コンバート
翌日の朝練、俺は鈴木監督と北村コーチを訪ねる。
「大和、だったか。どうした」
鈴木監督がすぐに気付いてくれた。
「あ、あの、俺、SGがやりたい、です」
しどろもどろになってしまった。鈴木監督はなかなか威圧感がある。
「ほう」
鈴木監督は俺を観察しながら顎髭をさする。
「PFをやるつもりはないのか」
「インサイドは出来ればやりたくない、です」
正直に打ち明ける。
「しかしお前はたぶんチームで2番目に身長が高いんだぞ。センターをやればレギュラーにより近付くと思うが」
それは確かにそうだ。だが俺はSGでレギュラーを目指すと決意した。
「SGで、レギュラーを目指したいです」
怒られるかもしれない。チーム事情など無視している。常識的ではなかった。
「そうか、なら好きにしろ」
鈴木監督は笑っていた。やはりこの監督は信用出来る。何しろ190cmの冴島をSFで使っている監督だ。身長でポジションを決めたりしない、柔軟な考えを持っている、そう感じていた。
冨田に監督と話した事を報告する。
「良かったな。俺はもちろんPGだ。5月の大会までにレギュラーなろうぜ」
拳を合わし、ニヤリと笑う。
昨日より1年生が数人減っていたが、最初の朝練が始まる。1年生はBチームに混ぜてもらい、ランニング、柔軟体操、ランニングシュート30本イン、ドリブルドリル、スクウェアパスなど基礎的な練習だけで朝練は終わった。
それでも汗だくになり、俺は着替えて冨田と教室に向かう。
「あの……冨田くんと大和くん、だよね?」
振り向くと冨田より少し小さく、はっきりした顔立ちの女がいた。
「そうだけど、君は?」
すぐに冨田が答える。
「山里香菜。私達同じクラスだから一緒に行かない?」
冨田が話を聞くと、女子バスの部員で、同じクラスに女子バスの部員がいないそうだ。そして同じクラスの俺達に声をかけたらしい。記憶を辿ってみると俺の席の前に彼女がいた気がする。
「もちろん良いよ、一緒に行こう」
冨田が爽やかな笑顔を山里に向ける。山里は嬉しそうに笑う。1年生の教室は全て4階にあり、確かに1人で向かうには寂しい。それに女子バスは男子に比べて人数が少なく、俺達は1年1組で4階の端っこ。一緒に向かう人がいないのだろう。
冨田は山里にどんどん質問をする。身長、出身中学、女子バスの人数。163cm、俺の隣の中学、全学年で14人で1年生は4人。
2人が楽しそうに話していたので俺は教室に着くまでずっと黙っていた。
教室につくと山里は俺の前の席に座り、振り返る。
「えっと……さっきはごめんね。私と冨田くんばっかり話して。また2人の話も聞かせてね」
山里は笑顔で俺に話しかける。
「ん、お、おう」
どもってしまったが、なんとか応えた。山里はフフッと笑い、前を見る。少し良い匂いがした。
授業、ホームルームが終わり3人で体育館に向かう。また冨田と山里は楽しそうに話していた。
練習はBチーム。今日もインターバル走から始まり、朝練と同じ基礎練習をする。それが終わると、体育館の隣の建物に案内される。
「ここはウェイトルームだ。これから月曜と水曜と金曜は20分以上はここで鍛えて貰う」
北村コーチが1年生に説明する。
「ただし必ず俺か鈴木監督か上級生の目が届くところでやれよ。怪我だけはするな。それと、基本的にはAチーム優先だからな。Aチームは部活終わりにここにくる」
1年生は上級生に使い方を教えて貰い、極めて軽い重量でトレーニングをする。
この高校は、少し前まではウェイトリフティング部があったらしく、ウェイトルームはかなり充実していた。他の部の部員もたまに使うそうだが、曜日を決めてやらせているのはバスケ部だけらしい。
俺はすぐに気付いた。冴島のあの肉体は間違いなくここで作られたものだ。ここで頑張れば、冴島に追い付ける可能性がある。先輩達に話を聞くと、トレーニングも大事だが、それより栄養補給が大事なんだそうだ。おすすめのプロテインをいくつか聞き出し、メモしておいた。
ウェイトが終わると、校庭のバスケットゴールがあるところで1on1から5on5など、実戦向けの練習をした。Aチームは体育館でミニゲームをやっている。Aチームに上がらなければ、ずっと今のままの練習なのだろう。外と中では練習の質も違う。早くAチームに上がりたい。
7時になり練習が終わると、Aチームは何人かがウェイトルームへ。冴島も当然いた。
「北村コーチ、体育館でシューティングとかしても良いですか」
冨田がすかさず質問をする。
「あぁ、もちろんだ。ただし30分経ったら片付けろよ」
「ありがとうございます!」
冨田は俺を誘い、走って体育館に向かう。
体育館に入ると、女子バスはもう片付け終わったところだった。Aチームの何人かは残ってシューティングしていたので、邪魔にならないように女子バスのコートを使う。
「うし、1on1やるぞ」
俺がSGになるために冨田はメニューを考えた。それはシンプルな1on1。俺がひたすらディフェンスで、冨田がオフェンスだ。3回連続で負けたら。コート2往復というペナルティを決め、勝負が始まりかけたところで山里が入ってくる。
「お疲れ様、パス出ししようか?」
俺達は山里に甘えて、3人で1on1をやることになった。
「まずはディナイで守れ。スリーの1歩外で持たせられればシュートはまずない」
ディナイとは相手のパスコースに手を出して守る事だ。俺は左手を伸ばし、パスを出させないように守る。冨田は縦横無尽に動き回り、俺はそれについていく。
「まあまあだな。よし、行くぞ」
そう言うと冨田は右に1歩動き、俺の視界から消える。ヘイという声が後で聞こえ、振り向くと冨田がパスを受けレイアップを決める。
「ディナイしてるからって後簡単に行かれるな。ちゃんとついてこい!」
冨田は全力を出したようだ。とてつもなく速い。俺は少し引いて守る。
「それじゃパス入るぞ、もっと厳しくしろ」
少しだけ前に出ると、冨田は凄まじい速さで俺の右へ。急いで戻ると冨田はスリーポイントラインの外でパスを受ける。すぐさまスリーポイントシュートを放ち、決める。
「駄目だな、本気出すと相手にならない」
俺は何も言い返せない。1on1は中止になり、フットワークをさせられる。
「遅いぞ!もっと早く!」
「ファイトー」
結局ほぼ30分間、ひたすらフットワークだけをやらされた。汗だくで座っていると、冨田と山里がモップがけをしてくれる。
「俺相手じゃ練習にならないな。どうする。山里さんに相手して貰うか」
冨田は俺を馬鹿にしているのだろう。流石に山里では逆に練習にならない。
「しばらくはフットワークで足を動かせるようにする。来週には止めてやるからな」
冨田は少し頬を緩ませる。
帰路につき、3人で自転車を引きながら歩く。
「山里さんはポジションどこなの?」
冨田が突然質問する。
「中学の時はセンターだよ。でもこれからはSGかSFやりたいなーと思ってる」
「ならディフェンスの練習、大和と一緒にやらないとね」
「そうだねー」
2人が楽しそうに話している。俺は黙って自転車を押す。
「じゃあ、俺こっちだから、また明日な」
冨田は自転車にまたがり、俺達とは違う道に進む。冨田がいなくなり会話が途切れ、無言のまましばらく歩く。
「大和くんは、そんなにおっきいのにどうしてSGなの?」
山里が切り出す。
「俺は、本当はSFがやりたかったんだけど…スタメンになるためにはSGしかないって、冨田が」
「冨田くんが?」
山里はへぇーという顔をする。冴島の話はしない。逃げたように思われるのは嫌だった。
「冴島さん、凄いもんね」
「えっ」
「中学の先輩なの。冴島さん、中学の時は細かったんだけどねー」
山里は冴島を知っていた。むしろ、俺より詳しそうだ。少し探ってみる。
「冴島さん、細かったのか」
「うん。大和くんより細かったよ。中学の頃から上手くておっきかったけど、凄く分厚くなった」
今の冴島は凄まじい身体を持っている。山里の話が信じられなかった。
「冴島さんは私のことなんか知らないだろうけど、憧れてた時もあったなー」
山里の頬が少し赤くなったように感じた。なぜかわからないが、俺はこの時、冴島を超える事を心に誓った。