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君はほんとに手段を選ばない  作者: 森野みき
3/3

失敗

結論から言うと、その目論見は功を奏さなかった。


 翌日、柳真の屋敷にあらわれた文君は、小さな庭でしおしおと木の葉の掃除をしている秋玲を見て、ぶっと思い切り吹き出した。


「文君!」


「いや、···すみません。姐さんの顔が面白すぎて」


「なによ!ざまあみろと思ってるんでしょ!顔に出てるわよ!ほんとキライ」


 苦虫を噛み潰したような顔で、秋玲は竹箒の上に顎をのせて文君を睨み上げる。

 文君はますます声をあげて笑った。


「···金持ちくんは、お出かけですか」


「その言い方、完全にバカにしてる」


「まさか。名前を知らないだけです」


「―――出仕したわ。今日は夜番だから、朝まで帰ってこないんですって」


「ふむ。それは良かった」


 意味ありげに文君は微笑むと、木から庭へ飛び降りて近寄ってきた。

 秋玲は思いきり文君を威嚇する。


「···何よ。見ての通り色々やらかしてるけど!私はまだ諦めてないし、絶対に楊州には戻らないんだからね!」


「まだ何も言ってませんよ」


 言って、秋玲が泣きそうになっている原因に、あからさまな視線を投げる。


 こじんまりとした庭。


 それに面する、部屋も三つほどしかないだろう、小さな小さな古ぼけた屋敷。


 壁の一部はひび割れ、屋根からは謎の草が大量に顔を出している。


 柳真いわく、屋敷の裏手には家庭菜園があり、食糧は基本的にそこでまかなっているとのことだった。


 つまり、どう考えても、選択を誤ったとしか思えない。


「文君。―――ひょっとして、知ってた?」


「まさか。知っていたら、止めますよ。こんな貧乏武官のもとに行くなんて」


 文君の言葉に、秋玲は深く息を吐き、再び庭の掃除を再開する。


「あんたってほんと最低。絶対に面白がってるでしょ。隠しても出てるわよ」


「さすがのあなたも誤算だったんですね。これはこれで····ぶっ、すみません。やっぱり面白い」


「殺すわよ。この竹箒、尻にさされたいの?」


「すみません。笑うのやめます。いだっ!」


 秋玲は容赦なく竹箒で文君の脛をうち叩いた。

 そして、昨日のことを思い出すかのように、遠い目になる。


「はー、だって、武官なのよ?科挙通ってるなんて、絶対貴族のボンボンだと思ったのに···」


 ついに正直に落ち込み始めた秋玲は、しゃがみこんでしくしくと恨み言をこぼし始めた。

 ぶちぶち、と庭の草をむしりながら。


「しかも、あんな高級娼街に頻繁に出入りしてるってことは、絶対に金持ちだって思うじゃない! こんなの反則よ! ····ねぇ、百歩ゆずって、ここって別邸なのかな?!得体の知れない女だから、ここに置いていかれたのかなぁ?!なんなの、このボロ屋敷!謎の家庭菜園!」


「···さあ、どうなんでしょうね。いいんじゃないですか?姐さんもちょうど、楊州でも家庭菜園してたじゃないですか。才能を発揮してください」


 実際のところ、文君は、なぜ柳真がこんなところで暮らしているのか知っている。

 それを押し隠しながら言って見せると、秋玲は涙でぐちょぐちょになった顔できっと睨んだ。


「···うるさい!黙んなさいよ!もうほんとは何もかも知ってるくせに!」


「··········」


 文君は、こほん、と咳払いした。


「知りませんよ。本当に」


「·····良いわよもう。自分でなんとかする」


「···············すみません」


「ほんとに性格悪いわね」


「···まあ。良くはないかもしれませんけど」


 適当な顔を言うと、秋玲は鼻を鳴らして、竹箒の周りに集まった木の葉に四川を戻した。


 それから不意にハッとしたような顔になって、黙りこむ。

 

 何を考えているのか。


 そして、ややあって顔を上げて、言ったのは。


「···ねえ。これ、まともな人の生活になるのかなぁ」


「··········」


 何かと思えば、そんなことをわりと真剣に聞いてくる秋玲の顔を見て、文君の全身の力が抜ける。


 そういえば彼女の本来の目的はそこだった。


 とりあえず同意してあげるのは、文君なりの優しさだ。


「まあ、山賊よりまともなんじゃないんですか?追われてないし」


「···そっか。うん、確かに」


 ちょっと嬉しそうになる。


 こういうところは本当にアホだな、と文君は思ってしまうが、仕返しが怖いので口には出さない。


「まあ、せいぜい、虫を怖がるフリ、頑張ってください。僕はそろそろ一旦楊州に帰って、経過報告をするように言われてますので、二、三日留守にします」


「ふん、相変わらず父さんの犬ね」


「まあ、お給料もらってますんで」


 そのまま颯爽と去っていく文君の姿を冷ややかな目線で見送ると、秋玲は、再び庭掃除を再開しながら、ある考えを巡らせた。

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