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男の話をしよう。

作者: Nagicelot

 憎しみというものは、正直言って拭えるものではない。

 男は憎む。かつての友を奪った人間を。

 そして彼は哀しむ。愛した女性を喪った事を。

 男は絶望に打ちひしがれた。

 今までの全てを否定するように、叫び続けた。

 嗚呼、俺は今まで何をやってきた。

 守れなかった罪悪感、自分の無力さ。

 様々な感情が彼の心を支配していく。

 かつての自分は、希望に溢れていた。

 幼いころは絶望したかもしれない。親に捨てられ、山の中をさまよったからだ。

 でも、それでも男は『今』を楽しく生きていた。

 周りには友人が居る。血の繋がらない家族がいる。

 不自由な生活だったが、男にとっては幸せであった。

 しかし、男はその日全てを喪った。

 いや、正確には全てではない。しかし、殆どの友人が自分の目の前で喪った。

 裏切られた訳ではない。皆、殺されたのだ。

 男は叫んだ。獣のように、この世の全てを怒り、人を憎んだ。

 しかし、いくら叫んでも、いくら全てを憎んでも、愛した友は戻ってこない。

 その事実が分かった瞬間また絶望の悪循環に陥る。

 その内、叫ぶ気力も無くなってきた。

 男はほぼ一生分とも言えるくらいの涙を流した。

 まだ、その憎しみや悲しみは乗り越えていない。

 しかし、男はかなりの日にち泣いていた、叫んでいた。

 まだ、納得はしていない。

 しかし男は一度、泣き疲れた子供のように、意識を失い眠りについた。


 無気力な状態が暫く経った。

 男は愛した女と離別し、友も殆ど喪った。

 全てではないが、今は喪った悲しみのほうが辛い。

 ある日、育ての親の一人から一通の封筒を渡された。

 中には入学願書が入っていた。推薦状やら一式だ。

 「この学校へ行ってみろ」

 育ての親はそう告げた。そろそろ、自分も高校を選ぶときだ。

 しかし、正直どうでもいい。どうでもいいのだ。

 これ以上、何をどう生きれば良いのだ。

 悩んでいた男に親はこう言い放つ。

 「死んだ人間は生き返らない。それは紛れもない事実だ」

 そんな事言うなよ、余計悲しくなるだろう。

 そう言おうとした男に向かって更にこう告げる。

 「だが、お前のその心…お前のハートはそいつらを覚えている」


 「―――信じたくはないがね、人間ってのは"No one lives forever(永遠に生きる者なし)"。でも、生き残った人間が心の中で覚えている限り…そいつはNever die(永遠さ)。」


 男はその時の言葉は理解できていなかった。

 しかし、今の絶望を乗り越えようと思えてきたのは事実だ。

 男は推薦状を受取り、その高校を受けて入学した。


 入学した日は、まだ男の憎しみは消えていなかった。

 だが、彼は無理にでも進もうとした。

 自らの心臓が千切れようとも、歩みを止めない。

 そして、偶然にも男は自分の教室で見つけてしまう。

 水色の髪をしている、かつて男が愛した女性を。

 いや、違う。男は冷静になってみる。

 しかし、冷静になどなれなかった。

 記憶が混ざる、昔の記憶が今の記憶に隠されていく。

 次第に、男の心に熱が通った。

 胸のエンジンに火がつく。

 気がついたら、俺はその女性に対して近づいていたらしい。

 女性がこちらに聞いてくる。

 「どうした?」

 男は冷静になるも、自分の心は前に進みだしている。

 かつて、愛した女性になんと言っただろうか。

 覚えていない訳ではない。

 「…俺と、友だちになってくれ」

 男はいつもそうだった。

 友達になってくれ、男はそうやって友人を増やしていった。

 女性は最初「は?」と首を傾げた。

 しかし、返答は素直に受け止められた。

 「いいよ、なってやろうじゃん」

 男は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 「ありがとう、お前の名前は…?」

 「俺?俺は…」


 「―――虚空零(こくうぜろ)。お前は、なんて呼べばいい?」


 男は思い出す。本名で呼ばれるより、こっちのほうが呼ばれやすいと。


 「俺か?俺は熱田。熱田心(あつたしん)、ハートって呼んでくれ」


 「ハート?なんで?」

 「中学ではそう呼ばれていたんだ。」

 男はこの次の日から愛した女性からプレゼントされたコートを着て学校に行くようになった。

 そして同時に、男の精神と肉体は徐々に壊れ始めた。

 そして、誰にも理解されず、誰にも覚えられず。

 彼は暗闇の彼方に消えていくのだ。

 今やその邂逅を覚えている者は誰にも居ない。




 10年あたりが経つだろうか。

 男はまたこの地に立つ。


 「何年ぶりだろうか、この街は」

 手に持っているペンダントに向かって話しかける。勿論、反応はない。

 「お前は初めてだったな…。あぁ、わかっている」

 「行こう、俺達の友を取り戻す戦いだ。そして―――」

 喪った友を取り戻す為、そして―――。



 「―――復讐だ」

 ―――かつての憎悪を相手に返すために。

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