第9話
夕焼けの赤い空が、次第に闇に染まっていく。
星々が瞬きはじめるころ。
彼らは一つの丸テーブルを囲み夕食を始めていた。
「この牛の煮込み…トマトの酸味が効いていて食べやすい…肉もトロットロだしね」
シズリーが本日のメイン料理を絶賛する。
椅子からはみ出す大きな尻尾も上機嫌に揺れているのを見て、偽りではない言葉に
「そうかい。作ったかいがあったな」
嬉しそうにルイは笑顔を零す。
その笑顔とは対称的に
「…………」
残りの1名。
アイレン・ストレシアは黙りこくったまま料理を平らげていく。
しかし、そのスープを口元に運んでいく仕草はいささか、ぶっきらぼうである。
「アイレン?」
見かねたシズリーが声をかけるが、
「…………何?」
ジロリと彼女はシズリーの緑色の瞳を睨む。
「…ぅ…俺、何かした?」
気まずい中聞くが
「別に何も。黙っていたいならそのまま黙っていればいいのよ」
まるで、何か言いたいことを飲み込み消化させようとするかの様に、少し硬めのパンを乱暴に千切り、口へ放り込む。
そして、一気に飲み込んでしまう。
その様子からシズリーは
(……ばれてるね)
胸中で呟くが、気にするでもなく、対照的にゆっくりと時間をかけてパンを噛み、スープを味わう。
そんな二人の様子に
「アイレンは、寂しいだけだろう?素直じゃないな」
ルイが含んだ笑みを浮かべながら言葉をかける。
「寂しい?私が?そんな訳ないでしょう?」
ハンッ。と鼻で笑い彼女は否定する。
「へぇ?じゃぁ何が気に喰わないの?お兄ちゃんが聞いてあげるよ」
シズリーは悪乗りし追い打ちをかける。
「……何なのよ…二人して」
「随分、粗末に食事をしているから何か気にくわないことがあるんでしょう?」
シズリーはアイレンへと緑色の瞳を向け問いかける。
しかし、その問いかけを無視するかのごとく
「御馳走様っ!!!」
と言い放ち、アイレンは乱暴に椅子から立ち上がる。
食器を持ち厨房へ行った後、自身の部屋へと行ってしまう。
「ったく。素直じゃないんだからな。育て方を間違えたか」
とルイが少々呆れ声で呟くと
「意外と感情豊かなんだよね」
苦笑してシズリーが答える。
「今回はシズリーにも原因があるだろうよ」
「……まぁ……今日のはそうだよね」
バツの悪そうな顔をして彼は緑色の瞳を泳がす。
アイレンが、自室の部屋へと入ったのを確認してルイはシズリーへと問いかける。
「……再度聞くが別れは…言わないのかい」
「言わないよ。俺の性格上無理だよ。どうにも湿っぽいことが苦手でね」
そう言って、彼は豆のスープをスプーンですくい口に含む。
「まぁ、そんな性格なのも知っとるがな……そうだ…」
突然ルイは椅子の上で座り直し真剣な眼差しになる。
「……なに?」
シズリーはスプーンの手を止め耳を傾ける。
「………もしだな…」
言いかけたルイに対しシズリーは、
「仮にも養父として心配なのはわかってる。俺の目と手の届く範囲内ならちゃんと助けるし……守るよ」
と答える。
「それは、夕刻も言ったがやはり好意を持っているからかい?」
「なんでそうなるのさ」
ルイの質問にシズリーは続ける。
「恋心とか関係ないね。アイレンは…ジェイク・マトラーの娘だからだよ。それだけだ」
その答えにルイは
「そうか」
と漏らす。
その声はどこか寂しそうにも聞こえていて。
「まぁ……10年も世話になった人の娘だしね」
と、ルイにシズリーは笑いかける。
「ワシのところに来たのも……アイツから存在を聞いていたからだろう?」
食事をしていた皿が、綺麗になったのを確認して、ルイは丁寧に皿を集めながら聞いていく。
「なんだ。知ってたの」
眉根を垂らし、シズリーは困った様に笑う。
「何、アイツはよく異世界に行ってたんだろう?」
「うん。そうだよ」
シズリーは答えながら懐かしむ様に緑色の瞳を細める。
「ワシも、ジェイクから聞いてたんだよ」
「何を?」
眉根を寄せ、シズリーはルイを見つめる。
緑色の瞳に己の瞳を絡ませた後、ルイはフッ……と微笑み
「異世界から額に傷を持つ者が現れるだろうとな」
シズリーへと答えを告げる。
「それって何年前?」
「ぅん?ワシもジェイクも25の頃だから……かれこれ20年近く前だな」
ルイは指折り数える。
「その、10年後に俺がこうして現れたと…」
「そう。アイレンがまだたったの8歳の時だ」
「……あの日から10年も経過したなんてね」
シズリーは頬杖をつきルイの顔を一瞥する。
「なんだい?」
「いや?人間の老いは早いなと」
『老い』という言葉に特に気にするでもなく
「混合種のお前さんからしたら、人間の命なんて一瞬だろう?」
ルイは目の前の大きな尻尾と耳を持つ混合種に問いかける。
その問いかけに一つ頷いて
「まぁね。だからこそ、人間の強さと弱さは儚くも美しいと思う」
と、答えれば
「まぁ……異世界の者たちの様に純粋な者もいれば……汚い者もいるがな」
「それでこそ……人間でしょ。さて……俺も部屋に戻ろうかな」
ルイの答えに否定するでもなく、シズリーは相槌を打って椅子から立ち上がる。
「そうだな。明日の朝と言っていたしな」
ルイは壁掛け時計を見つめる。
そんなルイの背中にシズリーは、深々と頭を下げ、
「ルイ・ストレシア」
アイレン・ストレシアの養父の名を呼ぶ。
「……なんだい突然」
ルイは細い目を丸くしてシズリーを見る。
「10年前…突然転がり込んだ俺を、理由も聞かずただ黙って受け入れ見守ってくれた」
「……顔をあげなさい」
「……本当にありがとう」
そう礼を言い、シズリーは顔を上げる。
「ワシは何もしとらん」
「そんなことない。俺に対して沢山の疑問があっただろうなって思う」
「さっき、言っただろう?ジェイクから聞いていたと」
そのルイの言葉にシズリーは静かに首を横に振り
「でも、詳細は知らないはずだ。貴方のことだ……詮索なんてしない」
真剣な眼差しを向ける。
そして、一つ深呼吸し
「俺は、異世界から理由があって逃げてきた。それも法的な手段……運搬屋を使わずに。でも……今朝の騒動でもう逃げられないと理解したんだ……全てが片付いたら……」
全てを言い切る前にルイは
「無理して言わなくていいさ。そんな事だろうと思っていた」
と、告げる。
「え?」
「でなければ、あんなボロ布状態のままでワシの所には来ないだろう」
懐かしいな。と呟きルイは目を細める。
「ありがとう。温かく受け入れてくれて。アイレンにも黙っていてくれて」
「なに。それはお互い様だろうよ。ワシが秘密にしていることもお前さんは、アイレンに黙っていてくれているだろう?」
ルイはからかう様にシズリーへと問いかける。
その問いかけに一つ力強く頷いて
「あの日貴方と約束したからね」
と笑う。
「お前さんのタイミングで、あの子に伝えてくれる約束は今後も守ってくれるのかい?」
「勿論。異世界には帰るけれど、運搬屋を経由して伝達くらい出来るはずさ」
「流石、リー家の混合種だ」
フッフッ。と含んだ笑いをルイは零す。
「その言いようはやっぱり、全て知ってるんじゃないか」
シズリーは唇を尖らす。
「まぁ……どこのリー家なんかは知らん。ほら、もぅ寝たほうがいいんじゃないのかい?」
ルイはチラリと時計を見てシズリーを促す。
「お言葉に甘えさせてもらうね」
そう、答えシズリーは食堂を後にした。
ご拝読いただきありがとうございます。
第1章 大詰めです。
ボリューミーです。
次回は明日、
2/28 18時更新
となりまふ。
次回予告
「ハリス……」
東の空が明るくなり始めるころ、彼は呟く。
「さて…そろそろ行かないとね」
彼は、10年世話になった部屋に別れを告げた―――。
※次回はサクッと読めない仕様です。
じっくり、ゆっくり落ち着いて読むことをお勧めします。