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猫の仕返し

作者: 紳士
掲載日:2019/05/18

 ある一人暮らしの男が起きると、テーブルの上に白猫が座っていた。どこから入ってきたのか見当がつかないその猫は、寝起きでぼうっとしている男をじっと見つめており、睨んでいるようにも見えた。


 どうして猫が。と、男は、不思議に思いながら起き上がり、片耳に傷がある猫に近づく。すると、


「へぶっ⁉」


 あとテーブルまで一歩というところで、急に猫がジャンプして男の頬に猫パンチ! 見事命中し、男は体勢を崩した。


 一体何なんだ。肉球が食い込んだ頬を撫でながら男は床に着地した猫を見る。しかし、そこに猫はおらず――


 ――人間の少女がいた。おそらく中学生くらいの、白いワンピースに身を包んだ少女が感情の読み取れない無表情でこちらを見ていた。


「な…ど、どどどど……」


 さっきの猫はどこに? 目の前の少女は誰? こういうときにかけるのって警察? それとも他の施設? あまりに驚きすぎてどうでもいいことまで考えがまとまらない。


「……私は仕返しに来た」


 いきなり口を開いた少女の言葉に、思わず面食らう。


「もしかして、俺が君になんかしたとか…?」


「いや、あなたは何もしてない」


「ならなんで仕返し? 一体何の仕返し? Why?」


 思わずイングリッシュになってしまう男。少女は全く表情を変えず淡々と話し続ける。


「私はあなたの先祖に弄ばれた」


「だから子孫である俺に仕返しに来た…?」


 少女は頷く。でも、と男は反論を始めた。


「俺が君になにかした訳でもないのに…ていうか君は一体俺の先祖に何され――」


 何されたんだ? と言いかけ、男は口をつぐむ。目の前の少女が、拳を固く握り、顔を真っ赤に染めていた。


 しょうがない。一応は少女の見た目をしてるせいで外に出すにも良心が痛む。休日だし今日一日くらい付き合ってあげてもいいか。と思い、男は家にいることを許した。


 とりあえず朝食を食べるか。そう思って米を炊き、二人分の朝ごはんを作ると、少女がそれをパクパクと食べ始めた。


「なんで一人で二人分食べてるのかな…?」


「仕返しに来たんだから、当たり前」


 なんとまあ微妙な仕返しだな。変わらず無表情のままご飯を食べ進める少女を見て、少し呆れる男。しかしたまに無表情の仮面が取れて顔がほころぶ。それを男がニコニコしながら見つめていると、少女は思い出したかのように無表情の仮面をつけ直す。その様子が少し微笑ましかった。


 結局二人分食べきれず残した分を男が食べ、皿を洗おうとすると、


「なあ、邪魔なんだが」


 何を思っているのかシンクの中で、猫の姿に戻った少女がくつろいでいた。


「…まさかそれも仕返しのつもり?」


 猫は頷くとシンクの中で伸びをする。このままじゃあ洗い物ができず、迷惑極まりないので男が猫を持ち上げようとして迂闊に手を近づけると、猫パンチが炸裂した。しょうがないので男は蛇口をひねる。


 猫は水を浴びて驚いたような鳴き声が上げ、水浸しになってしまった猫はシンクから逃げ出す。身を震わせ雫を撒き散らしたあと、猫は少女の姿になる。しかしまあ少女の姿になっても濡れているのには変わりないわけで、男は少女から視線を逸らす。濡れたワンピースが肌にぴっちりと張り付き、いくら少女とは言えどもこれはまずい。


「……?」


 だが少女はなんで視線を逸らすのか理解してないのか、視界に回り込んで入ってくる。


「ああもう早く着替えろ! ってかもっと恥じらえ!」


 その言葉でやっと自分の姿を見る少女。そしてどんな状況かやっと理解できたのか、今更顔が紅潮させ――パシーンと小気味いい音が鳴って、男の頬も紅葉形に赤く染まるのだった。


 それからも微妙な仕返しを繰り返す少女。今度はふと目を離した隙に冷蔵庫の中を物色していた。首根っこをひっ捕まえようとしたがすんでのところで逃げられ、玄関から外へと出ていった。冷蔵庫からはカニカマがなくなっていた。


 少女は外で戦利品の開封をしていた。外と言っても玄関出てすぐの道路だったが。


 10分ほど苦戦するも、なんとかビニールを開けることができた少女。カニカマを手に持って食べようとしたその時だった。空から一羽のカラスがカニカマに目をつけ襲ってきた。


 早く口に入れてしまえばいいのに、あるトラウマから猫は動けなくなっている。しかも最初は一羽だったカラスがどんどん増えていく。


「――やめろ!」


 声のした方向を見ると、玄関の前に男がいた。男は少女に駆け寄り、カラスに囲まれる少女の肩を掴んで抱き寄せる。びっくりしたのかカラスはカニカマを諦めどこかへ飛んでいった。


「大丈夫だったか?」


 男は胸に抱いている少女に聞いた。その真剣そうな顔を見て、男の先祖のことを思い出す。


 少女がまだ子猫のとき、同じようにカラスに襲われ片耳をかじられたことがあった。その時に助けて応急処置をしてくれたのが男の先祖だった。


 少女は泣いていることがバレないように、涙を袖で拭って、未だ離さない男の手を払いのける。


「大丈夫に決まってる……でも」


 少女は恥ずかしそうに顔を背けて、それでもしっかり男の目を見つめて言う。男の先祖に言えなかった言葉を。


「――あ、ありがと」


「そっか、よかった」


 男が少女の頭を撫でる。思わず赤くなってしまう顔を見られないように、少女はうつむいた。

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