1/1
「」
ずっと夢の中にいるような気分だった。いつからそういう風に感じていたのかと聞かれても私は答えられない。今ここに立ってようやく、この長年感じていたふわふわとした気分に、なんとなくの名前を与えることができたくらいなのだから。
「本当に行くのか」
背中で聞いた彼の声はいつも通りだった。いつも通りの、低くて、暗い声だった。もっと早くここに立っていればよかったのかもしれないと、私はなんとなく後悔した。
「お前が行ったら、俺は、少し寂しいよ」
本当に少しだけ、寂しそうな声だった。
「本当に、行くのかよ」
彼はもう一度そう聞いた。鼻をすする音が聞こえた。彼はきっと泣いていた。私も泣いていた。うん、行くよ、とつぶやいた私の小さな声を掬い上げてくれた彼は、小さく嗚咽した。
「ありがとう」
「何が」
「いつも」
「だから何が」
「愛してくれて」
彼にこれを言うためだけに今まで生きてきたのだと、私は急に腑に落ちた。当然だろと言って笑った彼の顔が、振り返らなくても見えた。
「すぐには行かないぞ、俺は」
そう言って、彼は私の背中を押した。