金か人助けか
俺は近くの街に来ていた。この辺りは昔からよく慣れ親しんでいる。この街・ルッカもよく拠点として利用していた。
例の即席パーティメンツの行方は分からないが、ルッカにいれば会ってしまいそうだ。出来れば遭遇などしたくないんですけどね。
「リーベ」
『はい、主人』
「お前の声って他の奴らにも聞こえてる?」
『基本的には聞こえておりませんが、ご要望があれば聞かすことも可能です』
なるほど。基本的には俺の心に直接語りかけてくるパターンか。
俺は武勲表に目をやった。
武勲を挙げた強者共の名前が並んでいた。その中に俺の名前は無い。
「リーベ、これがなんだか知ってるか?」
『はい。それは武勲表。数々の依頼や問題を解決することで貰える武勲が多い冒険者順に並んでいる表。いわゆる武勲のランキング表です』
そんなことまで知っているとは、さすがは女神と言ったところなのだろうか。まあ、言っても神だからな。
武勲は基本的に一つの依頼や問題を解決する毎に貰えるが、その内容によっては大量の武勲を貰うことが出来る。一口に武勲と言ってもいろいろな種類があるが、この表に並んでいるのは全種類を合わせた武勲の保有数だ。
第一位はいつも変わらない。
セラ・マーベルス。総武勲保有数は8925個。レベルが違う。
セラの驚くべき所は保有数だけでは無い。その若さにある。
セラの年齢は19歳。俺と同い年なのだ。
いわゆる天才と言われる冒険者か。これだけ武勲を保有し常に首位に立っていれば、得られない物もないだろうな。
それでもなおセラの武勲保有数は毎日増えていく。大概、武勲保有数上位陣になってくると、日に日に武勲の獲得ペースは落ちていくものだ。金稼ぎの為に冒険者をやっているような上位陣は、そうなって当然だろう。
俺は武勲表の貼られたボードの隣にある水晶に手を翳した。
武勲保有数を計る水晶だ。武勲玉なんて呼ばれている。
俺が手を翳すと、水晶に数字が表示される
俺の現在の武勲保有数は122個。まあ、この年で言ったら普通か、少し多いくらいではないだろうか。
『主人』
「ん?なんだ?」
『武勲保有数を増やすことを勧めます』
そんなことは分かっている。
『武勲表に掲載されることを目標にすることを勧めます』
「え?」
武勲表に掲載されるのは100人だ。現在第100位の総武勲保有数は1220個。つまり、今のちょうど十倍の武勲を獲得しなければならない。
「そう簡単に言うなって」
『魔王の力を持ってすれば、解決できない問題は存在しません』
まだ魔王の力とやらの全貌を俺は知らない。先ほどまでグロテスクだった俺の左胸は、今は何ら普通の見た目に戻っている。また再び魔王の力を使えば、ああなるんだろう。
だが俺にもプライドがある。
このまま魔王の力に頼っていいものか。それは、果たして俺の力と言えるのだろうか。
『失礼を承知で申し上げますが』
「ん?」
『武勲とは問題の解決…言うなれば人々の悩みの解決の証です。解決に手段は選ばないでください』
言いたいことはよく分かる。
結局冒険者という職業に言えることだが、冒険者の目的は武勲を挙げること…だと言える冒険者は少ないだろう。殆どの人間が金儲けの為に冒険者をやっている。金を稼ぐ為にはどうしたって武勲の獲得が必要となってくるから、皆必然的に武勲を挙げようとする。
その気持ちの中に、人々の助けになりたいなんていう気持ちが含まれている冒険者は、一体何人いるだろうか。
武勲表を見れば一目瞭然だ。武勲が増え、金が増えたら武勲のそれ以上の獲得を止める上位陣もいれば、セラのように常に人々の助けとなっている上位陣もいる。
俺はどっちだ?
「た、助けてくれえええ!」
男の声が街に響いた。男は汗を流し、涙ぐみながら助けを求めている。
「娘が…娘がさらわれた…!」
男の声に耳を傾ける者とそうでない者、その構図がはっきり見て取れた。
殆どの者は、立ち止まっているだけだ。その男の話を聞こうとする者などいない。
「だ、誰か…!」
今あの男を助けて、果たしてどれほどの武勲が得られるか。冒険者は皆そんなことばかり考えているのだろう。
『主人』
「なんだよ」
『あの男の悩みに、武勲を生産します。男に救いの手を差し伸べることを勧めます』
「武勲を生産って…お前何言って――――」
瞬間、俺の胸元から青白い光の球が飛び出た。それはふわふわと宙を舞い、男の額に触れる。その間、誰もその光球の存在には気付いてないようだった。俺にしか見えない光だ。
光球は水滴を垂らしたような音を立て、男の身体に染み渡った。
『あの男の救助により、8つの武勲を獲得できるでしょう』
「8つ!?」
『私はリーベ。この世に武勲を生み出した女神です』
リーベの声に俺は開いた口が塞がらなかった。
武勲…とは目に見えないものだ。例えば人助けをして、それをどこかに報告して、厳正な審査の元、獲得できる武勲が決まる…なんていう手続きは一切踏まれない。
武勲は気付いたときには加えられている、そういうものだ。自分がどれだけの武勲を得ているかなど、武勲玉や武勲表を用いなければ分からないのだ。
そんな不思議な概念”武勲”。
それを生み出していたのは、女神リーベだったのだ。
俺は男の元に駆ける。
あの男を助けよう。
金稼ぎの為の冒険者か。人助けの為の冒険者か。
俺はどっちだ?
俺は――――――――――――――――
「何があったんです?」
その時だった。俺が男の元へ行こうとしていると、俺より先に男に話しかけた女がいた。黒に近い青のショートヘアに赤いメガネを掛けている。腰には剣を携えており、その格好は冒険者そのものだった。
「む、娘が…人攫いに…!」
「犯人はどこに行きましたか?」
「この街を出て…北の方に…。そこから先は…分からねえ」
俺は男と女冒険者の元へ駆け寄った。
女冒険者は俺の顔を見るや否や、怪訝そうな顔を僅かに浮かべる。
「なんですか、あなたは!」
「俺も冒険者だ。この男を助けたい」
「この男は私が請け負います!武勲を独り占めしようとしないでください!」
「そんなつもりはねえよ。二人でこの男を助けようって言ってんだ。武勲を独り占めしようとしてるのは…お前の方じゃねえか?」
「なっ…!」
女冒険者は顔を赤く染めて、歯を食いしばり、俺を睨む。しかし冷静になったようで、一つ溜め息をついた。
「…そうですね、取り乱してすいません。一緒にこの人を助けましょう」
「ああ」
俺は立ち上がる。すると、リーベの声が響いた。
『”魔眼”の行使を勧めます。ただし、主人の魔眼ではなく、魔王の魔眼です』
そんなことま出来るとは驚きだ。しかし、俺の魔眼と魔王の魔眼に一体どんな差があるというのか。聞いてみたいが、他の人間がいる前でリーベに話しかけるわけにもいかない。
「魔眼…!」
俺は目を瞑った。再び開く。
眼は赤く染まっていた。
『魔王の魔眼は随一です。男の魔力を視た後に、街を出て同じ種類の魔力を探してください。血の繋がった親と娘であれば、直ぐに見つかるはずです』
なるほど、そういうことか。
魔眼とは本来、どこに魔力があるのかを視るものだ。それ以上の性能を持つ者もいないわけではないだろうが、数は少ない。
この魔王の魔眼とやらは、その魔力の詳細や違いを細かく分析することが出来ると言うことだ。血縁関係にある親子なら、魔力の質は似ている。
俺は男の魔力を視る。
覚えるまでも無く、その特徴を捉えることが出来る。これが魔王の眼…。
「どうしました?」
女冒険者が不思議そうな顔で俺を見る。
「あ、いや。…この人と同じような魔力を探せば娘さんは見つかるはずだ」
「そんなことが出来るんですか?」
どう説明しようか迷ったが、俺は思いきって言った。
「魔眼を使うのは得意なんだ」
嘘をついた。
女冒険者は立ち上がる。
「大した魔眼です。…私はセンナです」
「俺はアルマだ」
俺は再びしゃがみ込み、魔眼を伏せて男の顔を見た。
「ここで待っていてください。娘さんを連れて直ぐに戻ってきます」
俺はセンナと共に街を出て、北へ進んだ。