第2章−最終話−
「さてと……お仕事のお話でもしよっか」
オッドアイの瞳でウィンクするリリアを一瞥し
「そうね」
一つだけアイレンはため息をつく。
相手は『シーク・ドール』。
先刻彼女を動揺させた人物。
そして……彼を狙っている事実。
いつ、その矛先が自身に向くのか。
彼女は様子を見ながら警戒する。
そんな彼女の様子とは裏腹に
「アイレン!ため息は幸せを逃がすのよ!?」
リリアは両手を腰に当てる。
「誰のせいよ」
彼女は赤い髪を掻き上げて睨みつける。
「私のせいって言いたいのー!?」
「分かってるじゃない」
そう答え、アイレンは頬を膨らますリリアに向き合い、自身の親指と人差し指で彼女の両頬を挟む。
ポヒュ……と間抜けな音と空気がリリアの口から漏れ出る。
「……意地悪ねッ」
フンッ。とリリアはソッポを向く。
「それで?明日はどうしたらいいのかしらね。先刻の話だと……暗殺が依頼じゃないようだけど?」
子供のような彼女にアイレンは金色の瞳で促し、依頼書をリリアに差し出す。
「人型精霊……スノウェルを救い出してほしいの」
依頼書を受け取り、リリアはギュッとそれを握りしめる。
クシャリ。
という紙の音に呼応するかのようにリリアの表情もクシャリとゆがむ。
「スノウェル?」
「そう。フローラのお友達よ」
そう答え、リリアは右耳のイヤリングに触れる。
そのイヤリングを見てアイレンは、ヘリクサムで起きた出来事を思い出す。
「あぁ。お花の?」
「そのとーり!スノウェルは冬の精霊さんだよ!」
歪んでいた表情が一瞬にして華やぐものへと変化する。
「そのスノウェルとやらを救い出すにはどうしたらいいの」
「今回のターゲット。『ソイド・カルーシャ』のお屋敷に……祭典にライアとペアで潜り込んで欲しいの」
「………ライアと?」
思わぬ人物の名に、アイレンは眉根を寄せる。
「明日の祭典は男女ペアでしか入場できないの」
リリアの答えにアイレンは瞬時に理解する。
先刻、シズリーが話していた祭典の入場方法と同じだからだ。
「リリア。あなたはどうするの?」
「私は、ソイドのところは顔パスだから普通に入るよ」
顔パスという言葉に多少の引っ掛かりを覚えつつもアイレンは先を促す。
「それで?」
「祭典が始まれば、スノウェルが競りに出されるから……」
「高額で競り落とせばいい?」
「違うわ!!競りが始まる前に救出するのよ!!」
「………は?」
「ソイドは何をしでかすかなんてわからないわ!かと言って、競り出される前のスノウェルの居場所なんて正直分からないのよねー」
しょんぼりとうつむくリリアを見て、アイレンは
「………あまりよろしくないんじゃないのそれ」
半ば諦め彼女はリリアの言葉を待つ。
「きっと、会場に入る前にソイドとスノウェルはきっと一緒!アイレンは、ソイドとお話をしていてほしいんだ!その間にチャッチャッチャーっと私が救出しちゃうんだから!」
ふふーん!と得意げにのけぞるリリアに、アイレンは自身の頬が引きつるのを感じ取る。
あまりにもザックリと……そして単純すぎる作戦だからだ。
しかし、彼女の脳裏に一つのことが過った。
「だったら、こちらからも提案があるのだけど」
金色の瞳を鋭くし、アイレンはオッドアイの瞳を見つめる。
「なぁに?」
「ライアとでなく、シズリーとペアにしてくれないかしら?」
「シズリーと?」
アイレンは一つだけ頷いて、
(シーク・ドールの話もしてしまったし……きっとライアの事も感づいているはず……第一、明日の祭典にシズリーも用がある。好都合よ)
胸中で算段する。
そんなアイレンの提案をリリアはブンブンと首を横に振り、一蹴する。
「無理だよ!ダメダメ!!」
「……なぜ?」
「だって、シズリーはテアちゃんにお任せす………っ…!!」
しまった。
という顔をして、リリアは慌てて己の口を手のひらで押える。
「聞き捨てならないわね」
「何でもないわ!!忘れて!!忘れてよーっ」
「無理なお願いね。おおかたシズリーの事を狙っているんでしょう?目的は?」
立ち上がり、アイレンはリリアの華奢な手首を掴み、唇から引きはがす。
(……本当にシズリーが思っている通り、ペンダントが狙い?)
ギリ……とアイレンの手に力が入る。
「アイレン痛いーッ!離してってば!!」
「不安材料そのままに仕事なんて無理なのよね」
「ぅ…ぅー……ライアもアイレンと一緒に行くって言っていたんだけど……ぁー…んー……ライアに聞くから!聞くから!ね?離してようっ」
リリアの懇願が本気なのか
ワザとなのか。
アイレンには分かりかねたが、彼女はリリアの手首を解放する。
「ぁーん。痛かったぁ~」
赤くなっちゃったじゃない!と彼女はアイレンに手首を見せつけてくる。
「もっと掴んでいてもよかったのよ?あぁ、貴方を人質にライアに交渉っていうのもいいわね」
ニヤリとアイレンは口角をあげる。
しかし
「アイレンにライアは揺さぶれないと思うよ」
リリアは即座に言い返す。
「………」
アイレンはその言葉に押し黙る。
リリアの言葉は正しい物だからである。
ライアは、彼女の暗殺の師。
手合せを今までにも何度か願ったが、勝てた試しが無いのだ。
「そうやって、交渉手段を身に着けたことは感心するけどね……あまり私たちを馬鹿にしない方がいいよ」
リリアはそう言って、アイレンを下から覗き込む。
「……ライアは……ね」
「どういう意味?」
リリアは眉根を寄せる。
「それこそ、こちらも馬鹿正直に話すつもりなんてないわ。それで?きちんとライアに話をつけてもらえるのかしら?」
「もっちろん♪でも、最終判断は私じゃないからっ。じゃ、また明日ね!フローラお願いねー!」
リリアは鈴型のイヤリングを突き上げる。
「ぁ!ちょっと!」
アイレンはリリアを制すが
「バイバーイ♡」
花びらを纏いながら、人型精霊に抱かれてリリアはアイレンの眼前から姿を消す。
「…何を着ていくとか場所とか……一切聞けてないんだけど」
彼女の疲弊した声が、虚しく部屋に響くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
ツインテールの少女が目の前から消え去ってから、アイレンは再度シャワーを浴び、寝巻に身を包んでいた。
柔らかく、太陽の匂いがほんのりと香る宿屋の寝巻に、彼女はほんの少しだけ酔いしれる。
酸素が気管支を巡り、肺に満たされては、二酸化炭素へと変化し体外へと排出される。
自身の赤く光るピアスとリング型のピアスを外し、ベッドに隣接するナイトテーブルに置き、彼女はゲラタムの市街を見下ろし呟く。
「すっかり夜も更けこんでいたのね」
明日の祭典の準備なのか。
観光客が多い道に隣接している宿屋だからなのか。
先刻までの街の賑やかさは遠のき、街中に溢れるランタンが優しく、ゲラタムを照らしだしている。
彼女が窓から、天を見上げるとほとんど丸くなっている月が天高く浮かんでいた。
もうあと2日で満月だ。
(どこに行ったのかしらね。……冗談だと思っていたけど、本当に一夜限りの相手を見つけに行ったのかしら)
ふと、なかなか帰ってこない彼の事を彼女は思い出す
「……馬鹿ね。気にしてどうするのよ」
口から無意識に言葉が紡がれアイレンは
(気にする?どうして?)
自問しながら、窓枠から離れベッドへと潜り込む。
(きっと、今日恋人ごっこなんて馬鹿げたことに付き合ったからだわ)
掛け布団を頭まで被り、彼女は固く瞼を閉じる。
(触れらて……嬉しいとか。リリアの頭に触れたことに多少違和感を感じたとか……あり得ないもの)
彼女は無意識に、自身の耳へと触れる。
小さく開いたピアスホール。
指先が触れ、彼女は昨年の秋を思い出す。
(………10年家族のように接してきた。こんな小さなピアスホールでも彼から付けられた傷跡。シズリーに触れてきた人たちは一体どのくらいいるのかしら……って)
アイレンは、一瞬固まり己の感情を否定する。
(まさか、そんな……ね。好きとかね。そんなのじゃないわ。きっと気の間違い)
一つだけため息をついて、彼女は布団から顔を出し時計の針を見つめる。
「……くだらない。本当にくだらないわ」
一人残るこの空間に、自身の声を聴きながら彼女は眠りにつくため瞼を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
アイレンが眠りについてからどのくらいの時間が経過したのだろうか。
もしかしたらさほど時間は経っていないのかもしれない。
天高く浮かぶ月が少し傾きだす。
そんな時間だ。
「ただいま」
キィ……と静かにドアを開けシズリーが部屋へと戻ってくる。
「寝てるよね」
アイレンの眠る表情を見て、彼は微笑む。
彼は、ヘリクサムでのルイからの言葉。
先刻のフルネルの発言で、アイレンに対する自身の好意が前面に出ているのだと自覚し始めた。
(子供じゃないのにね……情けない)
ひょっとしてアイレンが、そのことに気づきつつも、大人の対応をしていたら……
と考えた彼は、顔を合わせることが気恥ずかしく、少しだけ遠回りをしてきたのだ。
(リリアは何時頃に出て行ったのかな)
部屋を見渡すと、数枚の花弁が落ちているのが彼の目に留まる。
(これは、あの人型精霊のものだろう……他に荒らされた様子もないし……)
彼は安堵の息を付き、ナイトテーブルを挟んで隣接する自身のベッドに腰掛ける。
大丈夫だとタカはくくったが、やはり心配には心配だったのだ。
眼前にあるシングルベッドには、アイレンが眠る。
「慣れない旅だ……疲れたよね」
彼はベッドから立ち上がって彼女の寝顔を覗き込む。
(無防備だね)
胸中で呟いて、彼は微笑みながら彼は後悔していた。
(いくら、ゲラタムの祭典が明日だから……いや、ソイド・カルーシャの目があるからって恋人のフリをさせるんじゃなかった)
赤く、柔らかい彼女の髪を撫ぜるたび。
華奢な白い指に己の手のひらを絡ませるたび。
愛おしさが募っていた。
(いや……本当はもう随分と前からだね。……俺のことちゃんと『一般の混合種』として見てくれたのはアイレンが最初だ。次にマスター……彼は……俺の地位を知っている筈だ)
シズリーは緑色の瞳を伏せる。
(好きになったって叶いやしない。連れて行ったところで不幸にする。……だからこそ一人で俺は故郷に戻ろうと思っていたのに)
「付いてくるんだもんなぁ……そういう素直なところが可愛いんだけど」
言葉が漏れ、彼はふと彼女の小さな耳に目が行く。
混合種ではない、人間の耳。
「………」
シズリーは黙ったまま、彼女の左耳に優しく触れる。
「ねぇ、アイレン。起きてる?寝てる?」
柔らかい声色で彼は問いかけ彼女の赤い髪に指を絡ませる。
(………っ……俺の馬鹿…)
慌てて手を退けながら彼は毒づく。
無意識とはいえ、そんなにもこの娘が好きなのか。
混合種である彼は人間の寿命より遥かに長い。
触れるたびに降り積もる愛おしさ。
しかし、その恋慕は砂のように掌から零れていく脆さは知っているつもりだった。
人間との恋愛は、混合種にとって、リスクが多すぎるのだ。
(ましてや……コレを後継する……あまりにも環境が違いすぎる)
毒づいて、彼は自身の首元にぶら下がるペンダントを服の上から握りしめる。
そんな時、彼はナイトテーブルに置かれた赤いピアスに緑色の瞳が向けられる。
(……あれから毎日よく飽きもせず付けてくれてるよね)
煌めく赤くて丸いピアスを手に取って彼は思う。
この小さなピアスは、昨年の秋18歳になった彼女にプレゼントしたものだった。
彼は、彼女の柔らかな耳たぶに触れたときのことを思い出す。
傷一つ無い、きめ細やかな肌を持つ彼女の耳に、己の自己満足を刻み込んだことを。
自身の欲望のために、彼女の『処女耳』を奪ったことを。
これから幾年先。
ピアスを他の男が与えても
「傷痕だけは……俺のものでいいよね」
そう呟いて、シズリーはアイレンの耳たぶを触る。
(……明日からは、この想いちゃんと取り除くからね)
そう、心の中で強く言いきかせ
「ねぇ……アイレン」
彼は、長い髪を垂らし彼女の耳元へ唇を寄せる。
「寝てるなら寝てて。寝てるフリならそのまま続けて……そして聞かなかったことにして」
彼は深呼吸を一つ付き
「…………好きなんだ…」
そう声にだし彼は
「…ごめん」
付け足して彼女の耳に、優しいキスを一つ落とした。
第二章 END




