空の王者の天敵
鷲は、驚いたようにこちらにその鋭い眼差しを向けています。けれども、女の子は少しも怖いとは思いませんでした。それよりも、こんなにも腹の底から声を出したことはいまだかつてなく、そのことに彼女自身が驚いていたのです。
鷲は女の子を一瞥したのち、またも岩の上空を羽ばたきながら狙いを定めます。
「やめてったら!」
女の子はまたも叫びました。
「どうして、その子を落とそうとするの?」
「お前こそ、なんだって止めるのだ?」
鷲が、ぎろりとこちらを睨みつけながら言います。
「その子、さっきから助けてっていってるじゃない」
「それがなんだ? お前たち人間は知らないだろうが、自然界には共通の掟があるのだ。弱肉強食というやつさ。捕まるヤツが愚かなのだ」
「あなたは、その子をどうするつもりなの?」
「この亀は、硬い甲羅に隠れて身を守る。だから、あの岩に打ちつけて甲羅を割ってしまおうと言うのだ」
「そして、どうするの?」
「中身を引きずり出して喰うのよ」
「え…たべちゃうの?」
「そうさ」
「そんな…やめてよ。かわいそうだよ」
「なにが可哀想なものか。こいつらだってミミズを喰らう。ザリガニだって喰らう。他の生き物を喰らって生きているのだぞ」
「あなたもだれかにたべられちゃうことがあるの?」
「ワシは空の王者だぞ」
「なら、あなたはたべられることなんてないんじゃない」
「それは、ない。だが、ワシらにも天敵はいる」
「てんてき…?」
「ワシらを追いつめる者のことだ。それはな、お前たち人間よ」
「え…」
「ワシらは生きるために他の生物を喰らう。だが、お前たち人間は、娯楽のためにワシらを殺すではないか。鷹狩りなどと称して、これまでに一体どれほどの兄弟たちが犠牲になったことか」
「そんな…そんなの知らない」
「お前が知らなくても事実はそうなのだ」
話は終わりとばかりに、鷲は亀を岩に叩きつけようと高度を上げていきました。
「やめてくれっ」
それまでふたりの様子をうかがっていた亀ですが、いよいよ叩き落とされると思ったのか、鉤爪の下で哀れな声をあげています。
「なにをいっているのかわからないよ。でも、やめて」
鷲は、さらに高度を上げます。
「もう…やめてったら!」
ひときわ大きな声で叫んだ時、ごろごろどっしゃんと、閃光を放ちながらカミナリさまがご降臨されました。その直後、今までとは打って変わり、視界が霞むほどの豪雨に襲われたのです。
「こりゃたまらん」
鷲は、やむなく河原に降り立ち、亀を解放しました。ほっとひと息ついている亀を横目に、女の子の持つ壊れた傘の中へと身を寄せながら言います。
「ワシの天敵はもうひとつあった。こんな雨の中では、空の王者も形無しだよ」