第19話
アイレンはシズリーに感じた違和感にこれ以上触れたら危険だと肌で感じた。
もしかしたら、ただ単純にアルコールが回ってそう見えたのかもしれない。
そう、思うことにして
「偉大な人だったの?」
彼の答えに見合う質問をぶつける。
「偉大というか……今まで不可能だったことを可能にしてくれた人…」
「不可能だったこと?」
「まぁ、運搬屋の先駆者ってことなんだけど……基盤を作ったって、カスールが言っていたでしょ?」
そう言って、彼はアイレンの肩を抱き寄せる。
「……出生話の中で……ね」
「そう」
「……異世界ではともかく、アイツは人間界では暗殺者。その血を継いだ私も人殺しよ」
「人殺し……か」
彼はポツリと呟く。
「シズリー?」
腕を組み、肩を抱かれながらアイレンは彼を見つめあげる。
先刻の、異常なまでの殺気を纏う瞳を見たからか。
己が仕向けたこととはいえ、普段と変わりない彼を見ているつもりでも緊張してることが自身の中で確立する。
彼女は、大人しく彼に身体を預ける。
「なんでもないよ……なんでも」
そう言って、彼は微笑み
「ちょ……っ……なに……」
「アルコールの匂いがするね……」
アイレンの首元に鼻を埋める。
「さっき一緒に飲んでたでしょ!?」
顔を朱に染め上げて、彼女はシズリーを剥がそうとする。
「………ごめん。ちょっとだけ……」
そう呟き、彼は一瞬だけ彼女を抱きしめ解放し俯く。
「ちょっと……どうしちゃったの?」
彼女は問いかけるが
「いやぁ、アルコール摂取で理性が」
アハハと彼は笑い顔をあげる。
その笑顔とは裏腹にアイレンの金色の瞳は鋭くなる。
「………もしかして、自分も人殺しだなんて思っているんでしょう?」
彼女は人差し指をシズリーの胸元に突きつける。
衣服の下にある、禍々しいペンダントがゴリ……と彼の少し筋肉質な胸板に触れる。
「…触るなよっ」
「そこまで、人殺しにこだわるなら……殺してみる?私を。さっき、本気だったわよね?」
人差し指を離し、彼女は腰に手を当てる。
「………」
「証拠が無いのだから、自分が人殺しっていう大層なものだなんて思わないことね」
彼女は微笑むと同時に
(先刻のシズリーだったなら……あり得るんでしょうけど。もう一度……確かめる?)
胸中で呟く。
「……っとに、さっきから物騒だね」
彼は彼女の右手首を掴み微笑む。
(………普段と変わらない…?さっきのは私の感じ方?やっぱりアルコールのせい?)
疑問に思う彼女の右手には、鋭利な刃が月明かりに照らされて怪しく光っていた。
「油断しないことね。あまりにも気持ちが滅入るなら、私がこの手で殺してあげる」
「ジェイクさんの事は?」
「カスールにでも聞くわ」
「これじゃいつ、命が取られるかわかったもんじゃないね」
困ったなと付け足して彼は笑う。
「記憶が無いのに、自分自身を人殺しだなんて言うから……罰よ」
私と違ってね。と付け足して、彼女は握っていたナイフを自ら離す。
ナイフは、ボスン。と音を立て、ベッドに突き刺さる。
「羽毛布団に穴、開いたんじゃないかな」
「そのまま、切らせてくれてたなら穴なんて開かなかったと思うけど?」
ズボッと音をさせ、彼女はナイフを引き抜く。
それと同時に彼らの周りを羽が舞う。
「俺が悪かったよ」
彼は降参。と言わんばかりに両手を顔の横に掲げる。
「暗殺ばかりしてきている私はもはや真っ当には戻れない。戻る気もないけどね」
彼女は呟いて、ナイフを仕舞い込む。
「もし、本当に俺がハリスを殺していたら?」
「……その時は……そうね。懺悔しながら人殺し同士一緒に生きていけばいいんじゃないの?もしくは、シズリーを私が殺して私も自害するとか」
彼女は答える。
「そっか。というか、いまのってプロポーズ?」
ニヤリとしてシズリーは聞く。
「はぁ!?」
「冗談だよ」
いつもの彼に戻ったことに彼女は安堵しながら
「そういう冗談辞めてよね」
吐き捨て、背を向ける彼女に
「カスールにバルで言われてたけど、全部教えたら……俺はもうここでサヨナラしたっていいんだよ」
シズリーは告げる。
「え?」
「今すぐ知りたい?」
シズリーは真剣な瞳で問いかけ続ける。
「もし……アイレンが嫌でなければ、もう少しだけ俺は一緒にいたい。だからこそ、異世界に来てほしいとは思っているんだ」
「………行けるか分からないって言っていたのに?」
彼女の疑問に一つだけ頷いて
「実際は分からないよ。だから、アイレンが異世界にやはり行けないのならその時に全部話すよ」
「……全部」
「そう。そしたら、アイレンは俺なんかに固執しなくて済む。人間界にいる俺の最後の我儘だ」
彼は笑う。
「約束だからね」
アイレンは唇を尖らせて呟く。
「あぁ。……さて、夜も更けてきた。シャワーでも浴びてくれば」
そう言って、彼は窓からゲラタムを見下ろす。
アイレンの物言いたげな視線をヒシヒシと感じながら彼は、月光を浴び彼はゆっくりと振り返る。
「なに。変な意味なんてないさ。ただのレディファーストってやつさ」
「そう」
そう言い捨て、彼女はシズリーへと背を向ける。
彼は、バスタブへと続くドアが閉まるのを見届け、ポッカリと穴の開く羽毛布団に手をあてがう。
そして
「光よ……時を戻して」
彼の手のひらからほんのりと光が漏れる。
その光が当たる場所だけ、まるで時計の針を逆回転させるかのように、破れた布が戻っていく。
「こんなもんかな」
塞がれた布団をポンポンと叩き、彼は満足げに微笑む。
「本当に時が戻せたらいいのにね」
呟く言葉は彼の事なのか。
それともアイレンに対してなのかは、彼自身も分からなかった。
そんな、彼の呟きを知るよしもない彼女は
(温かい……)
蛇口をひねり数日ぶりの一人きりという時間と温かいお湯を味わっていた。
滴る水滴と濃厚な湯気が彼女を纏う。
濡れた赤い髪を掻き上げてた時、左耳の軟骨に光るピアスが鏡越しに彼女の瞳に映る。
(今になれば……これも何か意味があるのかしらね)
昨年の秋。
18歳を迎えたアイレンは、この古ぼけた小さなリング型のピアスを貰ったことを思い出す。
(明らかに新品では無かった。一体……どういうものなのかしら)
彼女は思案しながら浴室の灯りを落とし、夏の空気を感じるため窓を開ける。
(知れば……ここでサヨナラ…か)
彼女は一人ごちる。
ゲラタムの夜風が彼女の裸体を撫ぜる。
(好き……とかじゃないと思う。家族同然だから離れたくないだけ……なのよね)
自身の胸の内を探り終着点を見失う彼女の心。
(……父親探しも…というか真実を知りたいのもある。異世界の話……いや、人型精霊の話を聞いてから頭をもたげた探究心。でもね、これ以上に、家族を失うのが嫌なのよ!!)
舌打ちし、彼女は浴室の壁にガンッと拳を打ち付ける。
その時だった。
「綺麗な肌だねー!!さながら処女の肌って感じ?」
チリリン!と鈴の音を鳴らし、頭上から…
正確には窓の外の上部から人影が現れる。
「………っ!!?」
突然の訪問に、アイレンは声にならない悲鳴をあげる。
「そんなに驚かないでよ!」
失礼しちゃう!!と、逆さまになりながら訪問者は頬を膨らませる。
「驚くに決まっているでしょう!?」
動機の早まる鼓動を抑えながら、アイレンは声を荒げる。
そんな彼女を余所に
「よいしょっとー」
スタン。と軽やかにツインテールをなびかせて彼女は浴室内に侵入してくる。
「リリア!!」
名前を叫び彼女を制すも
「ライアも言っていたでしょ?私が来るって」
オッドアイの瞳をウィンクさせる。
「……チッ」
彼女は舌打ちし、忌々しく
(本当に自由奔放で腹立つ子)
胸中で呟く。
そんなアイレンの様子に気づいているのかいないのか
「そうそう。お仕事の前に!!」
リリアはパンッと両手を胸の前で合わせる。
そして無邪気に
「ジェイクのこと知れた?」
屈託のない笑顔でアイレンへと問いかける。
彼女にとっては素朴な疑問だったのだろうが
「………一番はアンタね」
ジェイクの事を知れそうで知れない焦燥感。
周りの人間が彼女に教えてくれない疎外感。
アイレンの気持ちを逆撫でするには一番の質問だった。
「え?って、ひゃぁぁぁ!!」
リリアの悲鳴が浴室内に木霊する。
アイレンなシャワーヘッドを掴み冷水を彼女に浴びせていたのだ。
(わかっている!!これは八つ当たり!!私だけが何も知らない悔しさだわ!!)
情けない。そう思いながらもアイレンはそのままリリアに向かってシャワーヘッドを投げつける。
冷たい滴が浴室内に飛び散る。
「やっ!ちょっとぉぉぉ!!」
叫ぶリリアに
「熱湯じゃないだけ感謝しなさいよね!!」
叫び彼女は勢いよく手刀を繰り出す。
しかし、それよりも早くバンッと勢いよく部屋へと繋がるドアをリリアが開け放つ。
「待ちなさい!!!」
衣服と一緒に脱ぎ捨てていたナイフと、備え付けられていたフェイスタオルを手に取り、アイレンは叫び後を追うが、
「なっ!!アイレン!?」
部屋の灯りは暗く。
シズリーが月光を背にし声をあげる。
しかし、その姿を目にし
「……な!?」
アイレンは顔を真っ赤にし言葉を失う。
自分自身がタオルさえも纏えていない。
いわゆる、生まれたままの姿を一人の男に見られたからだ。
「あ!!シズリー!!」
リリアが混合種の名を呼ぶ。
「リリア!?」
彼はフリーズする。
何故濡れているのか。
そもそも何故浴室内から現れたのか。
様々な思考が彼の脳内を支配する。
しかし、そんな彼を現実に引き戻す声が降ってかかる。
「なんで、シズリーまで裸なのよ!!!」
アイレンの叫び声だ。
「……それはこっちのセリフだよ」
目のやり場に困りながらシズリーは続ける。
「パンツは履いてるしいいでしょ…」
「そういう問題じゃ……」
目のやり場に困りながらアイレンはシズリーへと反発する。
「ゆっくりするんだろうと思って……月光浴してたんだ」
アイレンに背を向ける形で彼は慌てて衣服を纏う。
月の光が、彼の耳や尻尾を照らしだす。
シズリーが動くたび、翡翠のペンダントが胸元で揺れる。
「なんで月光浴……」
アイレンは目を背け呟く。
アイレンの中からリリアへの嫉妬からくる感情が徐々に消失する。
「……一応、俺の日課なんだけど……それに本来なら全裸の方がいいって言うけど、下着を纏ってるだけ紳士でしょ?」
答えながらシズリーはアイレンに一組のガウンを放り投げる。
彼女は受け取りながら背を向け
「紳士はそんなことしないわよね」
着込む。
「さぁ?」
とからかうようにシズリーが答える。
そんな2人の間を割るように
「一つ質問いーい?」
リリアはアイレンに問いかける。
「何?」
ガウンを羽織り、アイレンはリリアを睨む。
「二人ともなんで裸ごときで恥ずかしがっているの?」
リリアの素朴な質問に、アイレンは
「はぁ!?」
と叫ぶことしかできなかった。
ご閲覧ありがとうございます。
次回更新
8月26日 18時となっております。
次回は私が2章で一番書きたかった場面…
そう!
ラッキースケベ回‼︎笑
前後編でお送りしますのでよろしくお願いします(*´꒳`*)
久しぶりなあのキャラも出て来るYO!




