餓死
飽きた。
千年王のこの一言から冥界は混沌に満ちた。
I
餓死。
それが私の死因だろう。
父の残した借金から逃れ、土を食う生活が始まった。それが5年前。よく16まで生きれたと思う。
死んだら何処に行くんだろう。
14のとき、橋の下で世話になったホームレスのオヤジと話したことがある。
「空は暗くて灯りもない。それでいて地面は真っ白なんだ」
川の対岸を白みがかった眼で眺めている。
それからすぐ、オヤジは死んだ。
冬を越せなかったのだ。
自分が死んだというのは認識できた。
体が浮き、身は灰のように溶け骨だけが残る。
それでもなお、意識ははっきりしている。
最期に眼球が無くなったのか辺りは真っ暗だ。
だが不思議と恐怖はない。
すると、急に身体に重さがのしかかる。
落下しているのがわかる。
何かに到達した。それが地面なのか分からない。
不意に朝の目を開ける感覚を思い出す。
起きるとそこは何もない、黒い空に白い地面が延々と広がっている。オヤジの言っていた通りだった。
もう死んだのか。
足元から聴こえた声に目を向ける。
声の主は頭蓋骨だった。
儂を拾い上げろ。お前に身体をやる。
言われるがままに掴み上げると、黒い液体が頭蓋骨から流れ出し纏わりついた。
千年王を討て。
頭蓋骨は白い砂となり地面と一つになった。
纏った液体は骨を覆い、黒い肉体となった。
それから私は走った。
千年王が何かは分からない。
やり直せるなら。
そう思って生きてきた私にとって、どんな形であれ機会を得たことが嬉しかった。
前方に黒く大きな物体が見えた。
ようやく見つけた"何か"に近づく。
「助けて」
硬いものが破れる音と共に黒い物体が振り返る。
「喰わせろ。喰わせろ。喰わせろ」
笑っているような、鋭く尖った無数の白い牙が踊るように波打つ。
次の瞬間、牙の一つが私に向けて発射された。
それは左脚を貫き、黒い液体が漏れる。
痛い。それは生きていたときと同じものだ。
膝をつく私にニ射目が放たれる。
砂を掴め。
咄嗟に握った砂を牙に向けて投げる。
砂は唸り声のような音と共に灰色の骸骨が現れ、牙を弾いた。
命令しろ。
何処からか聴こえる声の通り発言する。
「倒せ」
骸骨は唸り声を上げながら黒い物体に向かって飛びつくと、噛み付き始めた。
悲鳴を上げる物体は後ろに身体を逸らす。と同時に、ぐんっ。と私の体は物体に引き寄せられる。どうやら脚に刺さった牙はまだ奴と繋がっているらしい。
「喰べる」
そう言いながら無数の牙を外側に開くと、まるで人間の口の様な部位が現れた。
このままでは喰われる。咄嗟に骸骨に叫ぶ。
「守れ」
瞬時に口の間に入り、顎が閉じるのを防ぐ。
引き寄せられる前に掴んでおいた砂を再び巻き上げる。
再び唸り声と共にもう一体の骸骨が生成された。
二体目に脚に刺さった牙を抜かせ、命令する。
「倒せ」
二体の骸骨は黒い物体に喰らい付く。
おびただしく飛び散る黒い液体の量と比例して身体は小さくなり、最終的には私と同じ人型となった。
二体の骸骨は自動的に行動を止め、立ち尽くしている。
「痛い。痛い」
両膝を突き項垂れている。
「話せるか」
「うぅ」
ゆっくりと小さく頷く。
「お前は何だ?」
「うぅ、シ、シニタイ」
「千年王とは?」
「喰ってくれェえ。は、はやぐぅ」
苦しんでいる。襲われたとはいえ、酷い目に遭わせてしまった。
骸骨に喰わせろ。
また声が聴こえる。しかし、喰う、というのは死後の世界で再び死ぬということなのだろうか。
"死ニ体"は喰われても死なない。砂になるだけだ。
しかし、こいつには意識がある。
これ以上苦しませることが救うことにはならない。ならばせめてお前の一部にしてやれ。それが最善だ。
確かに私に方法がある訳ではない。
「喰え」
小さく、私は命令した。