第7話
「ちょ……ちょっと!楽しもうってどこ行くの?このままじゃ、本当に幌馬車よ?いいわけ⁉︎」
ゲラタムの街の中にアイレンの声が木霊する。
その様子を、ゲラタムの街を行き交う者達が、興味を示しながら視線を送る。
そんなアイレンの声や周りの視線は御構い無しに、シズリーは突き進んでいく。
そして
「いいわけって、アイレンはいいの?人目のない幌馬車で俺と二人っきり。昨晩は我慢できたけど、今夜はどうかな」
緑色の瞳を意地悪にアイレンへと彼は向ける。
「なっ………」
シズリーの言葉にアイレンは顔を染め、言葉に詰まる。
「無理でしょ?片っ端から宿屋を当たるよ」
門番と別れ歩くこと10分。
一件目の宿屋の看板を見つけ、その前で彼は歩みを止める。
「ちょっ……ぶっ……」
立ち止まった彼の背中にアイレンがぶつかる。
そんな彼女を無視する形で彼は、カランカランと玄関を鳴らし
「こんにちは~」
挨拶し、中へと入って行ってしまう。
その後を追うようにアイレンも中へと入る。
中に入ると
「おや、いらっしゃい」
ニコニコと人のよさそうな笑顔でふくよかな女性が二人を出迎える。
「旅行できたんだ。突然だけど、今夜と明日、空き出てる?」
「えぇ?」
グレーの瞳を丸くして、少し大きな体を丸め、木製のカウンターの下をゴソゴソと女性は漁る。
「どこも空きがないってのは門番から聞いて知ってる。満室なら他を当たるけどできれば二部屋だと嬉しい」
「一部屋でなく、二部屋かい?」
帳簿をめくり丸い眼鏡をかけ、女性は確認していく。
「そうだけど?」
「あんたたち、恋人とかじゃないのかい」
「恋人ですって!!?」
素っ頓狂な、声を上げたのは
「アイレン静かに。ほかのお客様にご迷惑だよ」
シッと人差し指を己の口元へ持っていき彼はアイレンを制す。
その二人のやり取りを見て、少し意外そうに
「なんだい。違うのかい」
「うん。まだね」
「ま、ま、ま、まだ?シズリー、ちょっと……むがっ!」
抗議を続けようとするアイレンの口を押え
「ご覧の通り、照れ屋でね。婚前交渉どころか、キスも無理そうだ」
やれやれ。とシズリーはアイレンを見下ろす。
女性は微笑ましく、二人を見つめ
「お兄さん、苦労するねぇ」
とからかえば、しシズリー苦笑しながら
「そこが可愛いところ。で、どう?空いてる?」
と、急かすように問いかける。
「う~む。やっぱりねぇ、明日の祭典目的で旅行客が多くてねぇ……」
渋い声を出しながら女性は上から順に帳簿を再度眺めていく。
(やっぱり厳しいか)
シズリーは嘆息をつき、宿屋を見渡した時だった。
ジリリリリリリリ!!
と、空間を切り裂くように、受付の奥でけたたましく電話が鳴る。
「ちょいとごめんよ」
そういって、女性は奥へと引っ込んでしまう。
シズリーに口を押えられたままのアイレンは、グッと彼の手を振りほどく。
「ちょっと!どういう意味よ!!!」
静かに。と言われた手前、彼女は小さい声で彼に詰め寄る。
しかし、その顔を真っ赤であり対して怖いものでもない。
「そんな怒らないでよ」
ヨシヨシ。と赤い彼女のくせっけを撫でるが
「あのねぇ!?」
彼女はその手を振り払う。
「……俺が彼氏じゃ嫌?」
ニヤニヤとからかうシズリーに言い返そうと、彼女が詰め寄った時だった。
「いやぁ、待たせたねぇ。あんたたちラッキーだよ」
そう言って女性は帳簿を持ちながら戻ってくる。
「今、キャンセルの電話だったんだ。一部屋空きが出たけど、よければ泊まっていきな」
「本当に?じゃあ、お願いしようかな」
まさかの幸運にシズリーは安堵する。
「じゃあ、ここに名前書いてちょうだい」
そう言って、女性はシズリーにペンを握らせる。
そんな彼らのやり取りに
「あ……あの……?」
「あぁ、そうか。一部屋だとお嬢ちゃんだけか」
すかさず、女性にシズリーは
「どういう意味です?」
と、問いかければ
「いやぁね、空いた部屋二人部屋でねぇ」
顎に手をやり、女性は困り顔をする。
「あぁ、彼女だけでも泊まれるなら問題ないですよ」
「そうは言ってもね」
「二人分料金払えばいいですか?構いませんけど……」
シズリーは言いかけるが
「ちょっとお嬢ちゃん」
チョイチョイ。とアイレンを手招きする。
「……?」
手招かれるがまま、アイレンは女性へと近づくと
「お嬢ちゃんだけ泊めてもいいけどねぇ…何も二人部屋に一人じゃなくてもいいんじゃないのかい」
女性はアイレンへと耳打ちする。
「いや……え?」
「部屋がないって言ってたねぇ…。彼氏。このままだと一人で野宿じゃないのかい?」
「それは……そうなんです……けど……」
シドロモドロニになるアイレンに
「なぁに、かまととぶってるんだい。優しそうな彼氏じゃないか……まさか、本当にあんた達恋人じゃないのかい?」
そんな会話をシズリーの聴力は逃すわけもなく、
「じゃ、そうさせてもらいます」
ニコリと笑い、彼は自分の胸元にアイレンを引き寄せ、包み込む。
「……!!はぁ!?」
「なんもしないから……ね?」
「いやいや!シズリー、そんなキャラだっ…ん…!!」
戸惑うアイレンの唇をそっと、親指で彼はなぞる。
そして、彼はアイレンの首元に顔を沈める。
「……人気の無い幌馬車で二人より、部屋で二人。ベッドは二つ。恋人同士だと思われている。……それに、俺だけまた野宿って嫌だなぁ……」
彼は意地悪に囁く。
「~~~~…わかったわよ…」
チクチクと良心を突かれ彼女は渋々了承する。
「いい子だね。ありがとう」
そう呟き、彼はアイレンの頭に一つキスを落とす。
そして
「二泊三日、二人お願いします」
言いながらシズリーは帳簿に名を連ねていく。
「そうかい。二階の角部屋だからね」
笑い、女性は鍵をシズリーに渡す。
「ありがとう。じゃ、行こうかアイレン」
そう言って彼はアイレンを促し軽やかに階段を上っていく。
キスされた後頭部を右手で撫で、
(さっきからなんなのっ?)
金色の瞳で目の前でフサフサと揺れ動く上機嫌な尻尾を睨みつける。
(セクハラよ!セ・ク・ハ・ラ!絶対後で蹴り飛ばしてやるんだから!)
沸々と腸を煮え繰り返しながら、アイレンはその後に続き階段を上っていった。