第14話
(ここは……どこだ……)
コポ……コポ……と水泡の音が彼の耳を掠める。
その音に
(今、検査中…か)
彼は群青色の瞳を開く。
薄暗い部屋。
青白く光る筒の中に、裸体のまま彼は水に入れられていた。
解かれた、金色の少し長い髪は、ユラリ……ユラリ……と揺れ動く。
その動きで、水が循環しているのがわかる。
口には酸素マスクが付いていることを確認し、
(折角、睡眠薬飲んだのに、ココで目が覚めるなんて)
彼は絶望する。
脳波を調べるためなのか。
生命として維持できるか調べるためなのか。
彼の手足には、天井から吊るし降ろされた、無数のチューブが取り付けられている。
その中の一本。
左手首に巻きつくチューブを目で追い落胆する。
(やっぱり消えてない)
彼のシリアルナンバー『T3-A』が刻まれているからだ。
普段はリストバンドで隠してはいるが、このナンバーこそが、彼が人間では無い証そのものである。
しかし、彼は
(でも、消えてはほしくない)
矛盾の思考を巡らせて、彼は微笑む。
『T3-A』である3の文字を反転させ、彼の名を『TE-A』テアと名付け、無機質なナンバーでなく、人間と同様の名前を与えてくれた、リリアとの大切な思い出があるからだ。
(こんな製造番号を自身の名に変えて、俺に名を与えたリリアは本当に強い…)
当の本人である彼女の左腕のシリアルナンバーは『1717-A』反転させ『LILI-A』リリア…だ。
(ライアに至っては……本当にリリアが付けたのかな……)
苦笑して、群青色の瞳を彼は閉じ、ライアのシリアルナンバーを思い出す。
白く、瞳孔もなく視力の存在しない彼の右目。
その中に、ライアのシリアルナンバーはある。
(『RA-A』……ハイフンをまさか『I』にして読むなんて。リリアらしいけど)
酸素マスクを取り付ける彼の口元が緩む。
その時
『ねぇ?その命、誰からもらったか忘れていないよね?』
不意に声が聞こえ始める。
(……始まった)
彼はうっすらと瞼を開ける。
その瞳はゾッとするほどの感情が欠落した瞳だ。
しかし、聞こえてくる声は何も感じることはなく
『ねぇ。答えてよ』
彼の耳元に囁き出す。
彼はその声を無視し、再び瞼を閉じる。
『私はあなた……あなたは私……』
女性の声が
『僕は君だよ?』
幼い声が
『答える義務があるんじゃないのかい?』
少しかすれた声が。
呼応していく。
……生きたい
……死にたくない
ずるい。妬ましい。どうして……どうして…
水泡が出てくるたび、弾けるたびに、多種多様な声が彼の耳にまとわりつく。
(だから…苦手なんだ!!)
涙目になり、両手に拳を作り彼は首を横に振る。
水中のため、勢いよく振れないが金色の髪がユラリと動く。
(生きたくてこんな姿で生きているんじゃない!!)
彼は胸中で叫ぶと声が止む。
無機質な水泡の音だけが再び響き始める。
失敗とみなされた者たちが溶かされた水。
シーク・ドールとしての容姿を持てなかった者たち。
人型精霊と人間のDNAが結合し、形状変化できず溶解させられた者たち。
彼らの残留思念がこの溶液……テアの入れられている水だ。
テアをはじめとする、シーク・ドールは試験管の中で人間のDNAと人型精霊を融解し生命としての運命を授けられる。
そして、この溶液に浸され形状変化を待つ。
青白く光るこの残留思念の残る溶液とともにシーク・ドールは育つ。
これが、人間の母体だったらば。
羊水だったならば。
彼は何度思っただろうか。
気が付けば、再び聞こえてくる声に彼がおかしくなりそうな時だった。
「そこまで!!」
バンッ!!と扉を勢いよくあける音が、溶液の中にいるテアの耳にも届く。
揺れ動くツインテールと、その後ろを淡々と歩く緑の髪。
(……リリア……ライア……)
彼は二人を目で追う。
その先には
「リリア!!まだ検査は終わってないのよ!!!」
女性の…研究員の声が響く。
「うるっさいなっ!!テアは嫌がっているはずだわ!」
険しい顔をして。リリアは目の前の女の腕を引く。
そして
「そのパネルは触らないで!!辞めなさい!!」
女は、目の前に浮かぶパネルをリリアに触れさせないように叫ぶけれど
「……リリア。早くしてやれ」
ライアが女を床へと押さえつける。
「あんた達!!こんなことしてるくらいなら!!仕事しなさいよ!この人形風情が!」
押さえつけられながらもなおも叫ぶ女に、
「止めるくらいいいでしょ!?あの水は検査もだけど、外傷を治癒するためのお水!テアは脳震盪!もう終わらせてもいいころよ!!」
そう言って、リリアはパネルをいじり出す。
「ちなみに……仕事はしているつもりだが」
「組織の人間を殺している奴が誰かもわからないくせによく言うわね?」
ギロリと女はライアを睨みあげる。
「………この施設内に侵入する奴を殺せとの命令しかもらっていないが……ここに侵入してこない暗殺者の存在は……知らないな」
「私は人型精霊の採取だよねーッ」
リリアが横入りする。
「あんたも!フローラとスノウェル捕まえてきてから次いないんじゃないの!?異世界に何しに行ってるの!!」
女はまくしたてるが
「……?悪趣味だから?結果的に仕事は放棄してるけど♡」
ふざける彼女に
「リリア」
ライアは一言で彼女を制す。
「はいはーい。今できるよッ」
その声とともに、テアの入れられていた溶液と同時に筒が消滅する。
繋がれていたチューブは触手の様に動きながら天井へと戻っていく。
彼女は、テアを受け止めるためほんの少し走り出す。
ヒラヒラとフリルのスカートが揺れ動く。
「あんた達!!」
「……煩い」
「……っ」
女が床に気絶し突っ伏す。
首に一打ちした右手を眺めライアは
「少し強かったか」
呟き、彼は女を抱え、扉へと向かう。
「あれー?出ていくのー?」
リリアの不思議そうな声が響く。
その疑問に一つだけ頷いてライアは
「あぁ。仮にも俺らのメンテナンスをする人間だ。大事があれば困る」
女を抱え、出ていく。
彼らを見送りリリアは
「テアちゃん……大丈夫?」
呟き、テアの酸素マスクを外す。
全身を湿らせて彼は目の前のシーク・ドールの名を呼ぶ。
「………リリア……」
「頑張ったね~っ」
ギュウっとリリアは力いっぱいにテアを抱きしめる。
「ちょ……濡れるよ」
「気にしてないよっ」
そう言って、彼女は更にきつく抱きしめる。
「……ねぇ…苦しい……」
申し出るが
「ふふーん。フカフカで気持ちいいでしょ?」
イヒヒと笑って、彼女はテアを見る。
その顔をみてテアは一気に顔を朱に染め上げる。
自身が何処に顔を埋めていたのか理解したからだ。
「ちょッ!?む…むむむむむむむ胸!!」
慌てふためく彼を見て
「人間はね、女性のここを触ってると落ち着くんだって」
得意げに話すが
「っだぁぁぁぁぁぁ!!落ち着くわけないだろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ベリッと彼女を引きはがし、テアは勢いよく立ち上がり、左手を振り払う。
が。
「……ぁっ」
リリアが小さく声を上げ、とある部分に視線を送る。
「なんだよ?」
その視線の先をたどり
「――――――っ!!!悪い!!」
彼は瞬時に背を向けしゃがみ込む。
「気にしないでいーよ!検査してたんだし水の中じゃ、お洋服着ないしね?」
「そういうフォローいらん……」
リリアに見られ羞恥心でいっぱいになりながら彼は俯く。
「私、お洋服とってくるからね!」
そう言い残し、彼女は検査室を後にする。
「なんか俺、格好悪い所ばかり見られている気がする……」
呟き、小さな彼の背中は更に小さくなるのだった。
ご閲覧いただきありがとうございました。
シーク・ドールの秘密が少し明るみに出ました。
やっっっとここまで来ました…笑
シーク・ドール生成にあたっての人型精霊(幼少期)の行方とか
彼らがなぜ作り出されたのか。
っていうのは3章で出せていけたらいいなと思ってます。
そして
後半から完全に書き手の私と描き手のベリーさんの趣味炸裂回でした。笑
苦手な方はすいません。
次回更新
7月15日
18時。
ちょっと短めなお話になります。
それでは。




