鑑定士
森に入り、緑魔湖を目指す。
身体への負担も考えて魔王の魔眼は使わなかった。一応予備の剣は装備してきており、途中で遭遇した魔物は討伐していきながら進んだ。
やがて緑魔湖に着く。
そこはやはり水が枯渇しており、深く地面が陥没しているだけだった。エアウテータは以前と変わらぬ位置で咲いていた。
「どうすりゃいいんだ?」
『水を吐き出すように命令することを勧めます』
そう言われ、俺はエアウテータに口元を近づけ、水を全て戻すように命じた。
瞬間、エアウテータは蔓を伸ばし、そこから凄まじい勢いで水が噴射された。あっという間に緑魔湖はいつもと変わらぬ姿へ戻った。
役目を終えたエアウテータは消えた。
「ふう、これでひとまず大丈夫だろ」
「…あれ?」
背後から男の声がしたので見てみると、そこには見知った男がいた。あの少女の父親である。
「あ、あなたは…アルマさん!」
父親は俺の名を知っていた。たぶん、センナから聞いたんだろう。
「娘を…ミサを救ってくれてありがとうございます!」
父親は早足で俺の元へ駆け寄り、両手で俺の手を包んだ。その目には僅かに涙が浮かんでいるように見えた。
「あの、なんでこんな所に?」
「先日センナさんから話を聞きまして…娘がここで倒れていたと聞いたので…」
センナがどこまでのことを話しているのかは分からない。とは言っても、センナ自身俺が天魔絶障を使ったことを知らない。センナが、少女…ミサをどうやって救ったのか言及してこないのは、少しばかり奇妙ではあるが…。
「様子を見に来たってことですか?」
「はい…娘はどこら辺に?」
「ちょうど…この湖の真ん中に倒れていました」
俺は湖を指さして言った。父親は唸るような声で頷いた。
「…湖の中ですか……よく、見つけてくださいましたね」
「ま、まあ…魔眼が得意なんでね」
本当は魔王の力のおかげなのだがな。
「そういえば、娘さんは一体誰に攫われたんです?」
ずっと気になっていたことだ。あたふたしていて聞いていなかったからな。もしかすると、センナから受け取った黒い石と何か関係があるかもしれない。
「…黒い影のような……でも人の形をしていました…」
「人の形…」
「ルッカの外を歩いていたら突然…森の方向へ消えていきました…」
何が目的だったのか。
ミサはその後何かしら手を出され、魔障痣が浮かび上がる程のダメージを受けて湖に沈められた。ミサを殺すことが目的だったのか?だとしたら何故…。
「何か心当たりは無いんですか?」
「はい……そういえば、妻も、同じようにして姿を消しました…」
「妻…?」
写真に写っていた女の人のことだろう。綺麗な人だった。
「はい。…数ヶ月前にルッカ周辺が黒い霧に包まれ…妻はそれに巻き込まれるようにして姿を消しました。…その後、戻ってくることも無く…」
父親は堪えきれずに涙を流した。
同じようにして家族が二人も巻き込まれたということだ。何の意味があるのか、見当もつかない。
「…ミサを失わなくて本当に良かった。……あの子がいなくなれば…私は……」
「もしまた何かあったら、その時は言ってくださいね」
その後、俺は父親と別れてルッカへ戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルッカに戻ると、俺は例の黒い石の鑑定をしてもらうために、知り合いの鑑定士の元へ向かっていた。冒険者になる前から世話になっていた鑑定士だ。
ルッカの東通りの細い道を歩いたところに、鑑定屋がある。ルッカには何軒もの鑑定屋があるが、俺はいつもここに世話になっている。
扉を開くと、チャリンチャリンと鈴の音が鳴った。
木で作られた室内、あまり綺麗とは言えないが、鑑定屋という割には広かった。見た目はバーに見えなくも無い。
カウンターの奥で新聞を読んでいた老人がこちらに目をやる。わきだけ白髪が残ったハゲ頭に、丸くて小さいメガネ。そのメガネを指で押さえながら、じっと俺を見る。
「なんだ、アルマかっ」
「なんだとはなんだ。…鑑定を頼みに来た」
「へっ、金はあるのか?」
「俺とあんたの仲だ。安くつけといてくれ」
俺は荷物と剣を下ろし、椅子に座った。
鑑定士ワゴー。ワゴーと知り合いだった父は、旅に出る直前にまだ小さかった俺をワゴーの元へと預けた。だからワゴーとは十年以上の付き合いになる。預けられた当時はふっさふさの黒髪があったんだが、人間分からないものだ。
「お前今、失礼なこと考えてねえかっ?」
「別に」
俺はポケットから例の黒い石を取り出し、机に置いてワゴーに見せた。
ワゴーは目を細める。
「…意外と驚かないんだな」
「へっ、驚きなんかするもんかいっ」
ワゴーは雑にそれを手に取り、目を近づける。
「どういうことだ?」
「今日で四件目だよ、この石を持ってこられたのはっ!」
「なに?」
四件目?
どういうことだ?まさかミサと同じように被害に遭った人間が他にいると言うことか?
「他の三件は…その石はどこにある?」
「三人のうち二人は持って帰っちまったが、一人はここに置いてったよっ。ほら、これだっ」
ワゴーはカウンター奥から石を取り出した。その石は俺がセンナから受け取った石と殆ど同じような見た目をしていた。
「これが…なんだか知ってるのか?」
俺はワゴーに聞いた。ワゴーは黒い石に向けられていた目線をゆっくりと俺に向ける。そうして、ニヤッと笑って見せた。
「へへっ、知ってるさっ」
「一体何だって言うんだ」
「教えられねえな、お前にはっ」
「なんでだよ!」
ワゴーは石を机に置いた。
「理由も言えねえ。とにかく、この石のことは忘れなっ!」
「んだよ、金か?いくら欲しいんだ?」
「今回ばかりはいくら積まれても教えることは無いねっ!」
ワゴーはそう言い捨てて新聞を読み始めてしまった。
ワゴーがこの手の件で金の話をされて動じないのは珍しかった。大概大金をつぎ込めば何でも教えてくれるような人間なのだが、何か事情があるのか。
思い当たる節は、一つだけある。
「…親父か?」
ワゴーの目が微かに細くなった。
「…俺に言えないことがあるんだったら、どうせ親父関連だろ?隠さなくていいさ」
「ふん、勘の良いガキに育ったなっ、お前も」
俺が5つの時、親父は突然旅に出ると言った。母親がいなかった家庭だったので、親父に出て行かれると一人になる俺は、冒険者になるまでワゴーの所へ預けられた。
結局親父は14年経った今も帰ってきていない。今どこで何をしているのか、全く分からなかった。別に知りたくも無い。
親父とワゴーは昔からの知り合いらしい。どうも俺に言えないような秘密も色々あるらしく、それを匂わせるような雰囲気は今までにもあった。
今回もそうなのだろう。
「じゃあいい、自分で探るさ」
俺は石を取って、ポケットにしまった。
「…一つ、ヒントをやろうかっ?」
ワゴーは不敵な笑みでこちらを見る。
「ヒント?」
「その石の文字を…解読できりゃ、何か分かるかもしれねえな」
俺は石をじっと見る。見たことも無い文字が刻まれているのだ。
「なんだよ、いいのか、言っちまって」
「なに、どうせお前にゃ解読できねえさっ。その文字は、絶対なっ」
俺は立ち上がって、鑑定屋を出る支度をしながらワゴーに言った。
「出来るさ」
「無理無理」
俺は鑑定屋を後にした。