第2.5章−最終話−
ベッドにナイトテーブルを隣接させ
「さて、始めようか」
消毒液を片手に、俺はベッドに胡坐をかく。
「そう…ね」
ベッドの前の椅子に座りながら、アイレンは返事をする。
「何固まってんの。ほら」
「……っ…」
(痛みに恐怖する人間が暗殺業をしているなんて誰が想像できるんだろうな……)
痛みを想像し恐怖が勝っているアイレンの腕を掴んで、俺はベッドに立膝を付き
「怖い?」
綿棒に消毒液をしみこませながら問う。
コクリ。と一つだけ小さくアイレンが頷く。
「きっと大丈夫だよ」
「きっと?」
「俺もピアスは開けたことないからね。実際の痛みは知らない」
「そう……よね。……ひゃっ…冷たっ…」
「我慢して」
俺は念入りに彼女の柔らかな左の耳たぶに消毒液を塗る。
「化膿するかしら」
「夏じゃないから大丈夫じゃないかな………開けるの辞めようか?」
あまりにも不安がるアイレンに俺は手を止める。
(本当は、俺がおかしくなりそうなんだけどね)
アルコールの摂取のせいか。
本当に怖いのか。
「辞めないで」
普段見せないような不安げな瞳を見せ彼女は俺に懇願してくる。
なぜよりによって、今日彼女はオフショルのニットなのか。
日の光を知らなそうな白い肩。
華奢な彼女の体を強調させるのには充分すぎるほどの洋服だ。
「…………」
無言で、ポンポンと頭を撫で俺は一息つく。
言葉を紡げば、きっととんでもないことが唇から漏れ出してしまいそうだったからだ。
それにしても
(……足元は不安定だし、アイレンとのバランスが……ベッドに座ってもらうか?)
上手いこと、俺自身のポジショニングが悪く、苛立つ俺に
「ねぇ、シズリー?」
「こうすればいいんじゃないかしら」
「……は?」
「ここに私が座ればちょうどいいんじゃない?」
他意はないと思うのだが、彼女は微笑み容赦なく、胡坐のかく足の上へと座り込む。
しかも、腕を俺の首の後ろに回して……だ。
思いもしない彼女の行動に
「はぁ!?」
俺はつい、声を荒げてしまう。
「な……何よ」
「ぁ……え、いや?」
しどろもどろになる俺に
「なんだかさっきの体制だと苛立ってたし……この方が楽でしょう?」
澄んだ瞳で見つめあげられ、俺はどうしていいか分からなくなる。
「あ…あぁ。楽だよ。楽なんだけど……」
「何?」
「随分大胆だね。……アルコールのせい?だって、こんな所に座るなんてさ……まるで…」
尻すぼみになっていく俺の言葉に
「………っ!!そういうんじゃないわよ!!!変態!!!」
意味を理解したのか。
彼女は慌てて立ち上がろうとする。
薄暗い部屋の中じゃ、彼女の顔色までは見えないけれど
(きっと真っ赤なんだろうね)
俺は口角を釣り上げて、そんな彼女の腕を引き、無理矢理己の足の上へと引き戻す。
「ちょ……え?シズリー?……んっ…」
不安げに見つめあげてきた彼女の耳に俺は
「このままの方が良さそう。一瞬で終わらせるけれど、きっと痛いだろうから……俺の肩に爪を立てるなり…噛むなりして痛みを逃すと良いよ」
囁く。
(その痛みさえも愛おしい。なんて絶対言わないけどね)
胸中で付け足す俺に
「……分かったわよ」
そう言いながら、アイレンは俺の胡坐のくぼみへと跨る。
芳香な白ワインの香りとアルコールの匂いが俺の嗅覚を刺激して。
彼女の睫毛が……
唇が……
今までに経験したことのない距離にあって
「……っ……」
思わず俺はたじろいでしまう。
「なんで、シズリーが恥ずかしそうにしてるのよ……」
「いや……思ったより……うん……」
「……どういう風に座ればよかったわけ?」
不服気にアイレンは開脚し、腰を下ろす。
アイレンの体温が、俺の体温と混ざり合うまでにそう時間はかからなかったのだ。
「いや、まぁ……他にないよね」
彼女が提案したこととはいえ、俺は何て事を承諾してしまったのか。
「でしょう?ほら、さっさとしてよね」
「……分かったよ」
頷いて、俺はピアッサーを右手に持つ。
ビクリ。と彼女の肩が揺れ動いた気がして、緑色の瞳で見つめると
「躊躇なく……やってよね」
ギュッ。と、彼女の細い指が俺の肩を掴んでくる。
「………あぁ。途中で痛いって言っても辞めてあげられないよ」
そう言いながら、彼女の柔らかい耳朶にピアッサーをあてがう。
そして
「―――――ッ―――!!」
声にならない彼女の悲鳴と己の肩に食い込む彼女の指の感触を味わうのだった。
彼女の指示通り、三つほど彼女の耳に傷跡を刻み込んだ俺は
「しっかり冷やして、こまめに消毒するんだよ。じゃ、おやすみ」
そう、告げる。
ロードライトガーネットのピアスと、マスターからもらったピアスを無事に付け終えたアイレンは
「ありがと。おやすみ」
保冷剤を耳にあてがいながら、部屋を出ていく。
(一気に3つも開けたわけだけど……)
きっと酔いが覚め、眠った後の明日の彼女からはお小言の一つや二つ聞くのだろうか。
だが、今はそんなことよりも
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
俺は全身の力が抜けるのを感じながら自身のベッドへ仰向けに転がる。
(……理性が…勝ったんだよね?)
最終的に、自身の膝の上へと誘導したものの、やっとの思いだったことを自覚する。
(そんなに好きかよ。子供じゃあるまいし)
胸中で毒づいたとき、
コンコンコン。と部屋の扉をノックされる。
「……どうぞ」
アイレンが忘れ物でもしたのかと思いながらドアを開けると
「夜更けにすまんな」
顔を出したのは
「構わないよ。どうしたのマスター?」
まさかの訪問に俺は眉根を寄せる。
「大事な話があってな」
「大事な話?」
聞き返す俺に、一つだけ頷いて
「ジェイク・マトラーのことだ」
その人物の名に、俺の大きな耳が自然と動く。
アイレンから、実父がジェイクさんであると聞いた今。
「ピアスと関係あるのかな?」
質問しながらマスターを部屋へと招き入れドアを閉める。
「やはり知っとったか」
「まぁね。あのピアスはジェイクさんの物だのはずだ。それをなぜマスターが?そして、その事実を知らないだろうアイレンに今日渡したのかな?」
俺は、質問を投げつける。
「ジェイクは親友。そして、アイレンの実の父親だ。だからこそこっそり形見を渡そうと思ってなぁ」
「こっそり?」
眉根を寄せる俺に
「アイレンは養子なんだよ」
「それはさっき本人が教えてくれたよ」
俺は腕組みし壁にもたれかかる。
「なんだ。じゃぁ話は早いな」
「いやいや。待ってよ。もう少し、質問いい?」
「なんだい」
穏やかにマスターは笑うのを見て、俺は質問を続ける。
「俺が知っているジェイクさんは、息子しかいないはずだけど?」
「あぁ、カスール・マトラーのことかい」
答えをサラリと告げられ俺は面食らう。
「カスールのことも知っとるよ。まぁ、知ってると言っても3歳までの彼だけどな。もっとも……ジェイク亡き今、息子がどうしているかなんてのは知らん。仲間がどーの。というのは聞いたことはあるがね」
懐かしそうにマスターは目を細める。
(ポーターの事は……知らない?)
それよりも……
「その話だと、ジェイクさんには2人の子供が居たってこと?」
異世界でそんな話を俺は聞いたことが無い。
もっとも…俺が知らないだけということもあるのだが…
「そうさね。しかも二卵性双生児だよ」
「双子?仮にそうだとして、彼女とカスールの出生日は違っているはずだ」
「ある組織に知られないためさ」
「組織?」
「そう。シーク・ドールを創り出す組織だ。まぁ、ワシも噂でしか知らんが……」
「………そういうことか。というか、シーク・ドールまで知っているんだ?」
「まぁな」
俺は、この答えにすべてを理解した。
その組織こそ、ジェイクさんを葬り去った奴らだからだ。
もっとも、その組織が存在しているかは定かでもないし
(あの混乱の中での噂話だと思っていたんだけど…)
ジェイク・マトラーの訃報は、異世界を震撼させた。
それと同時に大混乱を起こした。
(偉業を成しえ、父上が唯一信頼した人間だったことを混合種……いや、シャルバラの者は皆知っていた。だからこそ、当時の混乱ったらなかった)
でも
(その混乱で俺は人間界に来れたんだけど)
無言で考え込む俺にマスターの声が響く。
「ジェイクは一人で全てを抱えとったよ。ワシに相談するでもなく……いや、唯一相談されたのは、アイレンを引き取る一週間前」
「……?」
「『俺がこの世からいなくなったら、アイレンを頼む。息子には俺の仲間がいる。だが…アイレンには居ないんだ。普通の女の子として育ててくれ』とな。もっとも、アイレンも最早、普通とはかけ離れ取るが……」
と、マスターは俺を見て口角をあげる。
本当に、この人はどこまで何を知っているのだろうか。
(アイレンが暗殺者ということも……知っている。ということかな。……でも)
「なぜ、アイレンはその仲間とやらに引き取ってもらえないの?普通でなくなるから?」
「組織には息子も娘も知られていない。といつだか聞いたことがある。今でこそ、想像でしかないが……きっとアイツは既に目をつけられていたんだろう」
「だから……年数を離して……引き取ると?」
「そうさ。そして、自身の子でなく自身さえも里親として引き取るつもりだった」
俺の質問にマスターは付けたし答える。
「アイレンは、ジェイクさんが亡くなっていることを知っているの?」
あの様子じゃ知りもしないだろう。
ジェイクさんの事をよく知る人物が……きっとアイレンをそそのかしているに違いない。
いや…もしかしたらその人物さえもジェイクさんの事を知らないのだろうか。
「………知らんよ」
「何故?」
「伝えようとしたんだがな。彼女を引き取りに来る前夜、ジェイクは殺された。引き取るまでにアイレンはジェイクと施設内で何度かあっていてな。迎えに来なかったと思った彼女は幼いなりに裏切られたと、深く傷ついてしまったんだ。だから」
嘘を一つついたんだよ。
付け足してマスターは呟く。
「嘘?」
「ワシは、幼いアイレンにジェイクは死んだと言えなかった。かなり、彼の事を慕っていたからね。『突然、遠い国での仕事になりどうしても来れなくなってしまった』と伝えたんだ」
俺は、マスターの言葉に右手に拳を握る。
そんなの、大人の勝手な都合。
状況も分からなくもないが……アイレンは未だに生きていると思い、手を赤く染め上げている。
「………マスター。優しい嘘のつもりかもしれないけれど…時に、それは凶器だ」
「今になって反省しとる。だからこそ、彼女が暗殺していることも黙認しとる。いずれ、真実を伝えるよ。その時彼女にならワシは恨まれても仕方ないと思っているさ」
寂しげに、彼が言葉を紡ぐのを見て
「その恨まれ役、俺が買って出ようか」
自然と口から言葉が溢れては紡ぎだす。
「突然、真実を告げたところでアイレンは納得なんかしない。ましてや……ジェイクさんは人間界では人殺し。暗殺者だ。どうしてそのように生きたのか。そして、そこに行きつくまでの経緯を……いや異世界での偉業を知ってからにしてほしいんだけどな……どう思う?」
俺の言葉に
「シャルバラでの偉業?」
「あぁ。そうさ。でも、これはアイレンに先に伝えるべきだと思う。だから、マスター、今は貴女には教えられない」
「そうか……頼んだよ」
納得した顔をしてマスターは微笑む。
「……たまには頼ってよ。混合種としては若いけど、人間に例えたら俺の年なんて相当だ」
「実際、君はいくつなんだい」
「さぁね。想像にお任せするよ」
そう告げて、俺はマスターを部屋から送り出す。
「おやすみ。シズリー」
「おやすみなさい。マスター」
そう挨拶を交わし、俺は自室の扉を閉めたのだった。
2.5章 END
ご閲覧ありがとうございます。
この章で一番書きたかった部分が書けましたっっ
何が書きたいって、ちょっと夜な感じ?←
次回更新
10月23日21時頃
を予定しております。
次回で2.5章終わります。
その次はごめんなさい。
シーク・ドール達の番外編…
しかもパンツパンツパンツパンツ言ってます(´・∀・`)
時系列で、
ぁ、ここってこの人?
みたいな繋がりもあるので楽しんでいただければ幸いです。




