第七話 チョビのように立派な案
「よくこんなとこのぼったなぁ。」
ムスビが感心して言ったので、ケラは、
「ぼくが得意なのは、がけのぼりと、木のぼりと、山のぼりだよ!」
と胸をはって言いました。
「一人で、こっちまで舟を運んで来られるか?」
ムスビが聞きました。
「だめだめ。岩のすき間をくぐらなきゃいけないところがあるもの。」
二人のやりとりを聞いて、ウタオが、
「ひとつ方法があるよ。いい方法かどうかは分からないけれど。」
と、自信なさげに言いました。ムスビは、さっきウタオの提案を試したら、ひどい目に遭った事を思い出して、
「オプオプに蹴飛ばされる方法か?」
と尋ねました。
「たぶんその心配はないよ。」
ウタオはよくよく考えてから、肩をすくめて答えました。
それで、ムスビは、「じゃあ、さっきよりはいい方法だな。」
と、納得ました。
「ケラは舟のあるところで待ってろよ。」
ウタオがそう言ったので、ケラは崖の端から頭を引っ込め、小人たちは、ウタオについて、ひとまず山を下りて行きました。
ふもとの岸辺まで来ると、ウタオはみんなを、さっきツキヨと探検した島の裏側の道に連れて行きました。
そこから山を見あげると、中腹の岩と岩の合い間から、頂上が少し見えたので、ウタオは大きな声で、「ケラ、見えるかい?」と呼びかけました。
すると、頂上で、小さな小さなケラが手を振っているのがかすかに見えました。
「これから、ケラに舟を投げてもらうから、みんなでそれを受け取るんだよ。」
ウタオの説明を聞いて、小人たちはようやく、ウタオの案というのがどんなものか分かりましたし、これ以上ない上手い案だとも思いました。
ウタオは続けて、
「この道は中腹まで登れるから、上の方で受け取る人も決めるんだよ。そうして、上の人から下の人へ、順々に舟を渡して行くんだ。」
と言ったので、ツキヨはすっかり感心して、
「チョビ(お父さんのひげ)のように立派な案だわ!」と言いました。
そこで、みんなはふもとをツキヨに任せて、それぞれに斜面を登って、高い方から順に、ムスビ、ウタオ、ユニオというふうに、一列に並びました。
ムスビが、山の頂上を見あげて、「よーそろー!舟を落とせえ!」と叫びました。するとケラが「おーけーさー!」と返して、ほらの中から落葉を一枚担いで来ると、ムスビにねらいを定めて、崖の端から放り投げました。
もし、これが私たち人間だったら、どんなに小さな小舟だって、下の人に狙いを定めて放り投げるなんて、危なっかしくてとても見ていられません。でも、小人たちの舟といえば、薄くて軽いただの落葉ですから、小さいものだったら、こんなふうに一人で担いで来られますし、高いとこから放り投げたって、ふらふら舞い降りるばかりで、ちっとも危ないことはないのでした。
ほら、ムスビを見ていると、落葉の動きに合わせて、岩棚の上で右往左往してから、ちょうど真下で、両腕を広げて上手に受け取ったでしょう?
これもまた、小さいって事の便利なところなのです。
そんなふうに、ケラは何度かほら穴と崖っぷちを往復して、落葉を投げ落としました。なにしろ、落葉はどれも、一人乗りほどの大きさしかなかったので、五人分だと、五枚必要でしたし、かいを作るための落葉も要りましたし、上手くムスビに舞い降りずに、風に吹かれてどこかに飛んで行ってしまう落葉もあったので、その分、ケラはたくさん、ほらと崖っぷちを往復しなければなりませんでした。
そうこうするうちに、とうとう、ほらの中の落葉があと一枚になったので、ケラは落葉を崖っぷちまで運んでから、「もうこれ一枚きりだよ。逃がさないようにね。」とムスビに言いました。ムスビは、「おれが逃がしてるんじゃないや。舟に逃げるなと言い聞かせろよ。」とどなりました。
そこでケラは、落葉にしかめっ面を寄せると、「逃げるなよ。お前が逃げると、ぼくらのうちの誰かが、舟に乗れなくなるんだからな。」と言って、掛け声と一緒に頭の上に持ち上げました。
ところが、その時ちょうど、川風が強く吹き渡ったものですから、落葉はケラを引っぱって崖っぷちからしきりに空へ飛んで行こうとしました。ケラは足をつっぱって踏ん張りましたが、とても辛抱できずに、ふわりと崖から離れると、落葉にぶらさがって、川下の方へふわふわと飛んで行きはじめました。
「おい、どこへ行く!もどって来いよ!」
ムスビが叫びましたが、ケラは、「分からないよ!」と言いながら、どんどん石倉の島から離れて行きます。
小人たちは大あわてで、岩山をかけ下ると、ツキヨが作っておいた落葉を切り抜いたかいを受け取って、それぞれの落葉の舟に乗って川に漕ぎ出しましたが、ケラをぶら下げた落葉は、もうずいぶん遠くに飛んで行ったらしく、空のどこにも見当たりませんでした。
つづく