野獣
バッシュに履き替え、体育館に入ると2、3年生と思しき集団がそれぞれにシューティングをしていた。
「これから1年生対Bチームでゲームをしてもらう。各クォーター8分で4本だ。適当にメンバーを選んでくれ、冨田」
「はい。とりあえずインターバル走のタイムの記録だけ貸して貰えますか」
冨田は北村コーチから紙を受け取り、1年生を集める。
「チームはインターバル走のタイムの良かった人から出していく。文句はないよな」
冨田は仕切り、13人いた1年生から4人の名前を呼ぶ。そこに俺の名前はなかった。
「俺はPGの冨田だ。相手が上級生だろうと勝つつもりで行くからな。ついてきてくれよ」
冨田は4人を集め戦略を話し合っていた。
ボールは1年生チームから。冨田がパスを受け取り、左手でドリブルをつきながら右の拳を挙げる。そして、スリーポイントラインからまだ1m程ある所からいきなりシュートを放つ。ボールは綺麗な弧を描き、リングに吸い込まれて行った。
「よし!」
冨田は叫び、更に前に出る。フルコートプレスだ。体力とスピードのある5人を集めたのはこのためだったのだろうか。上級生にいきなりプレッシャーを与える。
上級生はなんとかプレスを突破し、一旦落ち着ける。そしてPGにボールを戻そうとした瞬間、冨田の手が伸びる。冨田のスティールだった。冨田はそのまま1人で速攻を決め、またもフルコートプレス。
冨田の奇策が嵌り、上級生チームは焦っていた。ここから上級生チームは3度連続でプレスに捕まる。1年生チームが11点目を入れたところで上級生がタイムアウトを要求する。ミニゲームでは珍しい事だ。冨田は1年生ベンチに手厚く迎えられ、全員とハイタッチをする。
「いやー、入って良かった。皆打たせてくれてありがとな」
どうやら最初から決めていたプレイらしい。冨田はやはりすごいやつだ。
「ここからたぶんプレス対策はしてくるから、一旦プレスはやめるよディフェンス頑張ろう!」
冨田は常に先を考えていた。恐らくコート上の誰よりも。
タイムアウトが終わり、上級生チームはメンバーを替えてきた。替わったのはPG。プレス対策だ。
上級生は明らかにイライラしていた。プレスを突破するためにタイムアウトをとりPGを替えた。それが見透かされ、嘲笑うかのようにプレスをやめられる。しかも下級生にだ。イライラしない筈が無い。
結局このクォーターは18-6とトリプルスコアで終わった。2分間の休憩を挟む。
「ここからはしんどいけどどんどんメンバー入れ替えて走り勝つぞ」
冨田はそのままで、4人メンバーを替える。またしても俺は呼ばれなかった。どうやらワースト4位に入ってるみたいだ。
上級生チームは更にメンバーを替えてきた。PGは5番のビブスをつけていた。
「蛇川だ。よろしくな、ちっこいの」
長い腕で冨田の頭をポンっと触る。
「えぇ。こちらこそ」
ここまでで冨田は8得点。その冨田を止めるためだろうか。蛇川は、冨田だけを見ていた。
上級生チームのボールで始まり、いきなりゴール下を攻められる。相手は上級生だ。当然インサイドはこちらの方が小さい。楽々2ポイントを沈める。
「インサイドはある程度仕方ない、次はもっと中を守ろう」
冨田が味方に声をかけ、ボールを貰いに行く。しかし冨田にパスは来なかった。なんと蛇川1人が残り冨田にオールコートマンツーを仕掛けた。
冨田は諦め、他の4人でボールを運ぶ。しかし冨田なしのオフェンスは上手く行かない。開始4分で20-18まで詰められ、冨田がタイムアウトを要求。
「スクリーンもっと来てくれ、何なら2枚でも3枚でも。俺が何とかするから」
冨田は平静を装っていたが、この点差の詰められ方だ。冷静ではなかった。
タイムアウト後、冨田はスクリーンを何枚も使って走り回り、シュートを放つ。しかし俺にはそれは少し暴走しているようにも見えた。2クォーターが終わって24-27。遂に逆転されてしまった。
「くそ……」
冨田がうつむく。
「うつむいてる場合じゃねえだろ」
冨田が顔を上げる。まだ半分で、俺が試合に出てない。俺がいればなんとかなる、そう思っていた。
「そう……だな。まだ後半がある。最後の4人と俺で第3クォーターは行く」
冨田の目に再び火が灯った。
「大和、細いけどポジションはセンターだよな」
冨田が尋ねる。
「違う、スモールフォワードだ」
「え」
冨田は目を丸くする。
「マジか……面白いじゃん」
冨田は笑う。
「ガンガンボール回すからな」
「おう」
後半が始まる。
俺のマークマンは180cm程度の重そうなセンターだった。1年生の中では俺が1番背が高い。当然のマッチアップだ。スリーポイントラインの1歩内側で冨田からのパスを受け、右にフェイクを入れて左に抜き去る。センターではついてこれない。俺にドライブがあると思っていない上級生チームのヘルプは遅く、俺はレイアップを決める。これで26-27。1点差だ。
ディフェンスでは俺がゴール下の要として動き、インサイドを守る。続くオフェンスでも俺は相手のセンターを抜き去り、今度はミドルシュートを決め、逆転する。
連続得点。上級生チームのベンチからマッチアップを替われと指示が出る。
次のオフェンス、俺のマークマンは175cmくらいのウイングの選手だった。すぐさまローポストにポジションをとり、パスを受ける。振り向きながらパスフェイクを入れ、ジャンプシュート。ディフェンスのチェックは全く届かない。3連続得点となった。
この後もマークマンは何度か替わったが、小さい選手相手にはローポスト、大きい選手には外から仕掛けるという俺の最大の武器が遺憾なく発揮される。
攻守でリズムを掴んだ俺達は乗りに乗り、43-35で3クォーター目を終える。
「大和!」
冨田が近寄ってくる。右手を開いて高く挙げ、ハイタッチを求める。パンっと音を鳴らし2人でにやける。
次のクォーターはこう上手くは行かない。恐らくダブルチームなど、対策は打ってくるだろう。それらを入念に話し合い、俺と冨田とあとは走れるメンバーを揃えた。残り8分。上級生チームに勝てる。そう確信していた。
第4クォーター、上級生チームにメンバーチェンジがあったようだ。190cmくらいと背が高く、とにかく体が分厚い。ビブスは8番。この高校の正センターだろう。また外から仕掛けてやる、そう思った。
「冴島だ、よろしく」
「大和です、よろしくっす」
8番のマークは俺になった。他に身長が近いやつもいない。これは仕方ないだろう。
上級生チームボールで始まり、冴島はローポストでポジションをとる。俺は自分より高い選手との対戦経験はほぼない。恐らく中学1年の時以来だろう。
冴島はパスを受けるとワンドリブルで俺を大きく押し込み、ゴール下のシュートを決める。俺はチェックすら出来なかった。
「大丈夫か」
冨田がすぐに駆け寄ってきてくれた。
「あれ、止められねえぞ」
冨田は仕方ないと言うように笑い、ボールを運ぶ。
次のオフェンスで俺はスリーポイントラインの外側でパスをもらい、右にフェイク、シュートフェイクから左にドライブする。が、冴島は見事にコースに入り止める。ならばと俺は右にバックロールするが、それも止められる。俺はパスもシュートも出来ずトラベリングを吹かれる。
「ドンマイ」
冴島から声をかけられた。完全に見下されている。次こそは冴島を抜き去り得点してみせる。そう考えていると、冴島はスリーポイントラインの外側でパスを受け、スリーポイントシュートを打つ。
「なっ……」
思わず声が出た。シュートは成功。冴島はこれだけの身長と体を持ちながらスリーまで打てるのだ。信じられなかった。
「ディフェンスしっかりやれ!」
冨田から注意され、正気に戻る。たまたまだ、そう言い聞かせて次のオフェンスに集中する。
今度はローポストから外に飛び出し、パスを受けながら右にドライブ。なんとか成功しレイアップに行こうとするが、完全にシュートコースを塞がれる。俺はシュートを打つタイミングを逃し、ボールを持ったまま着地してしまう。また、トラベリングだ。
「惜しい惜しい、頑張れ」
また冴島が俺に声をかける。屈辱だった。
俺は誰にも負けた事がなかった。今の武器を手にしてからは1度も。それなのに攻守合わせて4回連続で良いようにやられた。次はファウルしてでも止めてやる。
冴島は再び外でボールをもらう。一息つき、左にフェイクを入れてから右にドライブ。ここだ、ここしかない。俺はなんとか反応し、体を思い切り冴島にぶつける。が、吹っ飛ばされたのは俺の方だった。
ピーッ!
笛がなり、ファウルをコールされるとともに冴島がシュートを決める。バスケットカウントワンスローだ。
俺が立てずにコートに倒れていると、冨田がメンバーチェンジを申請し、俺は交代させられた。
完敗だった。何も考えられなかった。パワー、スピード、高さ、シュート力、何1つ通用しない。俺にとってこの高校はちょろい学校だった筈だ。昨年の夏、県ベスト16。すぐにエースになれると思っていた。とんだ勘違いだった。
ミニゲームはその後、冨田が無理に攻めるしか出来ず逆転負けした。
「1年生集合!」
北村が招集をかける。隣には顎髭の男がいた。
「俺が監督の鈴木だ。よろしくな」
顎髭の男は笑った。
「いやー、Bチームって言ったけどな、あれ嘘だ。レギュラー2人出ちゃってた。すまんな」
蛇川と冴島だろう。あの2人は他の選手と格が違った。
「PGの3年生蛇川とSFの2年生冴島だ。あいつら相手に良く善戦した。今年の1年は期待出来そうだ」
鈴木は終始笑っていた。
今日は入学式で疲れただろうという事で1年生はこの場で解散となった。
帰り道、自転車を引きながら冨田と話す。
「冴島さん、凄かったな」
俺は黙る。
「あのサイズであんな速くて上手い人、初めて見たよ」
そう。俺の武器が全て上回られていた。
「SFになるならあの人超えなきゃいけないのかー、ははっ。大変だな」
わかっている。あの人を超えなければ、SFにはなれない。
「で、どうすんの」
冨田が俺の方を見る。
「は?何がだ」
「冴島さんは2年生だぞ。今のままならお前はレギュラーになれない」
そうだった。学年が1つしか違わないのなら、冴島が引退するまで俺はレギュラーになれない。
「俺はコンバートするのが賢いと思うぞ、シューティングガードにな」
シューティングガード、と言えば俺の中ではシューターのイメージがある。俺は全くシューターとは言えない。
「俺にSGは無理だろ……」
「何言ってんだ。俺にセンターは無理だけど、お前に無理なポジションなんてねえよ。PGをやれって言っている訳じゃねえんだぞ」
冨田は何故か怒っているようだった。冨田の身長は167cm。きっと今までにもどかしく、歯がゆい思いをしてきたのだろう。
だが、本当に俺にSGが可能だろうか。シューターでないのならスラッシャーというイメージもある。ドライブは相手次第で俺の武器ではある。
「お前はミドル上手いし、スピードもある。ディフェンスさえまともならスタメン、あるぞ」
ディフェンスに自信がある訳では無い。だが大会までの1ヶ月、必死にやればまともにはなると思う。
「お前が冴島さんとウイングやって、俺がPG。そんであとはそれなりのインサイドなら全国行ける」
冨田の表情は真剣そのもの。一切迷いも疑いもなかった。
「しゃーねえな」
お互いの顔を見合い、ニヤリと笑う。
「やってやるよ、SG」