第8話
指定された部屋に入った二人は辺りを見渡す。
「なかなか広いね」
部屋にはシングルのベッドが二つ用意されていた。
その、ベッドの数をみてシズリーは安堵の息を漏らす。
「そーね」
ぶっきらぼうに答える彼女にシズリーは肩をすくめる。
「ねぇ。何怒ってるの?」
彼女の不機嫌の出所は、きっと自分であろうと思いつつあえてシズリーは問いかける。
「……この間、言ったわよね。年頃の娘とは一緒に寝れないって」
腕組みし眉根を寄せ、アイレンは金色の瞳で緑色の瞳を睨みつける。
「まぁね。あの時は幌馬車内で一緒には。って意味だっただけだからね」
「……は?」
こめかみに青筋を立てる彼女に
「まぁまぁ。ベッドは二つなんだし。それに、貧乳……には興味ないし、襲ったりなんてしないから安心してよ」
「デリカシーなさすぎるんじゃないの?本当の理由は?何故、今二人きりになる必要があるのかしらね?」
彼女は自身よりも少し高い位置にあるシズリーの胸ぐらを引き寄せ睨みつける。
「………アイレンが悪く言われるのが嫌だったんだよ」
口を尖らせ、彼は小さく呟く。
「へ?」
「あの、おばさん。アイレンの事かまととぶってる。って言ったでしょ?」
「……まさか、それだけの理由?」
アイレンは目を丸くし肩透かしを食らう。
彼女の手を優しく握り、自身の胸元から外して彼は頷く。
「それにね、ゲラタムの門番にはアイレンが大切な人だと伝えた」
彼は、壁にもたれかかり彼女の瞳を見つめる。
「あぁ…。あれね。あれも腑に落ちないのよね…………急に……肩を抱き寄せるんだもの」
思い出し、彼女は赤面する。
その様子を見て
(相変わらず、男慣れしてないのかな……)
そんな風に考えながらシズリーは
「あの行為と言葉はね。ゲラタムの住人を騙すためだ」
「騙す?」
耳と尻尾を垂れ下げて彼は
「怒らない?」
「内容による」
「ちょっとね。明日の祭典に関係があるんだ」
彼女は『祭典』という言葉に眉根を寄せる。
「門番が…話していたわね?」
「そう。ルールが変更されてなきゃ、明日の祭典は男女ペアでしか入場できない」
「それで?」
彼女は腕組みし先を促し
(その時間に依頼が入りそうなんだけど…)
胸中で呟き舌打ちする。
そんな彼女の考えを知らない彼は
「俺と、ペアを組んで欲しいなって」
「………どうしてそんな理由に付き合わなきゃならないのよ」
(仕事だし…無理よ。無理無理)
心の中で付け足して、アイレンは彼の前から退き、部屋の中央へと進む。
彼女の後ろを付いていくようにして
「そんなって失礼だな。これでも大切なことなんだけど?」
「大切なこと?」
彼女は振り返る。
「この祭典は、人型精霊…しかも幼少期が見世物になるんだよ」
ギリ…と彼は拳を握る。
「見世物?」
怪訝に、彼女は眉根を寄せる。
「人間界では絶滅したとされる人型精霊。方法は知らないけれど…なぜか捕らえられる。そして見世物にされ…競りに出される」
「それなら、混合種のシズリーは入場できないんじゃない?人間でないものね」
「それが、そうでも無い」
緑色の瞳を鋭くし、彼はアイレンを見る。
「まさかとは思うけど…同胞の混合種が、競落して異世界に帰す。とか言うんじゃないでしょうね」
「流石。頭の回転早いね」
「格好の餌食じゃない。人型精霊も…シズリーも…」
「そうだね」
淡々と、彼は頷く。
「そうだね。ってそんな簡単に…」
「だからこそ、俺はアイレンと二人で祭典に潜り込みたい」
「初めてなの?」
「初めて?」
「その祭典に潜り込むのは初めてなのかって聞いてるの」
「10年前、ヘリクサムに行く前に潜った。その時、人型精霊が競り出されるのを知った」
「……一緒に行く相手がいたのね」
不服そうにアイレンが言葉を発すると
「もしかして……嫉妬でもしてる?」
尻尾を緩やかに振り少しかがんで、彼は彼女をからかう。
「そんなんじゃないわ。ただの放浪癖の混合種に相手がいたことに驚いただけよ」
腕を組み、アイレンは顔を背ける。
「ただの一夜限りの相手だよ」
特別な思いなんてないよ。
と、呟いてシズリーは彼女に歩み寄る。
「私には関係のない話だわ」
言い捨て、身を翻す彼女に
「そう。なら、今回も誰か引っかけるからいいよ。無理なお願いだったみたいだしね」
背を向けるアイレンの横を通り過ぎ、彼は部屋から出ていこうとする。
「ちょ…ちょっと!!」
去りゆきそうになる背中にアイレンは声をかける。
「何?」
「時間をくれない?」
問いかける彼女に振り向いて、彼は近づき彼女に耳打ちし
「…いいよ。仕事の兼ね合いでしょう?」
ニヤリと笑う。
人を小ばかにするようなその表情を見て
「………依頼のこと知っていたのね?」
口の端をひくつかせながら、彼女はシズリーの緑色の瞳を睨む。
「もしかして正解だった?先日の野宿の日、魚捕りに行っている間かなって思ってたんだ。その時に魂の浄化のことも、依頼者から聞いたんじゃないの?」
質問する彼に
「…別にその時じゃないわ」
彼女は小さな嘘をつく。
「ま、残り香もなかったからね。本当に会ってたかまでは俺は知らないよ」
本当に知らなそうな顔をして彼はベッドへと腰かける。
「………え?」
(残り香が…ない?どういうこと?ライアも……あの二人と同じってこと?)
声を漏らし考え込む彼女に
「ぇ?どうかした?何か思うことでもあるの?」
「え?なんでもないわよ」
「そう?秘密の一つや二つあったって、俺は気にしないけど…背負い込むのはやめてほしいかな」
彼は優しく微笑む。
その微笑に
「……ッ…ほ…ほら!幌馬車に荷物!!荷物取りに行かないと!」
アイレンは一瞬たじろぎ、彼を急かす。
「あぁ。荷物ね」
そう言って、立ち上がり左手を差し出す。
「………?」
「俺たちは仲のいい恋人同士。手、繋いでいくよ」
「っ!?」
そう言うなり、彼は強引にアイレンの手を取り、自身の指へと絡める。
「ちょ…普通の!せめて普通の繋ぎ方でいいでしょう!?」
「純粋だなぁ。恋人繋ぎくらいの方が本格的でしょ?」
チュッ。と絡まる彼女の手の甲に短いキスを落とし、彼は挑発的な視線を向ける。
「……ぅぅ…」
顔を真っ赤に火照らせて、金色の瞳を彼女は伏せる。
「さ、行こうお姫様」
そう言い、彼は半ば強引にアイレンを引き連れる。
(………こんな手の繋ぎ方なんて初めてよ!!!)
羞恥による大混乱で彼女の脳内からは、依頼者・ライアの存在は片隅へと追いやられるのだった。