レナちゃんの事情
「そういうわけだから…ねえ、ワシくん。ただの迷子と言って捨てるのは、少し冷たいのじゃないかな。レナちゃんにとっては、これは大問題だよ」
「むう。まあ、そうかもしれん」
「さあ、レナちゃん。話してごらん。どうして迷子になってしまったんだい? お父さんやお母さんと離れてしまったのかい?」
「そもそも、こんな嵐の日になぜ出歩いていたのだ?」
亀と鷲が口々に尋ねます。亀はもちろんのこと、口は悪いですが、鷲もまたレナちゃんのことを心配しているようでした。
「レナちゃんね、今日はマリちゃんのおうちに泊まるはずだったの」
「マリちゃんというのは、お友達かい?」
亀の問に、レナちゃんは無言でうなずきます。
「マリちゃんね、レナちゃんととってもなかよしなのよ。それでね、昨日からマリちゃんのおうちにあそびにいっていたの。ほんとはね、今日の朝にはお迎えにきてくれるはずだったのよ。でも、これなくなったんだって。電話があったの」
話しているうちにも、一度は引いた涙がまたも溢れ落ちようと、レナちゃんの瞳の中でゆらゆらと揺れています。
「レナちゃんは、お泊りするのは初めてだったのかい?」
亀が優しく尋ねると、レナちゃんはこくりとうなずきました。
「昨日は、頑張ってお泊りできたのだね?」
「一日だけのはずだったから…」
「レナちゃんのお父さんかお母さんに、今日も泊まってくるようにと言われたのかい?」
「うん。今日は午後から嵐がくるからって…」
「それはアタリだな。ごらんの通りのお天気だ」
鷲は、傘の下から、どんよりとした空を仰ぎながらつぶやきます。
「もう一日だなんて、むりぃ…っ」
「それで、マリちゃんとやらの家を出てきてしまったのかい? こんな嵐の中をさ」
呆れたように言う鷲に、
「ちがうよ」
レナちゃんは、ふるふると首をふります。
「レナちゃんがマリちゃんのおうちを出た時はね、まだぱらぱら雨だったのよ」
「だが、風はかなり吹いていただろう?」
「そよそよ風しかふいてなかったわ」
「うん? 雨はついさっきまで小雨だったが、風はだいぶ前から強かったと思うが。マリちゃんの家は、そんなに遠いのか?」
「昨日、おとうさんと一緒にいったときはね、お歌をみっつうたうあいだに着いちゃった」
「歩いて行ったのかい?」
「うん」
「なんだ、近いじゃないか。お歌って、まさか演歌とかじゃないだろうなあ? それなら、一曲あたりが長そうだが…」
「ワシくん、ワシくん。さすがに、演歌はないのじゃないかなあ」
ふたりの会話を聞いていた亀が、横から口を挟んで言いました。鷲と亀を交互に見つめながら、レナちゃんはきょとんとした表情をしています。
「だからさ、つまり、迷子なのじゃないかい? レナちゃんが、さっきそう言っていたじゃないか」
「ふうむ、そうか。そいつは弱ったな」
「ねえ、レナちゃん。もう泣かなくていいよ。おいらたちがさ、レナちゃんのおうちまで送って行ってあげるよ」
亀の言葉に驚いたのは鷲です。
「ちょっと待て、カメよ。おいらたちというのは、まさかワシのことも含まれているのではないだろうな?」
「もちろん含んでいるとも」
亀はこともなげに言い放ちました。
「なにを勝手なことを…」
「だって、レナちゃんはおいらの命の恩人だもの」
「それはお前の話だろう」
「それなら、ワシくん。きみが今、羽を休めている傘はいったい誰のものだい?」
「……」
「レナちゃんは、おいらにとってもワシくんにとっても大恩人なのだから。なんとか力になってあげようじゃないか」
亀の言葉にしばらく考えていたらしい鷲ですが、ひとつ深いため息をつくと、こくりとうなずいて言いました。
「いいだろう。いろいろ考えたが、ワシも今ここで傘を取り上げられたら困る」
「よかったね、レナちゃん」
亀が見上げると、レナちゃんはにこりと笑って、
「うん!」
と、元気いっぱいにうなずくのでした。