第1話
「やぁぁぁぁっ‼︎」
ゲラタムの朝に、男達の声が響くー。
その二人の声に呼応するかのように、木々がざわめく。
そのざわめきの中で彼らは楽しげに舞い踊る。
「はっ、甘いなぁっ!」
「くっそッ!」
シズリーは蹴りを繰り出すが、カスールの腕によって防御される。
「カスールの自宅の裏に、こんないい庭があったなんてね!」
「感謝しろよな‼︎人目につかず、鈍った体を呼び起こさせてやれるんだからよ!」
八重歯を見せ、カスールはシズリーへと、左拳を繰り出す。
「あぁ!感謝してるよ!!」
笑みをたたえ、シズリーは彼の拳を平手で受け止める。
膠着状態のまま
「いい加減、魔術使ったらどうだ?」
カスールの金色の瞳がシズリーの緑色の瞳と交錯する。
挑発するかのような、金色の瞳を睨み返しながら
「残念。カスール相手に必要ないね」
シズリーは口元を上げ、あからさまに挑発する。
「ぁあっ⁉︎お前今なんて言った⁉︎」
丁寧にも、青筋を立てカスールがシズリーへと掴まれていない右手で、手刀を繰り出す。
「カスールには魔術なんていらないって言ったんだっ!」
彼の手を寸でで止め、シズリーはカスールの腕を捻り、放りあげる。
「……っ⁉︎聞き捨てならねぇなぁっ!」
空中に放り投げられた彼は
ズダンッ!
と激しい音を立て、カスールは足から伝わる衝撃を膝で受け流す。
多少の痺れはあったものの、彼は瞬時に大地を蹴りシズリーの懐へと飛び込む。
しかし
「あの体制から突っ込んでくるなんて流石だね!」
「そりゃどーも!!」
拳を作り、シズリーの腹部へと打ち込む。
「…まだまだだよ!」
平手で、その拳を受け止め反対にシズリーは右足でカスールの腹部へと蹴りを入れる。
「…っ…⁉︎」
刹那ー。
彼は目を見開きながら宙を舞っていた。
「ほらね。必要なかった」
ズダンッ‼︎と地面に叩きつけられる激しい音が響く。
普通の人間ならば、背面から叩きつけられ呼吸が困難な打撃。
しかし、シズリーは眉根を寄せるのにはそう時間はかからなかった。
カスールが同じように眉をひそめ、いや、彼の場合は背中の痛みを堪えての表情か。
しかし彼は、あっさりと立ち上がる。
「お前……手抜いただろ」
彼は開口一番に己の感じたことを吐き出す。
睨み付けてくる金色の瞳を見据えながら
「………伊達に、権力者じゃないね」
と、言葉を発すれば、目の前の男は肯定するでもなく
「今の蹴りなら、腹部でなく顎に入れろ」
と、更なる打撃を狙うよう言葉を発する。
「よく、まぁ蹴りを喰らって悪態つけるね……丸腰相手にはこれで十分だ」
「悪態つけるくらい、お前が手抜いたんだろ?顎を蹴って脳震盪くらい起こさせてみろよ。それか……魔術で俺の腹を貫くか……」
「そこまでする必要は無いよ。彼女のようにナイフとか使ってきたら、それはそれで肘の腱で受け止めてナイフを奪うかすればいいだろ」
肩をすくめ彼は、汗で濡れたタンクトップを脱ぐ。
カスールは顔を引きつらせながら
「稀にお前、とんでもねぇこと考えるよな」
と、目の前の混合種に告げる。
「自身の身は自身で守れと言ったのはお前の親父さんだよ」
んっ。と腕を天高く伸ばし彼は伸びをする。
その行動は組手を終わらせる合図だと、カスールは知っていた。
「ほら。貸せよ」
彼は右手を差し出す。
「ぇ、いいよ。洗ってから返すから」
シズリーは素っ気なく答える。
「組手がしたいっていうからワザワザ貸してやったんだが?」
「……分かったよ」
「なんで渋る?」
「……いや、汗臭いなって」
「俺のも洗うついでだ……それに、そのままだと風邪ひくぞ」
そう言いながら、カスールも自身のTシャツを脱ぐ。
じっとりと濡れた二人の体を初夏の風が撫でる。
半裸になり、裏庭から屋内……正確には彼の自宅に戻ろうとする後ろ姿を見て
「もぅ、ガキじゃないんだね」
シズリーが呟く。
彼はそこまで声を大きくして呟いたつもりは無かったが
「何言ってんだ。お前と初めて会ってから15年経つんだ」
ホレ行くぞ。と付け足してカスールがシズリーを促し、続ける。
「とりあえず、俺の負けは負けだ」
「……?」
なんのことかと言いたげにシズリーは眉根を寄せる。
「どうせ、俺に今夜のこと頼みに来たんだろ?全面的に協力してやる」
八重歯を見せ、カスールは笑う。
「なんだ。全部分かってたんだ?」
シズリーは意外そうに目を丸くする。
「まぁな。シーク・ドール対策という名目なだけで本当は今夜の協力の交渉だったんだろ?取り敢えずは……今夜の女と…」
言いながら、カスールはシズリーの頭から足の先まで見て
「……異世界からお前の服…の調達だな」
土ぼこりで汚れた黒いパンツを見て、カスールは呟いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ちょ……やっ…だ…カスー…ル」
シズリーの懇願する声が浴室内に響く。
「……何が嫌なんだ?ホラ」
シャワーの雫が飛び散る音と
「…ひっ……やめ…」
シズリーの肩で呼吸する洗い息遣い。
夏の暑さに比例するように、浴室内の温度も上がっていく。
「根性ねぇなぁ…」
クックッと喉で音を鳴らし、カスールが意地悪に笑う。
「根性…とかの問…題じゃ」
緑色の瞳に涙を浮かべるシズリーに
「…ほら、ここんとこ綺麗にしとかねぇとな」
右手にボディーソープを取り手をヌラリと光らせ彼はシズリーの大事な部分を少し強く触る。
そのときだった。
「ぎゃっ‼︎やめろよ!尻尾辞めてくれって言ってるよな!?」
ゼェゼェと息を切らしたシズリーが、カスールの肩を全力で掴む。
「シーク・ドール対策なら、その尻尾弱いのどうにかしたほうがいいと思うけどな」
人の悪い笑みを浮かべ、カスールはワキワキと泡だらけになった手を動かす。
「…っ…‼︎」
「ぉら!こんなゴワゴワゴワさせてねぇで!チャキチャキ綺麗にすんぞ!お前が異世界に行った時、兎に小言言われんのは俺なんだよ!」
コメカミに青筋を立て、そう言い放つか、手が触れるのが先か、カスールはむんずとシズリーの尻尾を握る。
「いっ…!…くっそぉぉぉおぉ!」
シズリーの絶望的な声が浴室内に響き渡る。
そのときだった。
「いつまでふざけてるおつもりで?」
ガラリ。と浴室内が開かれる。
そこに立っていたのは
「げっ…フルネル」
カスールは、シズリーの尻尾を離し愕然とする。
「着替え、置いておくべきかと思って声かけたんですけどね……」
腰にタオルは巻いていたものの、肩で息を切らし、少しだけ瞳を潤ませているシズリー。
それに相対するカスールを見て
「お邪魔だったみたいね。カスール、貴方が男色家だったとは知らなかったわ」
そう告げて彼女はヒラリ。と背を向ける
「ぁっ!フルネルさん!誤解しないで!違うぅぅぅぅぅ!」
絶望的なシズリーの声が響くと同時に
「って!まだ居たのかよ!」
カスールが見えない彼女の後ろ姿に叫び声を浴びせる。
その大声にフルネルは振り向いて
「忘れ物をして取りに来ただけよ。もう行きます……お客様もいらしてるから程々になさってね」
汚いものを見るような瞳で颯爽と居なくなる。
「客人…?」
カスールは疑問符を浮かべ呟く。
「よく、平然と居られるね…あの瞳は俺耐えらんないよ」
悲しげにシズリーは項垂れる。
そのとき
「フルネルさんに、交代って言われて来てみれば、何やってんのよ」
浴室内に現れたのは
「アイレン‼︎……なんか、勘違いしてる?」
パッと嬉しそうに彼女の名を呼んだのだが…シズリーは彼女の表情を読み取る。
黒いホットパンツに身を包む彼女は、
泡にまみれ目を赤くした彼を見て
「……私はなんも見てないわ」
棒読みで、踵を返すアイレンに
「いや!絶対勘違いしてる‼︎」
シズリーは大きな声を出し、濡れた手で彼女の肩を掴む。
「趣味嗜好は人それぞれだと思うわ」
お構いなく。
と付け足して彼女はシズリーの手を払いのける。
そんな彼女の名をカスールが呼ぶ
「アイレン」
「何よ」
「俺らは別にやましい事をしてたわけじゃなくてだな」
妹に誤解されたことの方が余程ショックなのか、カスールが言葉を紡ぎ続ける。
「れっきとしたシーク・ドール対策だ」
と言い切る。
「シーク・ドール対策?」
眉根を寄せアイレンは聞き返す。
「コイツ、尻尾が極端に弱いだろ?だから、荒治療だな」
親指を後ろに座っているシズリーへとカスールは向ける。
その質問にアイレンはストンと腑に落ちたようだった。
「……尻尾弱いの?」
そう呟き、スタスタと裸足の彼女は浴室内へと侵入する。
「アイレン?」
カスールが怪訝げに彼女の名を呼ぶと
「…私もずっと気になってたの。そはのゴワゴワした小汚い尻尾」
そう言ってシュコシュコと、ボディソープのポンプを押す。
「まさか」
「同士ね兄。抑えてて」
ニコリと彼女は微笑み、カスールへと向き合う。
「構わねぇけど……」
そう言ってカスールはシズリーを立たせシズリーの尻尾をむんずと掴む。
「ちょっ!二人とも待って…ひっーーーーっーーー‼︎」
声にならない悲鳴をあげ、シズリーはその場にヘタリ込む。
「綺麗にしてあげる」
そういう彼女の目元は冷徹で
「おいおいアイレンせめてその辺に」
見かねたカスールが声を掛けるが
「…貴方が先に始めたことよ」
そう言い捨て、シズリーの尻尾をゴシゴシと洗いはじめる。
「ひっ…ぃった…アイ…レン…」
時折シズリーの、痛みに歪む顔と声が漏れだすのをカスールは
「ちょ、そのくらいにしてやれって…な?」
不憫に思ったのか、アイレンを再び制したのだが
「中途半端に裸体なんて見せつけて。こうでもしないと、腹の虫が収まらないのよっ」
頬を朱に染めていればまだ、可愛げがあったのかもしれないが
「それっ…て昨晩のこと?」
恐る恐る、シズリーはアイレンの金色の瞳を見つめあげれば
「よぉく分かってるじゃない?」
青筋を立て、目が座ったままのアイレンが微笑むのだった。
本日改稿作業完了しました。
三章本日よりスタートです!




