表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/44

第3話


「うん。美味しかった。さて、そろそろ……寝ようかなー……」

大好きだいうケーキを平らげてアイレンは笑う。


「今日のお開きはまだ早いよ」

そう言いながら、俺はワイングラスに白ワインを注ぐ。

「ぇ?」

「はい。どうぞお姫様」

芳香な香りを放つ白ワインを彼女の前へと差し出す。

「ヘリクサムでは18で成人扱いだ。お酒も飲んでみなさい」

マスターが微笑み、アイレンへと促す。


「そっか……私18になったのよねぇ」

ワイングラスを繁々と見つめるアイレンに

「そう。お酒も素敵なレディになるための嗜みだよ」

俺は頬杖をつき言葉をかける。

「嗜み?」

問いかけてくるアイレンに

「そう。嗜み」

俺は頷く。


「どこまでが自分の限界なのかを知るのも大切なことだ」

そう言いながら、俺と自身のグラスにマスターはワインを注ぐ。

「最初はビール。とかからじゃないの?」

アイレンの問いに答えるのはマスターだ。


「いいかい。アイレン。君の名はね、白ワインになる葡萄の花の一種の名前なんだよ」

「花の名?知らなかった」

呟く彼女を一瞥し

「白ワインの生産を多く占めるのはアイレンという品種。沢山の人に愛され、親しみのあるレディへとなりなさい」

マスターはゆったりと答える。

「だから、今回はビールでなく白ワインってわけ?」

「そうだ」

満足げにマスターは頷く。



「さ、飲んでみたら」

俺はアイレンを促す。

「二人は飲まないの?」

彼女の言葉に、俺とマスターは顔を見合わせると

「それは失礼。乾杯しよう」


そう告げて、マスターはグラスを掲げた。





どのくらいゆったりとボトルを開けただろうか。

気が付けば、星は瞬いている。

「……そろそろ寝ようかな」

頬をほんのりと蒸気させアイレンが呟く。

(初めてにしては上出来だね)

俺は胸中で呟く。

もっと、アイレンはアルコールに弱いものだと思っていたからだ。


「眠い?」

「少し」

「ちょっと待ってて」

そう告げて、俺は急いで自室に戻り『マーガレット』のピアスを持ってくる。


俺が席に着くのを確認し、マスターも

「じゃぁ、わしも取ってくるかな」

そう言い、席を立つ。

交互に席を離れる俺たちに

「……なに?」

怪訝にアイレンが疑問を投げるから

「時期にわかるよ」

一つだけ俺はウィンクする。

「待たせたなぁ」

よいしょ。と言いながらマスターも席に着く。

彼の手の中には小さな布袋。


(随分、年期が入っていそうだけど……)

俺は眉根を寄せその布袋を一瞥する。

「ねぇ、なんなの二人して」

アイレンが眉根を寄せて問いかけてくることで、俺は布袋から視線を外し

「はい。これは俺からね」

「へ?」

「バースデープレゼントだよ」

呆ける彼女の掌にプレゼントを握らせる。



「……ッ!?ちょっと!!此処って!!」

彼女はラッピングされているリボンの刻印を見て声を荒げる。

「何?」

「何じゃないわよ!『マーガレット』って凄く敷居の高い、お値段も高いジュエリーショップじゃない!!」

慌てる彼女に

「残念。中身はそこまで高くないよ」

俺は頬杖をつき、答える。



実際、思っていたほど高くはなかったのだ。

(どうやら、アイレンは『マーガレット』はただの高級店としての認識しかないようだね)

らしいな。なんて思い俺は微笑む。


ほらね。

愛の告白なんてするような間柄じゃない。


「随分とめかしこんでいたのはこの店だったからか」

マスターが笑う。

「ぁ。それは内緒だよマスター」

「いいじゃないか。本当のことだろう?」

「まぁ……うん……。ほら、アイレン開けてみなよ」

俺は恥ずかしくなり、アイレンに開けるよう促す。



アイレンの細やかな指先がリボンをほどいてゆく。

(お気に召すといいんだけどね)

その様子を見守っていると

「……素敵…。でも、やっぱりこれ凄く高価そうよ?」

アイレンが申し訳なさそうに聞いてくるから

「18歳は特別だよ。値段なんか気にしなくていい」

アイレンに微笑みかけながら

(なに。シャルバラからお金はカスールに持ってこさせるし)

俺は胸中で付け足す。


すると

「しまった。被ったか」

マスターが声を上げる。

「被った?」

「そうさね」

手短に答え、マスターはアイレンの掌に先程の布袋を乗せる。

「開けていい?」

「あぁいいよ」

マスターの答えにアイレンは布袋を開け

「……父さんもピアス?」

人差し指と親指で彼女は摘まみ上げる。


取り出された小さなリング型のピアスに

(そのピアスは……っ!!!)

俺は目を見開く。

到底、マスターから出てくるものではないと思っていたからだ。


「アイレン。18歳にはこのピアスをと思っていたんだよ」

マスターは微笑む。

「随分年期入っているようだけど、昔から思っていたの?」

嬉しそうに口角を上げる。


その何も知らない彼女に

(違うよアイレン。それは……そのピアスは……)

俺は、事を告げてしまうのがよくない気がして

言葉を飲み込む。


「よかったねアイレン。俺、そろそろ部屋に戻るよ」

「ぇ?シズリー?」

「マスターもほどほどにね。明日も朝早いんだから」

「わかっとるよ」

マスターの声を背に受けながら、俺は足早に自室へ戻る。


そうでもしないと、そのピアスの出所を話してしまいそうだったからだ。



俺は足早に自室に戻り、ベットへ腰かけていた。

鼓動がドクドクと脈打つのを感じながら

(……なんでマスターはあのピアスを持っているんだ)

胸中で呟く。


あれはもう30年以上も前…

ジェイク・マトラーが身に着けていたものだ。

当の本人は13年前にすでに亡くなっている。


それを何故マスターが持っているのだろうか。

(………そしてなぜ、それを娘のアイレンに渡したんだ?)

考え込む俺の耳に部屋のノック音が掠める。



俺はベットから立ち上がりドアを開ける。

キィィ。と小さく悲鳴を上げる扉の先には

「ごめんね。寝てた?」

赤い癖毛を揺らし金色の瞳でアイレンが俺を捉える。


「いや。アイレンこそ寝てなかったの?眠かったんでしょう?」

「うん。伝えたいことがあって」

「………伝えたいこと?」

俺は聞き返しながら彼女を見つめる。


「いいの?」

「かまわないよ」

ピアスのことは触れないように。

当たり障りなく、彼女の話とやらを終わらせよう。


そう決意して

「アイレンがいいならね」

微笑み、招き入れる。

「失礼するわね」

そう言い、彼女は足を踏み入れる。

「話したいことって?」

俺はアイレンに問いかける。


いつの間にか上空に上っていた三日月が細い光となって部屋へと降り注ぐ。

「私の父親のことよ」

月色と同じ澄んだ瞳をこちらに向けてくる。


「父親?」

眉根をよせて問いかける俺に

「18になったら、教えておこうと思って。もう10年の付き合いになるし知っておいてもらおうと思って」

と、アイレンは答える。

「なんだろう。それは光栄だね」

「どういたしまして」

俺はベッドの隣に椅子を引き出し、座るよう促す。



「私ね、養子なのよ」

「養子?」

「そう。ルイ・ストレシアとは血が繋がらない親子関係なのよ」

そう答えながら彼女は椅子へと腰かける。



(………もしかして、探している人物って……その父親のことかな?だとしたら……殺したい人物……そもそも暗殺者っていうのは一体……?)



胸中で疑問符を浮かべる俺に

「驚かせた?」

見上げる彼女に

「いや。それで?本当の父親は誰かとか知っているの?」

「5歳までね数回会っているわ。名前はジェイク・マトラー」


その答えに俺は動揺を隠しきれているか不安になりながらも

「………そこまで知っててなんで養子なの」

と、言葉を紡ぐ。


「私にも本当の理由がわからない。捨て子は捨て子……だったのかしらね」

悲し気に彼女は呟く。



(この様子じゃ、ジェイクさんが故人であることを知らない?)

俺は脳内で考えを巡らせる。


(そもそも、それなら彼女の探している人物って……誰なんだ?確かに…ジェイクさんは人間界(こちら)ではポーターであり腕の効く暗殺者……)

眉根を寄せる俺に気付くことなく

「でもね、ルイが本当の父親だと私なりに思っているのよ」

アイレンは微笑む。


「そう。今は幸せ?」

俺の問いかけに力強く頷いて

「えぇ。とても」

「ならよかったね」

俺は彼女の赤い髪をなでる。



「ねぇ」

「何?」

俺はベッドに腰かける。

ベッドより少し高い椅子は、普段下から見ることのできない彼女を見ることができる。


「一つお願いがあるのだけど」

アイレンなりの大きな告白を終えて、安堵しつつも伏目が地に俺を見つめる。

「お願い?」


手には2種類のピアスを持ちながら彼女は言葉を紡ぐ。

「ピアスホール」

「え?」

俺は聞き取れなくて聞き返す。

「ピアスホール開けてほしいのよ」

申し訳なさそうにアイレンが呟く。



「へぇ?」

ピアスホールという傷跡を。

彼女の『初めて』をこの手で貰えるかもしれないという事実に俺は口元が緩む。


ピアスの出所なんて、今はどうでもいいと思えてしまうほどの欲望だ。


そんな俺に

「何ニヤニヤしてんのよ」

「やだな。気のせいだよ」

口元を手で覆い隠しながら答えると

「だって怖いじゃないのよ!!」

べりっと手を引きはがされる。


「怖い?」

「そうよ!ピアスホールって穴なの!!肉に針を刺すの!!」

「うん。そうだけど?」

「痛いでしょ!?」

椅子から降り、立膝になりながらアイレンは俺を見上げる。

「……たぶんね」

そう答え、俺は彼女の耳たぶに触れる。


「……んっ……」

「こんなに綺麗な耳なのに……開けて言い訳?」

18年もの間、傷つけずに来た耳を、こんな俺が開けていいのか疑問を抱く。

でも、そんなためらいは一瞬で吹き飛んだ。


「だって……シズリーが選んで買ってくれたんでしょう?……つけたい」

なんて言ってくれるからだ。

「その言葉ずるいよ」

はぁ~とため息をついて、ほんのりと熱くなる顔を俺は背ける。


「ずるい?何が」

無自覚にも聞いてくる彼女に

「……何でもない。こっちの話。……でもいいの?後悔しない?」

俺は再確認する。

いくら彼女の頼みと言えど、己の欲望で奪ってはならないと思ったからだ。


しかし


「これで開けて」

そう言い彼女はポケットからピアッサーを取り出し。俺の掌に乗せる。

「……持ってたの?」

「前から興味はあって」

「でも勇気がなかったってこと?」

「………」

黙り込む彼女に

「でもこれ、片耳用だね」

「え?」

「大丈夫」

俺はベッドから立ち上がる。

ナイトテーブルの引き出しを開けるためだ。



「……?」

眉根を寄せるアイレンに俺はピアッサーを握らせる。

「ピアスを買った日に、一緒に買ったんだ」

「なんで?」

「単純に必要かなって思ったからね」

「そう……なんだ」

ピアッサーの重みに怖気づいたのかアイレンの表情は硬い。

「やっぱり辞めておこうか」

「辞めない。今を逃したら、私ずっと開けないままだと思う……」

尻すぼみになっていく言葉に

「そう。じゃぁ、保冷剤と消毒液……それに綿棒かな。持ってくるから待ってて」

そう言い残し、俺は部屋を後にする。



(まさか……こんな……どうしよう。凄く嬉しい)

想いは伝えられないけれど

一生消えない傷跡を俺が刻み込めるなんてね……



高鳴る鼓動を抑え、俺は足早に準備へと向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ