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天魔絶障

 リーベのその言葉は残酷に思えた。機械的な喋り方だから余計にそう感じたのかもしれない。

 しかしまだ決めつけるのは早い。俺は写真をセンナに渡し、立ち上がって緑魔湖に近づいた。


 直径50メートル近くある巨大な湖だ。中に魔物はいないようだが、その中で捜し物をするのは至難の業だろうな。


「リーベ、何かいい方法はないか?」


『いくらでもあります。…エアウテータを転生させることを勧めます』


 そう言われ、俺は手を翳し、自分なりにエアウテータを適当に連想させる。今になって気付いたが、別にモノの形が分からなくても、何かしらイメージすれば転生できるようになっているようだ。さっき俺が双霹弓(ツウィリング)を転生させたときなんか、イメージしてたのは巨大な爆弾だ。つまり大事なのは、イメージをするという行為そのものだ。


 すると、俺の足下に一輪の花が咲いた。厳密に言うと花では無い、不思議な形をした小さな植物だった。


「なんですか?これ…」


 背後からセンナに声を掛けられ、思わず肩を振るわせる。リーベとの会話が聞かれていた様子はない…不幸中の幸いか。


 センナは今だ緩いノースリーブ姿のままだった。背後から顔を覗き込むセンナの胸が、ノースリーブの襟元からはっきり見えていた。あれ?意外と豊満。


『…主人(エーマン)。エアウテータに、緑魔湖の水を吸い取るように命じることを勧めます』


 突拍子も無いことを言いだしたが、従っておこう。


「…よし、湖の水を全部吸い取ってくれ」


 俺はエアウテータに口を近づけ、そう囁いた。


「…何馬鹿なことをしてるんですか?」


「う、うるせえな」


 羞恥心を捨てろ、俺。


 しかし、エアウテータは直ぐに俺の声に反応し、独りでにその小さな蔓を伸ばした。蔓はどんどん長くなっていき、やがて湖の水面に到達した。

 そして、まるでストローで水を吸っているかのように、蔓が恐ろしいスピードで湖の水を吸収し始めたのだ。


「え、なんですかこの植物…」


「え、えあうてーた…?…だ」


「なんでこんな植物を持ってるんですか?」


「うるせえな…植物好きなんだよ」


 マジでボロが出そうだから話しかけないでくれ…。


 と、そんな会話をしているうちに、もう殆ど湖の水が無くなりかけていた。エアウテータの姿に全く変化は無い。吸った水はどこに行ったんだか…。

 

 そして、湖の水が完全にすっからかんになりかけていた時、俺は目を疑った。


 センナは小さな悲鳴を上げ、口元を抑える。


「嘘…」


 湖の底の中央に、一人の少女が横たわっていたのだ。目を瞑り、顔は真っ白だった。

 俺は少し躊躇ったが、水が無くなった湖の中に飛び込み、少女の元へ歩み寄った。センナも俺に続くように少女に近づく。


 こんな姿でも、可愛らしい子だった。

 

 とりあえず、見よう見まねで首に指を当て脈を測る。しかし何も感じない。手首も同じように測ってみたが、何も感じられなかった。


「まさか…こんな小さな子が…」


 よく見ると、少女の手や脚には、幾つもの灰色の斑点があった。なにかの病気だったのか…?


 魔王の魔眼で目を凝らすが、少女の魔力は感じられない。魔力が感じられないということは…この少女の命は既に失われているということを意味する。


主人(エーマン)。この少女の手足の斑点は、魔障痣(ましょうし)です』


「…?」


 声を上げたかったが傍にはセンナがいる。俺は何となく分かりませんと言ったような表情を浮かべる。それを察してくれたか、リーベは続けた。


『千年前に人間界で流行した病です。その原因は、魔族の魔力が人間の身体に感化したことにあります』


 魔族…?

 魔族の存在など信じている者は少ない。


『しかし、まだこの少女を助ける術はあります』


「本当か!?」


 俺は思わず声を上げる。これにはセンナも驚いていた。


「ど、どうしました…?変な声出さないでくださいよ…」


「す、すまん…」


 俺はセンナに謝る。センナは何やら疑い掛けるような眼で俺を見る。


主人(エーマン)。少女への天魔絶障(アプレヌーグ)の行使を勧めます』


 リーベからの提案だ。この少女を助けることの出来る魔法だろうか?しかし、少女は死んでいる。死んだ者を生き返らせる魔法が、千年前には存在していたとでも言うのか?


「…アルマさん、見てください!」


 センナが声を上げる。センナが指さす方を見ると、そこには魔物の姿があった。かなり数が多い。急な緑魔湖の異変に反応したのかもしれない。


 殆どゴブリンやコボルトなどの下級魔物だったが、中にトロルやオークのような厄介な魔物も紛れていた。


「ったく」


 俺は立ち上がった。センナも剣を握り、臨戦態勢に入る。

 不幸中の幸いか、囲まれているわけでは無かったので、何とかなりそうだ。


「アルマさん、準備はいいですか?」


「ちょっと待て」


 俺は魔王の魔眼を使い、魔物のある程度の数を把握しようとする。しかし、魔王の魔眼を発動させた瞬間、心臓の動きが急に速くなり、俺の身体を謎の痛みが襲った。


「が…あぁ…っ!」


 あまりの痛みと激しい痙攣に、俺はその場に倒れ込んだ。何だ急に…。


「アルマさん!?」


 センナは俺の元へ駆け寄る。しかし、その間に魔物達はゆっくりジリジリと俺たちとの距離を詰めていた。


「…魔物に……集中…しろ…!」


「一体どうしたんですか?」


「いいから……俺はここで、この()を救う」


「そんなことが――――」


「いいからお前は…ま、魔物を討伐しろ……出来るだろ?」


 センナは唇を噛みしめ葛藤するも、決心し、立ち上がった。そうして剣を握り直し、魔物を睨み付ける。


「当然です。あの程度の魔物に後れを取るような私ではありません!」


「よし……じゃ、じゃあ…任せたぜ…」


「はい。アルマさんも…その()を任せましたよ」


 センナは魔物に向かって走り込んだ。素早い剣裁きでゴブリンやコボルトなどの雑魚を蹴散らしていく。大した戦闘センスだった。

 オークやトロル相手には、水魔法を纏った刀身で戦っていた。相当使い慣れているようで、次々と魔物をなぎ倒す。あれなら問題ないだろう。ただ数が多いのが一つ厄介だ。


 さて、一方の俺だが…。

 まだ痛みはある。先ほどに比べればだいぶマシではあるが…。


「リーベ…一体何だ…この痛さは…」


『申し訳ありません。魔王の力の使いすぎによるものだと推測します。主人(エーマン)の身体がまだ魔王の心臓に慣れていないためのものだとも推測します』


 副作用…みたいな感じか。

 確かにここに来るまでずっと魔王の魔眼を使い続けたし、双霹弓(ツウィリング)やエアウテータまで転生させたら…確かに使いすぎって言われても納得できてしまう。


「…けど、この()は助けないと…」


『今すぐ処置を施さなければ間に合わないと推測します。ですが、天魔絶障(アプレヌーグ)を行使すれば、主人(エーマン)の身体に相当な負荷が掛かるとも推測します』


「死ぬかもしれないってことか?」


『断定は出来ません。が、可能性はあるでしょう』


「へっ…お前は…止めないのか?俺のことを」


『私が行うのは提案と推奨のみです』


 なるほど、徹底してる。

 リーベがもし俺を止めるようなことがあったら、俺は果たしてこの娘を見捨てて、自分の命を選んでいただろうか。それとも―――――――


 センナは懸命に戦っていた。その数の多さにやはり苦戦はしているようで、幾つか傷を負っている。しかし怯まず、着実に魔物の数を減らしていた。


 どうする、俺?


 俺は写真を思い出した。

 楽しそうに笑う家族の写真。勿論知らない家族だから、余計な感情は無い。

 そして、泣きながら助けを求める父親の顔。冷たい水の底で横たわって目を瞑っていた少女の顔。


 人を見殺しにして生きるのと、人を救って死ぬの…どちらがいいだろうか。


 俺は何とか身体を起こした。膝立ちになり、訳も分からず少女の額に手を当てた。嫌な汗が体中からにじみ出る。


「…天魔絶障(アプレヌーグ)……!」


 俺の手から白い光が溢れた。その光は少女の身体全体を包み込む。やがて、光に紛れて少女の手足の斑点、魔障痣が薄らいでいくのが分かった。

 その後、少女の身体全体から黒い霧のようなモノがもやもやと出てきたのだ。これが魔障痣とやらの、原因だろうか?


 少女の顔は血色を取り戻し、やがて少女の心臓は動き出した。


 光がうっすらと消えていくと、少女は目を開いた。まるで、何事も無かったかのように、いつも通り、家のベッドで目を覚ましたかのように、上半身を起こし、眠たそうに目を瞑った。


「…ママ?」


 少女がそう呟いた。


 少女はふと、俺を見た。


「…誰?」


 しかし、俺は喋ることも出来ない程の痛みと拍動に襲われ、事切れたようにその場に倒れ込んだ。


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