第八話 ジャージャーの向こうへ
「ともかく、舟は持って行ったんだ。ジャージャー(堰)を越えて川に落ちたなら、かえって好都合さ。」
ムスビが舟でみんなの先頭を進みながら言いました。
「ごめんよ。ぼくの提案でこんなことになってしまって。」
ウタオに謝られて、ユニオはせわしく頭を振ると、「他に、方法、なかったもの。」と悲しそうに言いました。
「ケラちゃんはしっかり者だから、きっとうまく川に降りているわよ。」
ツキヨは、二人に舟を寄せるとこう言って励ましました。
川の流れが速くなってきたので、舟はこがなくてもぐんぐん進みました。
この先には、ムスビの言う(小人たちにとってはナイアガラの滝ほどもある)大きな堰がありましたが、堰の横手には、魚が上流と下流を行き来できるように魚道が作ってあったので、小人たちはそっちの方へ舟を進めました。
魚道だって、小人たちにしてみれば、白波の渦巻く危険な急流に違いありませんでしたが、ケラを一刻も早く探したかったので、一度川岸に上がって、下流まで歩いてから、再び川に出る、なんてのんきなことは、とてもしていられませんでした。
魚道の入り口が近づくと、舟はますます速度を上げて、やがて吸い込まれるように、急な下りの流れに入って行きました。
コンクリートの高い塀に囲まれた、左右に曲がりくねった魚道の中は、音がとてもよく響きます。たとえ小人たちが、お互いに声をかけ合ったとしても、波やしぶきが反響した大変なやかましさの中で、すっかりかき消されてしまったでしょうし、舟が宙返りしそうなほど飛び跳ねていたので、もし騒音に負けじと叫んだりしようものなら、とたんにしたたか舌をかんでしまったことでしょう。
ともかく、目まぐるしく変わる流れの中で、もうへさきを進路に向ける事さえできなくなった小人たちのできることと言ったら、舟から投げ出されないように、舟べりをしっかりつかみ、できるだけ舟の中に水が入らないように、左右から舟べりをしっかり引っぱっておく事くらいでした。
ふいに、景色がぱっと開けて、小人たちの舟は、緑の草が茂った川岸の見える大きな川の、波立つ流れの中をゆっくりと進んでいました。
ウタオが振り返ると、先ほどの堰は、もうずいぶん遠くになっていて、川幅いっぱいに落ちた流れが、堰の下でゴウゴウと白いしぶきをあげていました。
「また沈没だ。だれか乗せてくれえ。」
誰かが大きな声で叫んだので、沖の方を見ると、舟底に穴が開いたらしいムスビが、かいをひしゃく代わりにして、水をしきりに、舟の外にかき出していました。ウタオがすぐに舟をこぎ寄せて、ムスビがすっかり沈んでしまう前に、自分の舟に乗せてやりました。
舟は二人の重みでぐっと沈み込みましたが、幸い船縁ぎりぎりで水は入って来ませんでした。
つづく