツン、と大きな音を立て声明放送は終了した。
高層ビルに設置された広告モニターに映っていたボムズのロゴは消え、一瞬広告に戻ったと思うとすぐブラックアウトした。
悪くなった視界の中で、傘を持ち上げ、懸命にモニターを見上げていた人々はざわめいた。
ため息混じりに「またか」と小さく呟く。その息は寒さに白くなり、黒い雨に混じって消えた。昨今の情勢ではテロリズムの一つ二つはよくあることで、COLORSもよく駆り出されていた。
広場にあるベンチ群の中央に設置された時計は、正午を示していた。
分針がカタ、と音をたてると同時に、モッズコートのポケットに入れた携帯端末から着信音が鳴った。相手は佐野賢治と書いてある。六回ほどコールが鳴った後、応答を押した。耳に近づけると、ひんやりと冷気すら感じた。
「はい」
「はい、じゃないですよ!今の声明見たでしょう!どこほっつき歩いてるんです!?早く本部にもどってきてください!」
電話口の驚くほど大きな声に、思わず顔をしかめ、端末から耳を離す。
「さっき息抜きに出たきたばかりなんだけど……」
「そんなこと言ってられる事態じゃないんですよ!いいから早く戻ってください、いいですね!」
私の言葉を遮って言い放ち、バツッ、と犯行声明終了時より派手な音をたて、一方的に通話は終了された。端末画面には、虚しく『通話終了』と通話時間は十秒と表示されていた。
戻る前にせめて昼食を買って行こう。普段から近いのと、他店では取り扱われないことの多い菓子類が置かれているという理由でよく行くコンビニに向かった。よく行き過ぎてそこの店員には顔を覚えられ、ちょっとした雑談程度は交わす。あまり親交を深めると、佐野に怒られるけれど。
佐野賢治は私の秘書みたいな役割を担っていて、言わば右腕だ。私が組織を立ち上げるより前からずっと参謀としてサポートしてくれている。きっと今回のテロで、政府から要請があったか何かで苛ついているのだろう。
ちなみに私は冠城迅秀。成り行きで自警団COLORSの団長をしている。「私」という一人称は、佐野が「俺、はなんか荒々しく感じて、民間人を怖がらせるといけないから、私、にしましょう」と言われ、現在に至る。
傘立てに傘を刺し店内に入ると、明るい男性の声でいらっしゃいませ、と聞こえてきた。レジにいる店長だ。私は彼を見て少し頭を下げ挨拶をし、カゴを手に取り飲み物が陳列されている冷蔵庫へ向かった。いつも買うペットボトルのオレンジジュースと、同じくいつも買うボトル缶の微糖コーヒーを二本ずつカゴに入れた。どうせ戻ったら佐野に、デスクに縛り付けられるに決まってる。
カゴの中に団員の分も含めた何種かの弁当を七個と、何種かのおにぎりを十五個ほど大雑把にカゴに入れ、更にブリトーやサンドイッチも適当に入れる。すでに重くなったカゴを持って菓子売り場に行った。佐野はチョコ菓子が好きだからと、三種類のチョコ菓子を追加した。さらに自分の好きな飴を二、三袋ゴソッと入れ、その他にも適当に何種かの菓子を入れ、そしてレジへ向かった。
いらっしゃいませ、とレジへ迎えられ、会釈をしながら、どっしりと重くなったカゴをカウンターに乗せた。
高校生と思しき若い女性が、店長ともにレジ内に立っていた。名札には研修中と書かれていた。店長の後に続いて研修中の子は辿々しく挨拶をする。バイトを始めてまだ数日といったところか。
「三番のタバコをお願いします」
私がいうとバイトの子は高い位置にあるタバコを背伸びして取った。
「あと、いつもの菓子折りありますか?」
「ありますよ、仕事がお忙しいので?」
いつも買い溜めている菓子を見て、店長は言った。私が忙しい時にデスクにかじりついて、いつも買い出しに来れなくなる前に買い溜めると言うのを、テキトウに話したことがあるからだ。正確には現場に出ているからデスクではないが、自警団であることは隠して物書きをしていることになっているのだ。
「ええ、担当にどやされまして。しばらくまた仕事漬けになりそうです。あ、あとそこのあんまんください」
指さしながら、話題を逸らすように追加注文をした。
「かしこまりました」
言うと、店長は研修中の名札をした子に指示をした。私は、ゆっくりでいいからね、と余裕をあげた(帰ったら仕事漬けだから、本当にゆっくりでいい。切実にそう思った)。
「しかし、こんな寒いのにボムズもよくやりますよね。ついさっきこの雨の声明も出しましたし」
と、私が当たり障りない話題を出しあんまんが包まれるのを待った。
「本当ですか。嫌になっちゃいますねぇ、お互い巻き込まれませんよう気をつけないと」
などと苦笑いしながら談笑しつつ、頼んだ菓子折りを紙袋に手早く入れてもらう。どうやら少し手間取ったものの、あんまんもきちんと用意出来たようだ。エコバッグを差し出し入れてもらい、会計を告げられる。
談笑をしながら会計を済ませ、右腕にバッグを提げ、「ではまた」と手を振りながら店を後にする。入口直ぐの傘入れに立てられた自分の傘をとり、買ったばかりの荷物を濡らすまいと右手で傘をさす。どっさりとした右腕と、傘に打ち付ける不穏な雨は、これから行う業務の陰鬱さを、より鮮明にさせる。
「ああ、めんどくさいなぁ」
白い息と共に小さく呟き、事務所本部に向かって歩き出す。その足取りは決して軽いものではなかったのだった。
10分ほど歩き、階段を降りて「便利屋COLORS事務所」と書かれた看板を横目に、事務所の扉を開ける。開けると佐野がスタスタと歩いて来て、荷物を奪うように受け取り、怒鳴られると思いきや落ち着いた声音で言われた。
「警察の方がいらしてます。応接室で待ってますので早く行ってください」
「いつから来てた?」
「つい先程、5分も経っていませんよ。来るだろうと思って電話したんです。食べ物はしまっておきますから、早く行ってください。冠城さんのは冠城さんのデスクの冷蔵庫でいいですね?」
と、エコバッグの口を開けながらテキパキとしまい始める。
「あ、あんまん冷めちゃうからちょうだい」
呆れた顔の佐野はため息を大きくつきながら、それでもあんまんを渡してくる。
「先方だってこんな時間にアポ無しで訪ねてきてんだ。別になんか食ってても文句言えないだろ」
はいはいそうですね、と佐野は言い、また食べ物の片付けを始めた。
「あ、一応私の自己紹介は軽く済ませましたので」
佐野が投げやりに言うのを聞きながら、分かった〜、とガサガサとあんまんの袋を開け、一口大きく頬張り、応接室の扉を開けると、恰幅の良い偉そうな男と、若くてスーツの新しい男と、秘書でもしてそうな眼鏡を掛けたポニーテールの髪型の女がいた。3人はこちらを見ると、少し困惑した表情を浮かべるも恰幅の良い男を筆頭に立ち上がり、一礼した。
「こんにちは、お待たせしました。食べながらですみませんね。まだ何も口にしてなかったもので」
「いいえ、こちらもアポ無しで来て申し訳ないです。いつも来ていた者は離席するわけにもいかず、代わりに私と、新人を連れてきました。私はテロ対策本部警視の武原と申します」
言った武原は頭を深々と下げ、名刺を取り出す。私もコートの内ポケットから同じく名刺を取り出し、名刺交換をする。面倒なので三枚出し、相手の自己紹介が全て終わる前に三人に渡した。
受け取った名刺には「警視庁外事情報部国際テロリズム対策課 警視 武原和巳」と連絡先等々が書かれていた。長ったらしい部署名はまぁ置いておいて、新人も似たような名刺だった。
名刺を受け取ったタイミングで、新人二人も挨拶を始めた。
「私は武原課長の元で働いております、新居新太と申します」
「同じく私は古関好美と申します。よろしくお願いいたします。」
新居は緊張したように大きな声で元気よく挨拶し、古関は不機嫌そうに無愛想に挨拶をした。
「私は当事務所の取り纏めをしております、冠城迅速と申します。さて、早速仕事の話をしましょうか。どうぞおかけください」
言って、もぐもぐとあんまんを咀嚼して座ると、そのタイミングで佐野が入室し一礼、私の近くに立って控えた。控えた佐野に、放るように名刺を渡し、まだ熱いあんまんを口にする。
「先程ボムズの声明がありましたね。それのことでしょうか?」
「その通りです。声明が出る前にはこちらに向かっておりましたが、途中であれがあり、上からも急ぎ依頼してくれとありまして」
「ふむ」
咀嚼を続ける私に、キッと睨む古関には一瞥すらせず私は話を続ける。
「しかしこちらもこの黒い雨で、各所から依頼が来てましてね。先に来たクライアントを無視する訳にもいかないのですよ。それに、我々のような末端の者より、自警団各陣がいますでしょ。そちらには?」
「依頼はする予定ですが、今のところこちらが一番お願いしやすいのです。事務所も近いですし、実力や信頼もある」
「なるほどね。金はあまりかけたくない、と」
天井を仰ぐようにしてまたあんまんを食べ終わると、古関が口を開いた。
「なんなのですかその態度は!食べながら入ってきた時からそんな横柄な対応をするなんて。それにこちらは個人的な依頼をしに来たのではありません。武原さんもそれでいいのですか!?」
怒鳴る古関と慌てる新居、なんとも対称的な二人だ。
「個人的な依頼では無いとおっしゃいますが、古関さん。あなた方より先に依頼してきている人間とて個人的な物もあれば組織的に無視できない物もあります。なにをご存知の上で言っているかは知らないが、事情って物があるんですよ」
「そうだ古関、冠城さんのおっしゃることが正しい。政府に管轄のある自警団ならまだしも、こちらは違うのだから。アポ無しでいきなり来て、通していただけただけでも感謝するべきだ」
「武原さん!」
怒りっぽい古関を制止するように、新居が「まあまあ」と宥める。
「違約金ならばこちらでできる限り用意しましょう。それの他に必要な物があれば出来うる限りお力になるように指示されています」
どうやら武原の上司同様、武原も話の通じる奴らしい。だが、別に、金云々の話ではない。断りを入れるにしろ、時間がいるのだ。
「佐野、現状の案件はどうなっている?」
現状確認のためにも佐野に話しかけると、手帳を取り出し、現在当たっている仕事と出払っている仲間を言う。
「はい、現在件の鉄道会社よりの依頼で四番目と八番目と二十より下の者が数名出ています。また、五番が大学病院からの依頼ででており、六・七・九番も海外遠征中です」
「なるほどね。あ、じゃあガイ呼んできて」
はい、と佐野は部屋を後にした。
「すみません、その、何番目とかはなんの事かお伺いしても?」
「ああ、簡単なことですよ。異能を持った我々は、何かしらが足りていない。それ故にトラブルも多い。だから分かりやすく、実力や異能の強さやそれ以外のことをひっくるめた、簡単に言えば強さ順です。それで我々COLORSは組織内の人間を分かりやすく位置付けしているのです」
つまり、一番は一番偉い、数が大きくなれば下になっていく。それだけの事だ。
簡単に、且つ分かりやすく説明したところで、ドタドタと騒がしく三番目のガイ、式見屋凱が大きくドアを鳴らして入室した。
彼は異能を二種保有し、精神の成長が途中で止まった。それが彼の代償だった。
「リーダー!来たよ!!あれ、お客さん来てた……?ごめんなさい……」
そして彼は少し人見知りの、可愛げのある子なのだ。
「大丈夫、おいで。彼は三番目の式見屋凱。とても頼りになる子です。ああちなみにご存知だろうとは思いますが、私は一番目、佐野は二番目です」
ガイを近くに座らせ大雑把に言うと、武原は頷き、また口を開く。
「ええ、存じ上げております。大まかには聞き及んでおりますので。今回の件には彼も?」
年相応の十八歳の外見で、小学生のようなはしゃぎ方をする人間が出てくれば、当然不安にもなるだろう。だがガイは頭は良いし知識も豊富だ。三番目に相応しいから彼はいる。
「ええ、私や佐野と共に、この子も同行しますが、何か不都合が?」
いえ、と武原は濁すように言う。まあ現場での動きを知ればそんな不安も無くなるはずだ。何せこの子は全てを記憶し利用できる超人的な異能を一つと、触れた相手の思考を探り読み取る事が出来る異能の二つを合わせ持つのだ。つまり、相手の思考を完璧に記憶し、もしそれが何百字を超えるパスワードならばそれを利用出来るし、相手しか知らない技術でも完全にコピーする事が出来る。それに彼は、今のところ佐野と私にしか懐いていない。だから彼が三番目で、そして私の傍にいる理由でもあるのだ。
さて、私と佐野の異能については、まだ話す必要は無いだろう。敵を騙すにはまず味方からと言うが、まだ味方と決まりきった相手に、手の内をバラす必要等皆無だろう。
仕事をしよう。彼らはそのために、依頼をする為に来たのだから。そして、人見知りのガイを呼んだのだから、早く返してやらねば可哀想だからね。もちろん、私が覚えるのが面倒だし、どうせなら一言一句記録せねばならないから呼んだのだけれど。
「まだ本題について、詳しく話していませんでしたね。この雨さえ無くなれば何もこちらは問題ありませんから。さあ、仕事の話をしましょうか」
本当は、依頼を受けて、さあやりますか!で終わらせたかったけれど、文字数制限的に無理でしたので、少しずつ区切りつつ進めていきましょう。